② うさちゃんたちのアピール ~もも叶の語り~

 はい、レポーターもも叶、通称ももちゃんです。

 ただ今カレのマーティンといっしょにうさぎランドに潜伏中!

 ふれあい開始時間まで間もなく。

 木の板で囲まれた柵の外に待機してるんだ。

 でも、だけど。

 ぐぅぅ~。

「おなかすいたー」

 ベースボールキャップをかぶったカレのマーティンがこっちを見る。

「おいおいまだ11時だ」

「あたし今日おいしいもの食べるために朝食ぬいたんだよ」

 すっとワークキャップのつばに手を添えてキメ顔。

 あ、この帽子ね、じつは今日のためにみんなで『秘密の花園』の衣装コーナーから借りてきたの。

 夢もせいらもマーティンも、それぞれデザインはちがうけど同じ機能のおのをかぶってるんだ。

 『ドリトル先生シリーズ』っていう名作シリーズがあるんだけど。

 それは動物を話ができるドリトル先生がくりひろげる冒険譚なんだ。

 これはそんなドリトル先生をイメージした帽子で、かぶると、ドリトル先生のように――。

 うーーん、考えただけでもわくわくする~。

「もも叶。今日の目的はデートじゃないぞ。みんなで動物たちの様子を見ること、そして、ブラックブックスから動物の本を取り返すことだ」

 そう言うマーティンは、あたしのとなりで一人、うさぎ相手に鋭い観察の視線を送りまくって、数少ないちびっこたちにドン引きされている。

「むー。わかってるけどさー」

 ほっぺをふくらますと、彼がやれやれとほほ笑んだ。

「仕方ない。気晴らしになるかはわからないけど。一つ、物語でもしよう」

 えなに? なんか話してくれるの?

「もも叶は、どうして月に住んでるのがうさぎだと言われているか知ってるか?」

「えー、模様の形が似てるからじゃないの?」

「それもあるけど、中国には、こんな言い伝えもあるんだ」

 よどみなく、ドイツ出身のはずのカレが語りだす。

「昔、あるところにうさぎときつねとさるがいた。三匹は、一人の老人に出会う。彼は衰弱していて、『食べ物をめぐんでくれぬか』と三匹にこいねがったんだ」

 動物に食べ物を頼むって、そのじいさん頭もだいぶ弱っていたんだろうか。

「そこで、さるは木の実を、きつねは魚をとってくる。ところが、うさぎだけは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができなかったんだ。もも叶ならどうする?」

 うーん、こっちだってお腹すいてんだ。むしろなんかおごれじいさん! って逆ギレるかな? 

「うさぎはもも叶とはまったく違うぞ。『わたしを食べてください』といって火の中にとびこみ、自分の身を老人に捧げてしまうんだ」

「ええっ」

 思わす声をあげる。

「かわいそう。ボケたじいさんのためにそこまでする必要あるの?」

「実は、その老人とは、三匹の行いを試そうとした帝釈天という神様で、そんなうさぎを哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたっていうのがこの話だ」

 へぇ、なるほどね。

 月にいるのは優しいうさぎなんだ。

 そうこうしているうちにうさぎランドの扉が開いて、ふれあいの時間になる。

 さっそく足を踏み入れたあたしは、一匹の真っ白いうさぎを抱き上げた。

 つぶらでいちごのような真っ赤な目。

 ひくひくうごくピンクの鼻と口元。

 そしてそして、もふもふの毛皮。

 かわいー。

 こうしてみてるとそんなけなげな物語の主人公の座を獲得するのも納得だ。

「ももちゃま。あたちを焼きうさぎにして食べてくだちゃい」

 あー、ほらまたそういうかわいいこと言って。

 って。

 うさぎがしゃべった!?

 思わずびっくりしてしまってドリトル先生帽子をかぶっていることを思い出す。

 そう、これは動物と話せるアイテムなんだ。

 うさぎはどこから持ってきたのか、手にマッチ持ってる。んな物騒な。

 さっとマーティンと視線を交わす。

 ちょこちょこと、今度は茶色と白のぽっちゃりうさぎが足元にやってきた。

「いいえ、ぼくをたべてほしいです。脂がのってておいしいですよっ」

 自分で言うなそういうこと!

 今度は、黒いうさぎさんがマーティンの足元からこっちにきて言った。

「いえ、わたしを! 本の中の世界では有名な救世主、チーム文学乙女のメンバーのお昼になれるなら本望でちゅ!」

 う、売り込み激しい!

 うさちゃんたち、なんでそんなこと~。

「いや、あたちを!」「ぼくを!」「ももちゃま~」

うさぎたちがつぎつぎに押し寄せてきて、どうしようもなくなり、あたしは――倒れた。

 どうなってんの~。

 このままじゃうさぎにかこまれて、ふわふわの綿山になっちゃう!

 でもそんなあたしの上にのって、かばってくれたのが、もちろん。

「うさぎたち、それはだめだ!」

 マーティン。行動はいつもながらかっこいいけど、頭も腕も足もうさぎに囲まれてたら台無しだ。

 でもカレの言う通り。うさちゃんたち、身をささげるなんて、そんなことしないで!

「きみたちが自害する必要はない」

 真剣な顔で、ふいにカレがこっちを見る。

「もも叶。食べるなら、僕にしてくれないか。うさぎより、口に合うと思う」

 ……なに張りあってんの!?

 うさちゃんとカレに囲まれてあたしはがっくり首をもたげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る