④ 本言葉祭り ~もも叶の語り~

「栞町中央広場で、本言葉祭りだって! わぉ~超楽しそう~。本の名言を紙に書いて駅ビルの屋上から広間の人たちに向けて飛ばすとか、夢のためにあるようなお祭りだよね!」

「……うん」

「ブラックブックの仕業で、みんなが本から離れちゃったから、街の本屋さんが結集してやるイベントだって! あたしたち以外にも、本を守る活動してくれてる人たちがいるなんて! いや~、感動、感動」

「……うん」

「のわぁぁっと! なんと、本日最終日! たいへんだぁ!! 一大事だ!」

「……うん」

 うぅっ! 外した?

 ちょっと、わざとらしかったかな。

 すっかりおなじみになったマンションの一室。

 学校に行くほかは部屋にこもってばかりいる夢をなんとか連れ出すべく、あたしは栞町のイベント  のチラシを前にベッドにうつむきがちに腰かける親友を前に、大げさなアクションをとっていた。

 都合のいいときに交代で一日に一人は様子を見に来るように、せいらやみんなとは言い交してある。

 と言いつつ、全員そろってることも、週に一度はあった。

 今日みたいに。

「ねぇ夢、みんなで行こうよ~? 本の名言が書かれた紙が一気にまき散らされるの。どの言葉をつかむかは運しだい。きっとすてきだよ?」

 かすかに、夢のほほがあがったきがした。

 微笑んでいるつもりなんだろうけど、うまくいってない。

「ももちゃん、ありがとう。でも、ごめんね。このところずっと眠くて、身体が重いの」

「夢っち……」

 クッションに座ったせいらが不意に呟く。

 こっちもだ。相変わらずしおれてる。

 と思ったら、ふいに思い切ったようにストレートの黒髪がしゃきりと動いた。

 ぐっじょぶ、せいら。

「夢未、行こう。まだ忘れられなくても、眠くなるだけでも、いいから」

 立ち上がりベッドの前に立った彼を、あたしは驚いて見つめる。

 マーティン。

「……わかった」

 ついに、夢はうなずいた。

 駅前から少し離れたところにある広場は、リボンでかこまれて、ちょっとだけおめかしした感じ。

 中心にあるデパートの屋上から、紙吹雪はもうはらりはらりと舞い落ちていた。

 でも。

 あたしたちは周りを見やり、だれかれともなくため息。

 ブラックブックスの力は強くて、やっぱり参加してる人はまばらだ。

 神谷先生に抱き上げてもらって紙吹雪を見ている夢は今にもまぶたが落ちそうで。

 うーん、ここは、場を盛り上げる必要がありそう。

 浮かれているふりをして、天から舞い降りてくる細長い紙を手あたり次第つかんでは、おもしろ系の名言がないかさぐる。

 三分くらい続けてから、そもそも名言って感動系が多いことに今更ながら気づく。

 そして、さいしょから気づけよって自分に思わずつっこんだ。

 あたしって、ほんとだめだ。

 そのときだった。

 運命の一枚が、舞い降りた。

「夢、見てこれ!『パディントンに用事を頼むなら、二倍のお金を払って、やらないでもらったほうが、安くて早くすむんじゃないかと思ってしまうんですよ。 by家政婦のバートさん』だって! ぎゃはは超うける~」

 パディントンはやることなすこと裏目にでるからってこと。

 あのシリーズが大好きな夢なら、笑ってくれる……!

「うん、そうだね……」

 やっぱりだめか。

 パディントンの役立たずめ。

 がっくりきていると、あたしの意図を察してくれたらしい人物がいた。

 マーティンは、あざやかにキャッチしたひとひらの紙を、みんなに見せる。

「これは、神谷先生向きかな」

 ちょっと意地悪く笑って差し出したそれに書かれていたのは―ー。


 一人暮らしってほんとはとってもすてきなことなのです! By ながくつしたのピッピ


 こつんと、神谷先生のげんこつが降りる(夢を抱えながら、器用だ)。

「どういう意味だこら」

 でも、かんじんの夢はから笑い。

 気になるのはせいらもまだ黙っていることだ。

 いつもならここで神谷先生に、「ずっと一人で暮らされちゃ困るのよ!」くらいは言いそうだけど。

 それでもあたしは口パクで、彼に伝えた。

 ありがとう、マーティン。

 彼が複雑そうに頬を染めて、うつむいた――。

 そのときだった。

 人込みの中に、マントがひらり、翻る。

 端正な顔立ち。

 見覚えのある、その姿――。

 あたしが息を飲んだ、その時にはもう。

 神谷先生の腕をすり抜けて、夢がかけだしていた。

「夢!」

 行かせては、だめだ。

 なのに、こんな時に限って、群衆が目の前を横切って、小さな背中はあっという間に見えなくなる。

「戻って! 夢っち!」

 せいらの悲痛な叫びが、広間に響きわたった。

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