⑥ 真相

 リビングの食器棚の前で倒れた星崎さんに、わたしは一目散にかけよった。

「星崎さん、だいじょうぶですかっ!?」

「あぁ……ごめんね、二人とも。びっくりしたでしょ」

あたりにはいっぱいにちらばった箱。

 悔しそうにきれいな顔をゆがめ、星崎さんは呟く。

「もう完全に克服したと思っていたのに」

 そして、上体を起こすと、ぱっと笑顔になり。

「あ。あったあった。これを取ろうとしたんだ」

 横にちらばっていた一冊の本を取り出した。

「バーネットの残した言葉が載っている本だよ。ここ、見てごらん」

 星崎さんの開いたページにはこん言葉が載っていた。


 不幸なことには目を向けなくていいのです。

 自分を幸せにすることにだけ目を向けてください。


 夕日にくるまれたようなあたたかな波が心に満ちてくる。

「夢ちゃんにはこのバーネットの幸せ志向に、一心に浸ってもらいたくて、あの全集を選んだんだ」

「星崎さん……。この本も、読んでいいですか」

「もちろん」

 新たな本を手渡され、いい雰囲気のわたしたちに、ううむ? という声がふってくる。

「夢はじつはプリンセスだって、伝えるためじゃなかったんですか?」

 詰め寄るももロックに、

「プリンセス? なんのこと?」

 星崎さんは首をかしげる。

 わたしはももロックと示し合わせたようにおなじタイミングでがっくりと肩をおとす。

「また、推理、外しちゃったなり……」

「でも、それなら、魔法の通帳は? 星崎さんがさいきん冷たいのは?」

 思わず口走ってあっと手で口をおおうけれど、もう遅い。

 星崎さんを見た時には、悲しそうな顔になってしまっていて。

「そうか……。そんなふうに、感じさせてしまっていたのか」

「あ。あの。その、これは」

「いいんだ、無理しないで」

 優しく頭をなでてくれて、安心する。

 やっぱり、いつもの星崎さんだ。

 見つめていると、彼の顔が、ふいにかすかに赤くなって。

「じつは、その。二か月くらい前かな。……仕事で本を大量に運びすぎて、腰を痛めてしまって」

「ん?」

 なんの話だろう。

「そのとき、激しくショックでね。オレの身にもいつなんどき、なにが起こっても不思議じゃないと思ったんだ」

「あぁ、ママが言ってた。あれさいしょにやったとき、身体的以上に精神にくるって」

 ももちゃんのコメントに深くうなずいて、星崎さんは続ける。

「だから、夢ちゃんのことも、オレがいなくても一人でも生きて行けるように、少しずつしていったほうがいいと思うようになって……」

 はぁぁぁ。

 わたしは一人うなずく。

 料理も掃除も、通院も、一人の機会が増えたのはそういうことだったのか。

「星崎さん、やっぱり大好き」

 腕に抱きつくと、あはは、と彼は笑った。

「でもやっぱり、こんな弱気なことは言っていられないな。まだまだ君が大きくなって、幸せになるのを見届けるまでは」

 にこにこと、笑顔で見つめ合って。

 そんなわたしたちに、つっこみの声が飛ぶ。

「なんかすっかり一件落着的な空気になってるけど、最大の謎がまだ残ってるからね」

 ん? まだなんかあったけ?

「夢ソン! 魔法の通帳のことはどうなったの! ひと月ごと金額が増える、夢ソン名義のあれ!」

 ああ、ももロック。もうそんなことはいいんだ。

 わたしは、星崎さんが星崎さんのままいてくれたら、それで。

「あ。夢ちゃん。あの通帳を勝手に見たんだね。こら、いけない子だ」

「えへ」

 よいしょ、と、立ち上がる星崎さんに肩をかす。

 彼は苦笑しつつ、言った。

「残念ながら、預金通帳の残高は、勝手に増えてはくれないよ。きみの健康や将来を願っている人がこつこつ貯めないかぎりね」

 え? それって……。

 最後に彼はまたかすかに赤くなった頬でこう言ったのだった。

 隠し場所を変えなきゃな、と言ったあとに。

「金額を見るのはもう禁止。子どもが見るものじゃないからね」

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