⑤ 招かれざる再会

 いつもより三倍くらい重く感じる足をがむしゃらに動かして、わたしは走っていた。

 広間で偶然見かけたその人は。

 間違いない。

 お願い。

 追いついて――。

 その一心で、叫ぶ。

「待ってください!」

 振り返った彼は、一瞬こっちを見て、うるさそうに、踵を返した。

「行かないで!」

 鋭く叫ぶと一瞬、その靴がとまる。

  その人の気が変わらないうちに、一気に言ってしまう。

「星崎さんは、無事なんですか?」

 一心に見つめても、目線があわない。

「わたしに電流みたいな衝撃が走ったあのとき、なにが起きて、今彼はどうしてるんですか? 教えてください。ルーシュンさん!」

 ようやくうろんげに振り返る、金色の目。

 わたしを一瞥すると、彼は答えずに、やっぱり立ち去ろうとする。

 急に眠気が襲ってくる。

 まただ。こんなときに……。

  ふらりと倒れて、それでもそのそばに走っていて長い足にしがみつく。

「ま……って」

 ちっという音が頭の上からふってくる。

「やめてくれないかな。人が見たら誤解する」

「お願い、しま……す。教えてください」

 彼は銀色の髪がかかった肩をすくめた。

「仕方ないな。その手を放してくれたらね」

 言われたとおり手を放すと、肩をつかまされて無理やり立たされる。

 金の目が見つめてくる。

「あのとき、彼と僕は協力して、きみにある実験を施した」

 実験?

「実験台に、彼が志願してきたんだよ。今年の初夏だったかな」

 星崎さんのほうから、ルーシュンさんにちかづいた……?

「成功すれば、とほうもない利益を得る実験。志願を受け入れる代わりに、僕は彼に条件を出した。仲間になることだ」

 話がよくわからない。

 その実験って、どんな?

 ちら、と金色の目がわたしに投げかけられる。

「きみも同じく実験台になったなら、わからない? 自分の身体に起きた変化をさ」

 変化……。

 考えてみる。

 あのあとわたしは泥のように眠ってたって、みんなから聞いた。

 気が付いたら、丸二日経っていて。

 そこまで考えてはっとする。

 そういえばいつものように怖い夢を見なかった。

 あれから、ずっとだ。

 星崎さんのことが心配でたまらないのに、彼のことを考えれば考えるほど、身体が重くなって。

 気づいたら、ぐっすり、眠ってしまっているの。

 そう言うと、ぱちぱちと、ルーシュンさんは手をたたいた。

「すばらしい。大成功だ。さすがは長年研究し続けた僕の医学だよね」

 なにかに酔いしれるように。

「きみの身体は今、急速な回復期にある。今まで眠れなかったぶん、眠ることで脳が損傷を補っているんだ。せいぜいよく眠って、健康体に戻りたまえ」

 わたしに実験をしたっていうのは、ブラックブックスのアジトで星崎さんに拘束されて、電流のようなものを体中に感じた、あのときのことだろうか。

 そして、今のわたしの状態が、実験の結果?

「あの」

「まだなにか」

「それなら、その、ええと、実験っていうのは、星崎さんには、どんな効果があるんですか。さっき、星崎さんも実験台だって」

 ち、と舌をうつ音が聴こえる。

「意外に敏いね、きみ」

 だって、それがかんじんなんだもの。

 悪魔に身をささげても、叶えたいことがあるって星崎さんは言ってた。

 実験というのがどんなものなのか、そして、星崎さんの目的も、まだわからない。

「この先は聞かないほうがいいんじゃないかな」

「教えてください! さいごに、一つだけ」

「後悔するよ」

 ごくん、とつばを飲んだ。

「それでも。やっぱり、星崎さんの心が、知りたいんです」

 ルーシュンさんはけだるげに、口を開いた――。

 それからのことは、思い出そうとすると、拒絶するように頭が鈍く痛む。

 話を聴けば聞くほど、もっと聴きたいのに、身体が重くなってどんどん眠くなって。

 神谷先生に抱き上げられたところまでは覚えている。

 家で何時間も眠って目覚めた後、どこかで紛れ込んだのか、ポケットの中に名言の一切れが入っているのを見つけた。


 かみさまは、わたしたちの一番の望みを、必ず叶えてくださるのよ。

                          アルプスの少女ハイジ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る