⑨ ニセ手紙事件発生

 合宿最終日。

 早朝からずっと小説の批評会で、みんなぼろぼろ。

 お昼を過ぎたあたりで、部長のジョニーが言った。

「いったん、休憩にしよう」

 ほっとした空気が流れて、みんな窓辺で涼んだり、自販機で買ってきたジュースで一休みしはじめる。

「夢未ちゃん、ちょっといいかな」

 わたしを呼んだのは、部長だった。

「はい、先輩」

 部長に続いて、わたしは部屋を出た。

 民宿の廊下で、部長が立ち止まる。

「ちょっと、気になることがあってね」

「気になること、ですか?」

 部長――ジョニーはふっと寂しげに微笑んだ。

「二人のときは、ジョニーでいいよ。敬語もいらない」

「えっと、じゃ、ジョニー。気になることって?」

 ジョニーはうなずく。

「合宿初日に、マーティンに手紙を出したんだけど。よくわからない返事がきたんだよね。恋のことがあってもきみとは友達でいたい、とか」

 えっ!

 ちょっと不謹慎だけど、どきっとしちゃう。

 ジョニーはマーティンと大親友で、でも、好きな人が同じライバルでもあって……。

 さいきんジョニーも積極的だから、見ててはらはらだったんだ。

 でもいつも好戦的な彼は今ちょっと困っているようだ。

「僕はもも叶ちゃんのことは手紙には一言も書いていないんだ。書くくらいならむしろ直接言うしね」

 うん……。

 なんとなく、彼ならそうしそう。

「おかしいなと思っていたら、ほかの部員からも似たような話をいくつか聞いて。ただ、部活をがんばってるっていう報告の絵手紙なのに、まるでひどいことを書いたかのように怒りの返事をもらったとか」

 えっ、そんなおかしなことが……!

「ごめんなさい、わたしちっとも気づかなくて」

 じつは、わたし、はじめての場所で誰かと仲良くなるってすぐにはできなくて。

 活動についてくのに精いっぱいだったから、周りを見る余裕がなかった。

 友達や、家族への報告の手紙を出して、怒りの返事が返ってくる人がたくさんいた。

 なにが起きてるんだろう?

 そのとき、ポケットのスマホが鳴った。

 今頃は花布にいるはずのももちゃんからだった。

 もしかして、ジョニーの出した手紙のことかな。

 マーティンから、そのことを相談されたとか?

 急いで、通ボタンをタップする。

 聞こえてきた第一声は、思いがけないものだった。

『夢、どういうこと!? あの手紙、文学乙女を脱退するって』

 な、なにーーっ!

『せいらの受け取った手紙なんて、絶交って書いてあって、ショックでずっとテントにこもってるよ!』

 ひぃぃぃっ!

