④ ほんとうの美しさとは
そして、絵画コンクールの校内品評会当日がやってきた。
会場はギムナジウムの美術室。
郊外からもお客さんがきていいことになっていて、教室の後ろは様々な人々でごったがえしている。
教室の奥、窓際にしつらえられた審査員席には正義先生とみんなに慕われているというベク先生やクロイツ カム先生がいて。
教室前にはずらりと最終選考まで残った5人の生徒たちの絵が紫の布にかけられて並んでいる。
あたしはマーティンの助手として、舞台前方でキャンパスを手にとなりにひかえていた。
あたしたちのエントリーナンバーは五番。大トリだ。
「それでは、最終選考に残った栄誉ある生徒たちの絵画のお披露目に入りたいと思います」
視界のベク先生の声で、まず、エントリーナンバー1番の生徒のキャンパスの布が取り払われて、そのあと、次々に候補者の生徒たちの絵が、披露されていく。
となりで、マーティンが首をかしげるのがわかる。
そう。
それらは、きれいだけど細かいデッサンが欠けていたり未完成度がどうしてもぬぐえなかった。
眼鏡をかけたクロイツカム先生も、気難しやだという普段以上のしかめっつら。
やっぱり。最終候補に残った優秀な生徒たちの作品にしては、おかしい。
そしてエントリーナンバー4番のクラウスの番になると、会場のそこここから歓声があがった。
なるほどよくかけている、様々な色の服で着飾った女の子たちの絵だ。
表情もみんなかわいい。
最後にマーティンの番になった。
となりのクラウドが耳元でささやく。
「悪いが、今回の優勝はいただいたよ、マーティン」
ぴくりとも表情筋をうごかさず、冷静なマーティンは言う。
「なんのことですか?」
「ははは」
ばかにしたようなあざけりがふってくる。
「きみとほかの候補者がど貧乏のうえに頭まで貧しくいてくれて助かったよ。『美人組合』なんてくだらない組織、ほんとうに立ち上げると思ったかい?」
「ですよねー」
口をはさんだのは、マーティンの助手として、キャンパスをもってひかえていた、あたしだった。
だんと立ち上がり、会場全体に響くような声で、述べる。
「あなたは、この街キルヒベルクで、生徒たちにモデルを頼まれている美しい女性たちを美人組合に入れるとおだてて部屋に呼んでは、仕事とも言えないようなかんたんな仕事をさせて。高額(?)な報酬を渡していた。大方ほかの候補者には、直接お金を渡したのかもしれないね。それには目的があったの」
会場がわっとどよめいていく。
どういうことだ。
候補者のあいだで、不正が?
お金をうけとったほかの候補者たちも、青ざめてうつむいている。
待ちわびていた瞬間を味わいつくしたあと、あたしはびし、とクラウスを指さした。
「他の候補者たちの部屋から、絵のモデルを奪うことです!」
わあっといっそうあたりがざわめいた。
「モデルを観察する時間が短くなれば、おのずと作品の完成度も下がる。優勝は自分がいただきってわけ。
大げさに肩をすくめて、あたしはそれまでもらったマルク紙幣を、ばんとクラウスの胸につきつけた。
「でも、おあいにくさま。そんな手で絵画コンクールで優勝をせしめられるなんて、大間違い」
そして再び、びしっと指をつきたてて。
「とうぜんよ、美しいものがなにか、あんたにはわかってないんだから!」
すかさずマーティンに向かってうなずき、ともにキャンパスの紫の布をとりさる。
おおっとこれまで以上のどよめきが会場に響き渡る。
そこには、女の子の横顔が描かれていた。
長い黒髪、黒い瞳。真っ白な肌は月明かりを浴びて光ってる。
背景は……黒い湖に、銀色の月。
このほうが白い肌が生えるって、あたしが提案したんだ。
そう。
マーティンは絵画の舞台となる時間を夜にうつして、あたしを湖の前に座らせ、人知れず絵画制作を続けていたんだよ!
ぱち、ぱちと、音がして。
見ると、審査員席の真ん中で、ベク先生が手をたたいていた。
「いや、見事だ」
マーティンの尊敬する人だという彼は、厳しい表情の中に笑顔をしていて。
こんな表情もあるのかとぼんやり思った。
「推理といい絵画といい、鮮やかだった。美しき探偵さん、ありがとう」
そして、そのとなりから咳払いがきこえ。クロイツカム先生が続けて言った。
「まことにけしからんことだ。モデルを買収する者も、される者も。どうやら、ほんとうの美しさとはなにか。知っている候補者は、一組だけだったようだな」
うなずきあい、ベク先生が、宣言する。
「マーティン、こちらへ」
ベク先生のもとに進み出たマーティンの首に、優勝のメダルがかけらえる。
誇らしく胸をはって、助手兼モデルのあたしは優勝盾をうけとったんだ――。
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