⑥ ホストクラブの正体
くたびれたスーツに包まれた背中についていくと、きれいなお庭に出た。
透明なゆりやカスミソウが、幻想的に揺れてる。
あれ?
たしかシドニーさん、別室へ行くって言ってたのに。
「あの……」
呼び止めると、彼が振り返る。
さっきとは別人のようにきりりとした顔をして。
「夢未さん。お願いがあります」
「え?」
誰もいない中庭に、くっきりしたシドニーさんの声が響く。
「ここから逃げてください。ここはホストクラブに名を借りた、悪の巣窟です」
涼し気な夜風が、通り抜けていく。
「どういう、ことですか」
苦し気な瞳に、問いかける。
「ここにいるホストたちの狙いは、お客さまたちの恋心。女の人たちの心のブーフシュテルンを根こそぎ奪おうとする、あこぎな連中ですよ」
ぎくりといやな汗が、背中を駆け抜ける。
信じられない想いで、訊く。
「でも、ここにいるホストさんたちはみんな、文学のなかの、すてきなヒーローさんなんですよね? いい人たちのはずじゃ……」
さっと、苦し気なシドニーさんの目が伏せられる。
「すみません。これ以上詳しいことは口留めされていて言えないんですがね。とにかく、いっこくも早く逃げないといけません。あなたもお友達も」
いきなり一つの事実だけを前にしても、全貌が全く見えない。
でも一つ、だいじなことがわかっている。
「シドニーさんは、よく思ってないんですよね。このホストクラブが恋心を奪い続けているのを。だから、わたしにほんとうのことを告げて、逃げるように言ってくれたんですよね」
そう言うと、彼は黙ってしまった。
その沈黙は肯定と同じだ。
このホストクラブは、今、悪の巣窟になっている。
そしてシドニーさんは、どうしてか、彼らにしたがわざるをえないんだ。
ほんとうはこんなこと、したくないのに。
しんと静まり返った心に、むくむくとなにかが沸き起こるのを感じる。
「わたしたちに任せてください、シドニーさん」
彼ははたと首をかしげた。
「任せて、とは?」
こんなとっておきの情報をくれたんだもの。
お返しに、わたしは正体を告げる。
「わたしたち三人は、チーム文学乙女のメンバーなんです」
驚きに見開かれた目をちょっと照れて見返す。
「『チーム文学乙女』……!? 数々の悪役たちや、果ては本専門の盗賊集団ブラックブックスからメルヒェンガルテンを守ったという、あの乙女たちですか?」
「えへへ……。そんなふうに、伝説みたく言われると照れちゃうんですけど」
「こういう言い方をしたら、失礼かもしれませんけどね、あなたたちのような、愛らしい少女たちが。とても信じられません」
真実を証明するように、ぎゅっと、シドニーさんの手を握る。
「すぐに三人で作戦会議をひらいて、シドニーさんを救う方法を考えます。--かならず、助けます」
シドニーさんをひたと見つめて、わたしはうなずいた。
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