③ ブラックブックストップ、現る
パンダさんを見た後、木々の蔦がはりめぐらされて影をつくる休憩所のベンチにわたしは座っていた。すぐ前には星崎さんが立っている。
時計塔を見ると、二つの針が真上を向いていて。
「夢ちゃん、お腹空いてる?」
まじまじと顔を見られていたたれなくなる。
最近とくによくカレに、こうやって見られる気がする。
「ええっと、はい、少し」
「疲れてるよね。売店まで少し距離があるからなにか買ってくるよ。ここで待っていられる?」
「ええっ」
星崎さんに買いに行ってもらうって。
「だいじょうぶです! わたし歩けます」
勢い込んで立ち上がるけど、すっと彼は目を細めてわたしの肩を押してベンチに戻しながら、一言。
「言うこと、きいて」
優しいけど、有無を言わせないこのかんじ。う~。
「はい……」
わけあって家族と一緒に暮らせなくなったところを、ひきとってもらったわたしなのに、いつもまるでお姫様扱いで、こんなんでいいのかなぁ?
わたしになにを買ってきてほしいか訊いたあと、結局星崎さんは行ってしまった。
は~。
澄みきった空にはつばめが舞っている。
こんなふうにされるの、もう長いけど、やっぱり慣れない。
心がときめいて、うるうるしてきて。
切ないのにそのたびうれしい。
やっぱり、わたし、星崎さんが好き――。
ほろりとなった心をそっとなでていたとき。
黒くて長い影が、すぐそばに落ちた。
目を上げると、大人の人が立っている。
長い銀髪に片方だけのぞく、金色の目。
すごくきれい。男の人かな。
その人は口元だけでほほ笑んだ。
「お嬢ちゃん。マーマレードクッキーあげるから、ついておいで」
さっといやな予感が背中をかけぬける。
これ、まずいパターンだ。
「ごめんなさい。知らない人についていっちゃだめって言われてるので」
できるだけはっきりそう言うと、細い眉がふっとゆがむ。
「ふぅん、少しはしつけがされてるみたいだね」
これであきらめてくれるかなって思ったけど、その人はかがみこんで、座っているわたしに目線をあわせた。
「でも、あいにくまったく知らない人でもないんだよね」
無表情の目がこっちをのぞき込んでくる。
金色のその瞳にはなにも映っていないみたいなのに、見つめられると射抜かれたように動けなくなる。
わたしは本能的に思った。
この人、危ないかも。
にこりとも笑わずに、決定的な言葉が放たれる。
「こんにちは、チーム文学乙女の癒しさん」
雷が打つように、それは明かされた。
そうやってわたしを呼ぶってことは。
まさか……。
「ブラックブックスのメンバーさん、ですか」
やっとのことで出した声は、震えている。
また、かすかにその人の口元があがる。
「正解。僕のことは、ルーシュンでいいよ」
ルーシュン。
聞いたことのある名前に確信を持つ。
メルヒェンガルテン中に響いている、その名前。
でも正体は不明で、わかっているのは医学に詳しいということだけ。
この人が。
ブラックブックスのトップだ……!
「どう、ついてくる気になったかな」
ちら、と売店に続く方向を見やる。
「今日のところはきみに手は出さないから、安心していいよ。ちょっと話があるだけ」
わたしはルーシュンさんに視線を戻した。
すこしなら、だいじょうぶだよね。
ごめんなさい、星崎さん。
うなずいて、わたしは立ち上がった。
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