⑪ 呪いを解くのはキスか、それとも?
夜に輝く虹のように、暗闇の中で妖しく光る宝石に囲まれて、じっと考える。
こうなっちゃったのはショックだけど、いつまでも泣いているわけにはいかないよね。
ジャックさんが出ていった扉をためしに押してみたけど、やっぱりかぎがかけられていた。
どうにかしてここから出て、みんなを助けなきゃ。
ぐるり首を巡らせて、部屋を見渡す。
すぐそこの窓は……たとえ叩き壊せたとしても、その外側は一面海の底。
でも、ちょっと待って。
もし船の外側をつたっていったら、デッキの半天井にでるよね。
真上から、舞踏会の会場が見渡せる。星崎さんたちの状況がわかるんだ。ピンチのとき、助けることもできるかもしれない。
一度ひらめいたこの考えは、手放しがたく魅力的だった。
じっと、わたしは丸い窓をにらんだ。
そして、心を決めた。
もう、方法はこれしかないんだ。
宝の山にささっていた金色の剣を、ひきぬく。
すっと、息を吸って、吐いて。
きっと、ガラスの向こうの深海をにらむ。
いざ!
「夢未・すぺしゃるあたーーっく!」
「たんま」
「うわっ」
踏み出したさきへ振り下ろされるはずだった剣は、後ろ側に反り返る。
つんのめって尻餅をついて、見上げた先には、思わぬ人がいた。
パーティースーツ姿のよく似合っている。
「神谷先生?!」
そのうしろには、壊すでもなくふつうに開けられた扉がある。
ふーっと息を吐いて、神谷先生は額の汗をぬぐう。
「きみも、さすがにせいらの親友っていうか、案外激しいんだね。なるほどあの窓破れば脱出はできるけど、そのまえに乗客全員水没の危機だって」
そ、そうか。
ぶるっと寒気を追い出す。
あやうく、凶悪犯になるところだった……。
「でも神谷先生、どうやってここが」
彼がふっと勝気に微笑む。
黙って、胸元から鍵束を取り出してちらちらとふった。
「だまし討ちなんて、趣味じゃなかったんだけどな」
ジャックさんから盗み出したってことかな?
ぶるるとまた寒気がする。
まさかね。
それよりも、訊きたいことがある。
「みんなは、星崎さんは無事ですか」
かすかに、神谷先生の表情が曇った。
「わたし、舞踏会場に行きます」
「そう言うと思ったけど」
神谷先生は肩をすくめる。
「正直あんまおすすめはできないぜ。まだ野暮用残してるからオレはいっしょに行ってやれないし、今回の敵さんは筋金入りだ」
「だいじょうぶ」
こく、と強くうなずいて、神谷先生を見つめる。
「だから神谷先生は、せいらちゃんを助けに行ってください」
目を閉じて、神谷先生がこめかみをかく。
「よし。ここで別れよう。でもいいか」
神谷先生は最後にこう言い残した。
「お姫様は守られるのが仕事だからな」
♡
Side:もも叶
舞踏会場になっているデッキの、見方をカーテンにくるまれた、小さな窓辺のスペースにかくれるように入ると、マーティンはようやくあたしを肩からおろした。
「ふぇぇぇ、もうだめ~」
さっきからさんざん彼への攻撃を続けていた身体は、疲れてへとへとだ。
せめてもの救いは、マーティンが見事な身軽さであたしの手刀やキックを交わし続けてくれたこと。
今も、その紅茶色の目が、射抜くようにあたしを見つめている。
なんとかあたしはその目と目を合わせた。
彼は今、あたしにかけられた呪い(?)をなんとか解こうと、ここで二人きりになってくれた。
きっともう手段は浮かんでるんだろう。
この覚悟を決めたまっすぐな目。あたしにはわかる。
「もも叶……」
あぁ、どうしよう。
こんなピンチなのに、余計な考えが頭をめぐる。
優しい笑顔が一番だけど、こういう顔も、いいなとか思ってしまう。
ぶんぶんと頭をふって、思考を現実に戻す。
マーティンはどうやって呪いをとくつもりだろう。
お姫様にかけられた呪いをとくっていえば、もしかして……!
そこまで考えたとき、かっと顔があつくなる。
ちらちともう一度彼を盗み見ると、疑いは確信に変わった。
彼はこちらに向けて手を伸ばし、とまどってやっぱりとめ、ひっこめるを繰り返している。
まさか、ほんとうにあれなの?
眠り姫や白雪姫が王子様にしてもらった、あの方法??
「ちょ、ちょっと、たんま! マーティン、いくらなんでもそれはまだ心の準備が」
「わかってる。けど、時間がない」
ひぃぃっと声にならない声をあげて、後ずさる。
一歩また一歩と、赤くなりながらも彼が着実に距離を詰めてくる。
「僕だって、こういう人としてどうかってことは、ほんとうはしたくない。でも、わかってくれ。これもみんな、呪い解除のためだ」
「ままま、待って! ずっと夢だったの。はじめては、こんな戦いの最中じゃなくて、ロマンチックなサンセットとか、月が出てるバラ園とかで――」
動揺のあまり、ものすごく恥ずかしいことを口走った気がするけど、関係ない。
今、あたしはピンチだ。二重の意味で。
「ごめん! もも叶――」
ああもう、いいや!
半ばやけになってあたしは目を閉じる。
なにぜいたく言ってるのもも叶、大事なのは、相手がマーティンだってことでしょ?
大好きな彼は恥ずかしそうにこっちに手を伸ばして、いっきに――。
あたしの肩のドレスのリボンをほどいた。
上半身のギンガムのドレスが、ひらりとはためいて、用をなさなくなる。
頭が真っ白になって、一瞬、なにが起きたかわからなかった。
叫びをあげたのは、その次の瞬間。
「やっ、やだっ」
下着だけになった胸元を隠して、しゃがみ込む。
恥ずかしさとショックで、頭はパニックだ。
なんで? カレがこんなことするはずない。
かわいい下着を用意したのは、あくまで夢に自慢するためであって、こういうためじゃ……。
うぎゃ、何考えてるんだあたし。
でも、マーティンは容赦なく、後ろから下着の肩ピモを強く引いてくる。
あまりのことに、抵抗すらできないでいると、ふいに彼が声をあげた。
「――あった!」
ん……?
おそるおそるマーティンを見ると、彼の手には、赤く光る粒がつままれていた。
マイクロボム――人を操作できる爆弾が、つけられていた。
あたしの下着に?
ふと、一日目の夜のワンシーンが、蘇る。
夢とお風呂にはいったとき。
あたしの衣類をたたんだかごに入っていった、赤い虫――。
「こいつが掌握の根源だ――えいっ」
粒をつぶして粉々にすると、彼はそれを窓の外の海に放り投げた。
見事なカーブを描いて飛んだそれは、海の底にじゃぶりと沈んでいった。
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