⑧ 星崎社長の一コマ ~星崎さんの語り~
星降る書店の事務室で、今日の最後の仕事――入ってくる本の確認をしていたら、声をかけられた。
「社長」
パートの佐々木さんだった。
「佐々木さん、その社長っていうのはやめてください。ただの店主ですよ」
佐々木さんは手を振って、
「なに言ってんの。星降る書店を栞町の一店舗からはじめて数年で全国展開させたんですもの。胸張ってちょうだいよ、星崎社長」
いきなり身を乗り出すので、なにかと思えば、デスクの上を眺めている。
「あら、今日のお夕飯はコンビニおにぎりなの? だめよあなた、娘分がいないからって、ちゃんと栄養のある食事しなさいな。なになに、今日の王子のお食事は、エイトイレブンの30円引きのおかか……」
手帳とペンを取り出してなにか書き込んでいる。
「なにメモしてるんですか」
追求すると、佐々木さんは悪びれない笑顔を浮かべた。
「ごめんなさいね~、これも仕事なの。広報誌に情報提供しなきゃならないから」
……?
広報誌っていったい。
「あら、知らないの? 星崎王子ファンクラブ情報誌よ。会員けっこういるのよ。栞町駅ビル4階服飾売り場の若菜ちゃんに、時計店の三島ちゃん、地下お総菜やの主婦三名ほど、それから星降る書店のお客さんのおばあちゃんと、あとは街のみなさんも。主な活動内容はまぁ、書店で王子を観察なんだけど。あ、ストーカーとかいったらだめよ。あくまで陰ながらこっそり見守るの」
「……それは」
ぜんぜん、気付かなかった。
「でもねぇ、最近会長が忙しくて、会を開けないから、結束がいまいちねぇ」
会長もいるのか。
「それだけ彼女の情報、貴重だったのよ。なにせ毎日の食事メニューから、好きなテレビ番組、書斎のラインナップ、お風呂にどれくらい入ったかまで、すごい詳細なんだから」
もはや、本の背表紙も頭に入ってこなくなる。
「あの。その会長って、まさか」
「決まってるじゃない! 夢未会長よ。あの子地道だし、働き者だったの。一緒に暮らしてるからこそわかる王子情報を独り占めせず、みんなにわけようなんて、見上げた心意気じゃない。かいがいしいったら」
夢ちゃん……きみは、書店手伝いのかたわら、そんなことを。
「佐々木さん、オレの体調のことは、ご心配なく。このあと、しっかり休みますから」
「キャンプ場にバッカンスにでかけるんでしょう? 楽しみね」
軽く頭痛がする。どこまで知ってるんだ。
「合宿先から夢未会長、社長にお手紙書くって言ってたわよ。いいわねぇ若いって。おほほほほ」
頭痛がひどくなる前に、今日は引き上げようか。
目の前の本の山に一度、息をつく。
ふと、デスクの片隅の写真を見やった。
中学の制服で、はにかんで笑っているその子のことが浮かぶ。
文芸部らしい凝った手紙でも書いてくるんだろうか。
想像するとおかしくて、在庫の確認の手も自然、早まっていった。
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