③ チャラ男くんに誘われて ~せいらの語り~

 きらきら光るシャンデリアといくつものソファや椅子。

 中心にはたくさんのお姫様が描かれたかわいい絵がある。

 こんなところにも、女性へのサービスをとりいれてるのかしら。

 勧められたソファにつくと、ホストのパーシーさんはとなりにこしかけ、すちゃっと片手をかかげた。

「あらためまして、チョリーッス! パーシーでーっす! ヨロシク☆ パーくんって呼んでくれていいよ」

 多少引き気味に、身体をそらしてしまう。

 パーくんって、親しむためとはいえ、それはさすがにまずいわよ。

 そう思いながら、さっそく運ばれてきたグラスをみんなに並べていく彼を見やる。音楽もないのにその身体は楽し気に揺れていて、たしかに、言っちゃ悪いけど、その頭の中は、そのあだ名にふさわしくないとは言えないかんじ……。

「せいらちゃん、何飲む? これなんかどう? レモネード3割引き!」

 パーシーさんはソファにつくなり、ぐいぐいっと身を乗り出して、ドリンクのボトルを見せてくる。

「1200円の3割引きだから~、わおーっ、たーったの900円!」

「940円よ」

「ええっ、そうだっけ? すごーい、せいらちゃんって計算早いんだね☆」

 はぁ……。

 割引とか言って、ソフトドリンクにその値段って、どうなのよ。

 とは思いつつ、差し出されちゃったグラスに口をつける。

「でも~、せいらちゃんは美人だから、タダだよ♡」

 甘酸っぱい液体が、のどにつまる。

「び、美人!?」

「あー、照れてる!」

「照れてなんかないわよ。びっくりしただけ。どうぜ、どのお客さんにも言ってるんでしょ?」

 ちょっぴり意地悪な気持ちになってそう言ってみるけど、パーシーさんはにこにこと、両方の手でこっちを指さす。

「そっちこそー、どうぜいろんなやつから言われてるんでしょー?」

「そんなことないわよ。かみやんはそういうこと、軽く言うタイプじゃないし」

「かみやん?」

 しまった。

 つい相手のペースにはまって、いらんことまでしゃべってしまったわ。

「あ、今のはその。忘れて。けんかしてる人なの」

 てっきりそこで話題は終わるかと思いきや、パーシーさんは心配そうにこぶしをあごにあてて、

「えー? そうなの? いったいなにがあったの? よければ話して」

 う。

 子犬のような瞳がこっちを見つめてくる。

 頭はともかく、案外、性格は悪い人じゃないのかもね。

「彼、前の職場の女性と、いっしょにカフェに入ったの。……あたしのこと、好きだって言ってくれたのに」

「ええっ、ひどいっ!」

 ほんとうにどこか痛そうな顔をして首をふると、パーシーさんは自分のことのようにしょげた顔をした。

「そんなのってないよ。せいらちゃんがかわいそう」

 そこまでまっすぐ同情されちゃうと、なんだか……。

 あたしはあわてて付け足す。

「い、いや、でもね。もしかしたらほら、あたしのいつものはやとちりかもしれないし。彼は、そんなことする人じゃないし」

「そうかぁ」

 数日前、学校であいさつされたとき、ぷいっと横を向いたあと。

 廊下で振り返ったときの、彼のちょっと寂し気な横顔を思い出す。

「正直言ってボクは、そういう人は、ニガテだな……」

 すまなそうにそういうパーシーさんに、また好きな人のために弁解している自分がいる。

「そ、そんな。悪いやつじゃないの。優しくて、授業はおもしろいし、いろんな分野に詳しくて……」

「うん、よくわかるよ。でもさ」

 相変わらず耳をたれた子犬のようにうなだれて、パーシーさんは続ける。

「頭いい人って、悪いほうにも知恵が回ったりするじゃない? せいらちゃんみたいなかわいい子を平気でうらぎったり、傷つけたり」

「そんな……かみやんは、そんなんじゃ」

 ふしぎ。

 さっきまであんなに怒り心頭だったくせに、こうなってみると、必死で彼をかばったりして。

 考えてみれば、優等生でとおってるこのあたしが、自分から告白したり、泣きついたり……。

 かみやんのことになると、いつもの冷静な露木せいらとはちがう、よくわからない自分が、心の奥のほうから顔を出すの。

「でもね、この話のなかで、ぼくにとってもう一つ、ハートブロークンなことがあるんだ」

 われにかえって、目の前で両手を胸にもっていっているパーシーさんを見る。

「は、はーとぶろーくん?」

 その意味はわかるけど、思わず訊き返してしまったわ。

 泣きそうにうるんだ瞳で、彼はこっちを見る。

「それは、せいらちゃんが、そのカレに夢中ってこと」

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