⑥ 星崎社長の愛情 ~夢未の語り~
みんなでわいわい入ったお店はかわいい掘りごたつのテーブルで、ちょっとだけテンションがあがってしまう。
注文をすませたあと、となりでは、今日入った漫画で特集コーナーを作る相談とかで、星崎さんと成瀬さんが話し込んでいる。
はぁぁ。やっぱりちょっとフクザツ。
ため息をかみころしていると、向かいの席から福本さんが声をひそめてこう言ってきた。
「星崎社長ってどう思う?」
えっ?
「ええと。……すてきです」
いきなりな質問にちょっととまどったけど、一言、正直に答える。
福本さんは広めの肩をちょっとすくめて。
「はぁ、みんなそう言うよね。まぁ慣れてるからいいけどさ」
そのとき、店員さんがビールをもってやってくる。
「お待たせしたねぇ。ビールだよ。ぐっとやってぐっと」
へんな巻貝の帽子をかぶって、やけにフレンドリーな店員さんだな。
わたしの席にビールを置いてくれるとき、その人は囁いた。
「お嬢ちゃん、だめだねぇ。ほかの女にカレをとられてるじゃないか。もっとがんばってアタックしないかい!」
――え?
まさか、この人――。
でもでも、今答えるわけにはいかないし。
「ちょちょいーっと、手助けにきてやったよ。ほれ、はじめてのビール、楽しみな」
ビール?
遠ざかっていく店員さんのティーシャツの背中には、タコさんのマーク。
やっぱり。海の魔女さんだ……!
気が付けば、乾杯もすんで、成瀬さんは席を外し、福本さんはまだぶつぶつと呟いてる。
「オレだって一応同い年だし、この人が起業したときからのつきあいだから、それなりにキャリアだってあるんだけど」
そんな彼に、星崎さんが横から言う。
「福本。女性を口説くなら、飲んでないときに堂々とやらないと」
えっ。口説く?
今わたし、福本さんにくどかれて――?
ビールを一口飲んだだけの福本さんは、すでにすわった目で星崎さんに絡みだした。
「なんですか、いつもいつもさらっとかっこいいこと言って、おいしいとこぜんぶ持ってって」
「おいしいところね。店の残業一手に引き受けてるのは誰か忘れたとは言わせないよ」
星崎さんも、負けてない。
福本さんははぁぁと大げさに肩を落として、
「ですね。その外見、その言動なら遊び放題なのに。これでロリコンじゃなけりゃな」
ええっ!
星崎さんがロリ――ろり、なんだっけ?
「それについては否定しない」
星崎さんまで!?
目を見開いていると、くっくと福本さんが笑いながら言ってきた。
「あぁ、冗談。この人ね、女の子をひきとったんだけど、まぁ里子みたいなもんかな。その子のことを目に入れても口にいれてもいたくないかわいがりようなんだ。だからさ、新しい相手とかあんま考えてないんじゃないかな」
なぜか元気づけるように肩をぽんとたたかれてそう言われる。
それって……もしかしなくても、わたしのこと。
気が付くと。星崎さんは少しだけ斜め下を見やって。
あ。
これは…夕暮れ時に事務室で見たのと同じ、切なげな眼だ。
そして、言ったの。
「複雑な家庭の子なんだけど、そのわりにあまりに世間ずれしていないというか、不器用というか、歩みが早い方では決してないというか」
ぐさっ。ぐさっ。星崎さん、ひどいです……。
でも上げた彼の目は微笑んでいた。
その瞳に納まりきらないいっぱいの想いをたたえて。
「要約すると、いい子すぎるんだよね」
ほらほらこの愛異常でしょ、という福本さんの言葉も耳に入らないというように、彼は続ける。
「オレに養われているという意識があるのか、ふだんからいろいろと気を遣って甘えてくれないし。一人でいろいろな物事について心を砕きすぎているんじゃないかって心配なんだ」
わたしは彼の目をまっすぐに見る。
あー痛い、痛すぎるとか、福本さんが叫んでいるけれど、耳に入ってこない。
気づいたら、星崎さんの手をとっていた。
「そんなふうに社長が見てあげてたら、その子もきっと幸せです」
「……」
少しだけ、考え気味の様子の彼と、目が合う。
そのまま、静止する。
「本野さん……」
ふいに、彼が首をかしげた。
星降る書店の人たちとお話しながら、数時間がたった。
廊下でお手洗いに行く途中、めまいを感じて立ち止まる。
大人の身体ではどうしてかビールがおいしくかんじられて、どんどん飲んじゃった。
しばらく休んでいると、壁の奥から、すすり泣きのような声がきこえる。
誰だろう? 具合が悪くなっちゃったのかな?
そっと角から顔を出すと――なんと、泣いているのは成瀬さんだった。
ごめんなさいと何度も謝りながら。
その前にいて、彼女をなだめているのは――星崎さん。
愛情あふれる笑顔で、だいじょうぶだって、何度も言ってあげていて――。
ずきんと頭が痛む。
いやだ。
ききたくない。
痛む頭をふって、わたしはその場から走り去った。
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