⑦ 怒ってくれるのはだれ? ~もも叶の語り~
ルーティンの車で山道をドライブ後、夕闇が空に立ち込めたころにやってきたのは、海沿いのカクテル・バーだった。
大人向けの店しか開いてなくてごめんと彼は気遣いの一言を忘れない。
色とりどりのお酒の瓶やグラスが輝くバーの中心にいたのは。
大きな貝殻帽子に、スパンコールのドレス・ワンピース。
「らっしゃいらっしゃい、ここは、海の魔女ばばあ・バーだよ」
もはやつっこむ気力もない。
「おばさん、いろいろ商売やってんだね」
「あったりまえだろ、稼ぐために手段なんか選んでられるかい」
なんだかな。
となりのルーティンを見ると、顔を青くしてるし。
わかる。こういう強引なおばさんってちょっとひいちゃうよね。
「今夜のおすすめ商品はこちらだよ!」
海のばばあ……もとい、おばさんがさっとバーに置いたのは、一杯のカクテルだった。
グラスの下にしかれたナプキンにこう書いてある。
“ヌア アインマル”。
深海のような色のカクテル。グラスにオレンジがさしてある。
「『たった一度だけ』という意味の名前さ。子ども時代に一回くらいお嬢ちゃんもお酒の味を試してもいいんじゃないかい?」
えっ。
なんつーことを言うんだこのおばはん。
未成年にお酒すすめるってそれ業務違反じゃないの?
そう思っていると、おばさんはにぃっと真っ赤に塗った唇をゆがめて、
「にしてもあんたもやるねぇ。マーティン坊やからもうほかの男にきりかえたのかい」
この言葉にはさすがに凍り付く。
「ちが――」
マーティン。
待ち合わせに来ないから、怒っているのかなって勝手に思って、ルーティンについてきちゃったけど、 まさか。
すれちがいになって一人、まだブックマークタワーの前で待ってる、なんてことは……。
おばさんはカクテルをマドラーでくるくるかき回しながら言う。
「まーそのほうが賢明さね。かわいそうだが」
「……どういうこと?」
ルーティンが無言であたしの手をにぎり、引くのがわかる。
でも、どうしても、続きをきかずにはいられなかった。
「あの坊や言ってたよ。自分を大人の男と比べるもも叶なんかもううんざりだって」
「えっ……」
異常に長いまつ毛をまたたかせ、蠱惑的に微笑んで、おばさんはさらに言う。
「これ飲めば、彼がまた惚れ直してくれるかもよ? なにせ、一生に一度きりの運命を引き寄せるカクテルだからねぇ」
いひっひという高らかな笑い声も。
となりでルーティンがすごい目つきで魔女をにらんでいたことも。
今のあたしに効果はなかった。
「ルーティン。あたし……あれが飲みたい」
「え……?」
戸惑ったように、彼がこっちを見てくる。
「お酒だけど、子どもが飲んでも平気なんだって」
嘘だけど。
「ねぇ、いいでしょ」
ルーティンの顔が曇った。
そこへおばさんがたたみかける。
「おい、カレーのルーだかシチューのルーだか知らんが、彼女からの切なる願いだよ。大人として叶えてやるべきじゃないのかえ?」
しばしそのまま静止した後。
「……わかった」
ルーティンはお財布を取り出した。
「海の魔女、それを彼女に一杯」
「まいだ~り♡」
目の前に、グラスはもうある。
ぐっと飲み干そうとそれをかかげる。
きらきら光る、深くて濃いディープブルーがあたしを誘惑する。
口をつけようとすると、どこからか声がする
『何考えてるんだもも叶!』
それは、誰だっけ?
『未成年で飲酒なんて、だめに決まってるだろ!』
がしゃん、と勢いのいい音がした。
気が付くと、口をつけようとしたグラスがそこに砕け散っている。
「やっぱり、だめだ!」
苦しい顔をした、ルーティンがいて。
あたしはうつむく。
当たり前だよね。
悪いのは、あたしだ。
激しい粉砕音に、お店の中の人たちがちらほらこっちを見る。
心配してかけよってくれた人もいた。
その人は、まだあたしと同い年くらいの子だった。
「もも叶ちゃん」
その子を見たとき、驚いたけど、
「ジョニー?」
不覚にもちょっとだけ、ほっとしてしまった。
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