⑦ 恋せよ日本食材?

 わたしは、海の見える会議室のような一室で、じっと固まっていた。

 入部したての文芸部で、合宿があるなんて。

 それも、この日までに原稿用紙五十枚に小説を書いて、みんなで批評しあう、なんて。

 天金の海辺に泊まり込みで、三日間ぶっつづけで批評会なんて……!

 わたし、じつは体育会系の部活に入っちゃったのかな?

 運動苦手なのに。

 いや、そうじゃなくて!

 わたしはちらと目の前の人を見た。

 ウェーブがかった肩上の淡い茶色の髪に、知的な同系色の目。真っ白い肌。

 仮入部のときから、かっこいいって評判だったこの部の部長はなんと。

 ジョニーだったの。

 あ、前から友達だったとはいえ、部活では先輩つけなきゃね。敬語だって使わなきゃ。

 でも、未だに慣れないんだ……。

 どきどき……。

「そんなにかたくならないで」

 ふんわりとジョニー先輩はほほ笑む。

「批評の前に、そうだな。夢未ちゃんの好きな本の話でも、聴かせてよ」

 そう言われて、ちょっと拍子抜けする。

 わたしの好きな本?

 それはもちろん!

「外国の物語が好きです。『あしながおじさん』を最近読み返してやっぱりいいなって。だから登場人物の手紙で書かれた小説、ほかに読んでみたくて」

 ジョニー先輩は嬉しそうにうなずいてくれた。

「うん。そういうのを『書簡体小説』って言うんだよ」

「へぇ……」

さすが部長だな。

「それなら、この二冊は読んでおいたほうがいいね」

 そして、すぐにおすすめ本が出てくるのもすごい。

 二冊かばんから出してくれた本のタイトルは、

『若きヴェルテルの悩み』と『貧しき人々』。

 どっちもむずかしそう。

「『若きヴェルテルの悩み』は、シャルロッテという女性に延々と片想いしているヴェルテルの、友人への手紙で構成されてるんだ。でもシャルロッテには婚約者がいてずっと振り向いてくれない。ラストが衝撃でね」

 へ~ぇ。

「こっちの『貧しき人々』は、下級貴族のジェーブシキンと、ワーレンカという少女との手紙のやりとり。タイトルの通り二人ともとても貧しく、幸せとは言えないんだけど、読んでいるとどこか共感してしまう部分がある」

 いいなぁ。

 むずかしそうだけど、中学生になったんだし、二冊とも挑戦してみたい。

「さて、それじゃ、夢未ちゃんの小説の話に移ろうか」

 うっ。

「率直に言っていい」

「は、はい。お願いします、先輩」

ジョニーは原稿の傍らにひじをついて、じっと見つめながら言った。

「『恋せよ日本食材』、題材はすごくおもしろいと思った。地味なイメージがある食材たちが、生き生きと動いて恋をするって設定も斬新でいい」

 ほっ。

「ただ」

 びく。

「干柿さんが梅未ちゃんに告白するところなんだけど」

 ふんわり微笑んで、ジョニーは言う。

「知り合って次の日にいきなり追いかけられて、しかも壁においつめられて好きだって言われたら、夢未ちゃんならどうかな」

 うぐ!

 ちょっと怖いかも。

「その理由が、たまたま同じ家庭で天日干しにされていたときから、かわいいなと思って見ていたっていうのは、どう?」

 さらに、怖い。

 逃げ出してもおかしくないよね。

 書いてるときは、わたしならこんなふうに迫られたいなっていきおいで、書けちゃったんだけどな。

「話の中で主人公に恋させるなら、読んでる人にも一緒に恋をさせなくっちゃね。それが読者を連れていくってことなんだ」

 なるほど……。

 さすが、校内コンクールで何度も章をとってるっていうジョニー先輩だな。

 物語を書くって、むずかしいです……。

 星崎さん、お元気ですか?

 わたしははじめての合宿、がんばってます。

 ちょっとスパルタだけど、楽しいです。


 文芸部のならわしらしく、みんなそれぞれ合宿先から絵手紙を誰かに書いて送っている。

わたしも海岸近くのポストに投函した。

あて先は、栞町じゃなくて花布にして。

 じつは、合宿が終わったら、そのまま花布のキャンプ場に向かうんだ。

 そこには、チーム文学乙女のメンバーと、神谷先生、マーティン、そして、星崎さんがいる。

 わたしが合宿って話したら、あとで合流しようってことになったの。

 星崎さんが約束してくれた、入学祝いなんだ。

 この怒涛の日々が終われば、楽しい春のキャンプ!

 がんばるぞ~。


 花布のキャンプ場はどうですか?

 虫さんにさされていませんか?

 くまさんとかでてませんか?

 合宿が終わったらすぐ行くので、待っててください。

 同封したお手紙を、ももちゃん、せいらちゃんに渡してくださいね。

 神谷先生やマーティンにもよろしく――。

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