「ももちゃん、わたしそんなこと手紙に書いてない」

 わたしは急いで説明する。

 同じようなことが、部内でたくさん起こっていること。

『そうなんだ……。だよね。おかしいと思った。夢がいきなりこんなこと言うなんて――』

 そこで二人してはっと息を飲む。

「もしや、これって」

 ももちゃんの言葉を遮るように、ピロリンと音がして、スマホを耳から一度離して画面を見ると、新たな着信だった。

 通知番号のさいしょは、1044。

 としょ、とも読めるこの四桁の市外局番が並んでいるということは、かけてきたのは、本の中のだれか――。

「ももちゃんごめん。ケストナーおじさんから電話だから、いったん切るね」

 きっとこの事態に関してだと思う。

 さすがチーム文学乙女の一人なだけあってももちゃんはすぐに察してくれた。

 通話を一度切って、本の中からの電話に出る。

「大変だ、ロッテちゃん」

 その声には、いつもののんびりした響きが完全になかった。

「ケストナーおじさん。なにか――」

「あぁ、残念だが」

 チーム文学乙女と協力関係にある、偉大な作家さんは一言こう告げた。

「また、本の中で事件だ」

 合宿を終えて、すぐに、できるだけ早い花布行きのバスに乗る。

花布のキャンプ場につくと、わたしはICカードをタッチするのももどかしく、バスを降りた。

 みんなとの待ち合わせ場所まで、走る。

 そこここで、すてきな手紙をひどい絶交状に書き換えられる事件が起きている。

 ケストナーおじさんからそう聞いて、いてもらってもいられなくなった。

 はやく、みんなと会わないと。

 ももちゃんやせいらちゃんに、わたしからのひどい手紙が届いたってことは。

 きゅっと胸が痛くなる。

 星崎さんにも絶交状がわたってることになる。

 そう思ったら、彼に会いたくて、たまらなくなった。

 でこぼこの山道を、何度も転びそうになりながら、全力で駆け抜けた。

 ようやく、ふもとの待ち合わせの広場につく。

 息を整えながら、見知った姿を探すと。

 奥にある、予約したログハウス。

 その近くに、みんながいる。

 野菜を切っているせいらちゃんとももちゃん、薪を運ぶマーティンと、テントを張る神谷先生と、そして。

 その姿を見たら、泣きたくなって。

 そんな自分をどうにもできなくなっちゃったんだ。

「星崎さんっ」

 わたしを見て、駆け出したそうにしているせいらちゃんを、ももちゃんがとめている。

 星崎さんはちょっと手を挙げて、こっちに歩いてくる。

「ごめんね。連絡とれなくなって心配かけちゃったかな。ちょっとスマホが故障中でね。修理に出していて」

 ぎゅっとそのシャツを握ってだきつく。

「あの手紙……あれ、にせものなのっ。わたしは、わたしが好きなのは、星崎さんしかいません!」

 わぉ、とかきゃっとかいう声が聞こえたけど、今はそれどころじゃない。

「わかったから、ちょっと、離れてくれないかな」

 !

 予感してた不安がじわじわ胸に広がっていく。

 ひどい。離れてなんて。

「やっぱりあの手紙のこと信じて、それでわたしのこときらいになっちゃったの?」

「……そういうことじゃなくて」

「じゃぁ、抱きしめてください。今すぐに」

 夢大胆、すごいわねっていうももちゃんたちの声が聞こえてきたけど、今は彼にいつもみたく不安を鎮めてほしくてしかたなかったんだ。

 彼がわたしをきらいだなんて、うそだよね。

 不安を押しつぶそうとするように、ぎゅっと彼にくっつく。

「夢ちゃん、ちょっと」

「星崎さん……」

 じっと身を任せて、肩に腕が回されるのを待つ。

 ようやく肩に手が乗せられて。

 そう思ったら、ゆっくりひきはなされてしまったの。

「ごめん、夢ちゃん」

 星崎さんが、こっちを見てくれない。

 声にならない叫びが体中をひきさく。

「信じてくれないんですか……わたしのこと」

「違うんだ」

 彼の視線が、下のほうをあちこちさまよって、やっぱり目が合わない。

「いきなりだったから驚いて」

 そうだよね。

 いきなりきらいだなんて手紙送られたら誰だって。

「いや、手紙の話じゃなくて」

 ……あれ?

 わたしはやっと、ちょっとおかしな雰囲気に気づいた。

 はじめてカレをよく見たら……迷惑そうっていうより、すごく、気まずそうな顔をしてる。

「その、抱きつかれたときの感触が、小学生のときと、どことなく違ったから」

 感触って?

 ちょっと遅れて意味がわかったとき、かっと顔に血が上った。

 なにも考えられないまま彼から離れる。

 震える手で自分を抱きしめた。

 わたしは、ただ誤解と解こうと必死で。

 きらわれたんじゃないかって怖くて。

 なのにカレったら。

「星崎さんの……えっち。もう、知らない」

「夢ちゃん、ちょっと待って。そういう意味じゃなくて」

「じゃぁどういう意味ですかっつの。あーあ、今のはイメージダウンだ」

 テントを張る手を止めずに、神谷先生がぼやくように言っている。

 そのあと薪をもって通りかかったマーティンといろいろ話していたけど、恥ずかしさと怒っているのとで、ももちゃんたちのほうに逃げたわたしには聞こえなかった。

「星崎さんがニセの手紙を読んだとき、思いっきり動揺してスマホ取り落して画面を割ったこと、夢未に教えたほうがいいかな」

「よしとこうぜ。王子様には保たなきゃならん体面ってのがあるんだよ」

「大変な職業だ……」

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