⑩ 妖しき舞踏会の開幕
Side:もも叶
船内のここはパーティー会場のデッキ。
シャンデリア代わりにつるされたガラスのランタンが赤、青、ピンク、ムラサキと 虹色に輝き、柱に飾られたバラ模様のカーテン。
袖にひかえた動物楽団のみなさんと、ドレスアップしたお客さんたち。
いよいよクルージングのハイライト、舞踏会が始まる。
なのに、まったく別の理由から、あたしたち一同はざわついていた。
目に見えてうろうろとしているのは、神谷先生だ。
「おかしいな。せいらの姿が、さっきから見えないんです」
「龍介、それはほんとか」
星崎王子に至っては、スーツに着替えてすらいない。
「じつは、昨晩から夢ちゃんもどこかへ行ってしまって」
「えぇっ」
神谷先生が目を丸くする。
「図書室で本に夢中になって眠っちゃったとかじゃなくてですか?」
「図書室も、ラウンジも、思い当たる場所は夜通し全部探したさ」
「先輩、それで少々やつれてるんですね」
「うかつだった。やはり今一人にすべきじゃなかった」
やれやれ。
「まったく夢もせいらもだめだよねぇ。愛しのカレを待たせるなんて、姫として失格。そこいくとあたしなんか、今夜に備えて昨日は八時に寝たからね。ちなみに起きたのは朝の八時」
「よく言う。途中夜の海が見たいとかいってふらりと起き上がって出ていくから、ずいぶん心配したぞ」
「えー? そうだっけ? 寝ぼけてたのかなぁ」
マーティンに答えてるそばからふわぁぁぁと大あくびがでる。
「おかしいなぁ。たっぷり睡眠とったのに、ちっとも寝た気がしないんだよね」
もちっと、ほっぺに手をあてる。
「お肌も、まるで夜更かししたときみたいにかさかさだし。大事な日についてないな」
そこまで言ったとき、王子がはっとしてこっちを見る。
「ももちゃん、昨晩夢ちゃんを呼び出したのはきみじゃなかったのかい」
「――へ?」
肩をつかまれんばかりに食いつかれて、きょとんとなる。
「『ももちゃんからラインがあった』。昨日たしかに、彼女はそう言って出て行ったんだ。午後の九時を、まわったころだった」
全員が、言葉を失う。
あたしはバックポーチからスマホを取り出して、昨晩のライン履歴を調べて、目を疑う。
たしかに、あった。あたしから夢に、部屋から出てくるように指示するラインが。
こんな文章を打った記憶はもちろん、ない。
「やだ……気味悪い」
ふるえる肩をかばうようにマーティンが手を添えてくれる。
「お集りのみなさま、お待たせいたしました。これより、フェアリーテイル号幻想舞踏会を執り行いますけろ~」
コミカルな支給長さんの声も、流れ出した優雅な明るい音楽も、このタイミングじゃまるで皮肉だ。
楽し気に回る正装したカップルたちさえも、なんだか不吉に見えてくる。
「これはみなさん、おそろいで」
安定した足音とともに現れたのは、透き通る白い肌に金髪、ヴァイオレットのクラヴァット、そして白いタキシードを着た緑の目のイケメン紳士だった。
あたしたちのことみなさんて言ったけど、いったい誰?
みんなが戸惑う中、一人落ち着き払って、星崎王子が一歩、前に出る。
「『おそろい』でないのは、あなたが一番よく知っているんじゃないですか」
え、なに、この穏やかならぬ空気は。
紳士が不敵に微笑む。
「おや、どうされたのですか、その服装は。王子に似つかわしい衣装とは言えませんね」
星崎王子が、目を細めて紳士を見据える。
「人のプリンセスを奪っておいて、なにをしにきたというんです」
えっ?
どういうこと?
夢か、あるいはせいらが、この紳士の手に――?
「単刀直入に言いましょう。王子様。彼女をください」
二人のあいだに、見えない火花が散った。
「いやだと言ったら?」
「やむをえませんね」
紳士が手をかざすと、二本の剣が現れた!
一本を星崎王子に放る。
王子もそれを受け取って。
一触即発の、そのとき。
「お二方。なんか知りませんが、愛をかけた決闘の前に、少しは空気読んでくれませんかね」
――へ?
そう言って進み出たのは、神谷先生だった。
「こういう金持ち同士の集まりでマナー軽視は事故のもとですよ。経験上間違いないっす」
戸惑ったように、星崎さんが神谷先生を見る。
「龍介……」
んもう、神谷先生~。
せいらに代わって言うけど、緊張感なさすぎ。
そう言おうとした口を、マーティンにふさがれる。
にっと、神谷先生はワイングラスをかかげた。
「パーティーではもめごとの前にまず乾杯でしょ。ほら、敵っぽいそっちの人も、このさいいっしょに」
神谷先生は並々入ったワイングラスを、紳士に差し出す。
「どうぞ」
「……」
「乾杯」
紳士が手を差し出しかけた、そのとき。
グラスのワインが勢いよく――こぼれた。
「あちゃ。すみません、さすがにオレも緊張したかな。布巾、使います?」
「いえ、けっこう」
「でも、胸元のあたり、かかったんじゃないですか」
神谷先生は、ハンカチで実際にぬれてもいない紳士の胸元をぬぐう。
「だいじょうぶだと言っています」
「そっか。いや、よかった。――それじゃ」
あたしは息を飲んだ。
その目が、きらりといたずらっぽく光ったのだ。
「乾杯も済んだことだし、あとはごゆっくり。オレも、小うるさい姫君を待たせていますんで、これで」
そう言うと、すばやく、会場の出口へと向かっていく。
いったい、なんだったの?
となりで、マーティンがつぶやく声がする。
「……さすがだ」
え?
訊き返そうとしたそのとき、紳士の声がした。
「少々戦意をそがれたが、さっそく、はじめるとしましょうか」
紳士が指をふる――と。
動いたのは、星崎王子でも紳士でもなかった。
あの赤いパンプスを履いた、この足がびゅんと宙を舞って、右手が手刀の形になって、マーティンに向けて振り下ろされようとしている。
ひっ。まただ。身体が勝手に。
しかも今度は物騒な動き!
なんでなの~?
彼の上に着地しようとしたその時、
「そうはいくか!」
マーティンの手があたしの両足に伸びて――靴を取り去った。
とたんに身体が自由になって、彼から離れる。
紳士が微笑んだ。
「よくぞ見破ったね、坊や。だが、僕の操り人形は、まだ健在なんだよ」
「なにっ?」
うそっ。
再び身体が動いて、今度は星崎王子に向かおうとする。
その動きが生じる前に、身体を抱き上げられた。
マーティンだ。
「もも叶。いっしょに来てくれ」
そう言うと、彼はカーテンで仕切られた窓辺のスペースに向けて走り出した。
そのあいだにもあたしの身体は彼を攻撃しようとする。
「ふぇぇぇごめん! マーティン、鬼嫁のこのももを許して~」
あたしの攻撃をよけながら、彼はこたえる。
「わかってる。考えがあるから、もう少し辛抱だ」
こんなときにも、笑顔で落ち着かせてくれて。
あたしは泣きべそをかきながら、この身体をかついでくれている彼が、この手と足の攻撃をかわしきってくれることを祈った。
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