⑨ 地下牢からの願い
遠くに聞こえる機械の音で、わたしは目を覚ました。
そして、横たえられた部屋の様子に息を飲む。
そこは、決してきれいにしつらえられた部屋じゃなかった。
暗闇の中、金銀ルビー、ありとあらゆる宝石や調度品が、武蔵座にちりばめられている。
まるで、『アリババと40人の盗賊』の中にでてくる宝の洞窟みたい。
宝の山のようなその場所にたった一枚の毛布にくるまれて、わたしは横たわっていた。
身体を起こして、横にある小さな窓を見ると、一面に水の泡が浮かんでは消えている。
ここは……船の地下?
起き上がって部屋を観察する。
備え付けのように置かれた机に、三枚のタグが並べて置かれていた。
その文字を読んで、身体が凍り付く。
『小公女セーラのドレス』
使用注意。誰かに閉じ込められる運命付き。
物語ドレスのタグだ!
続けて、残ったタグの文字も読んでいく。
『赤い靴のヒロインのドレス』
使用注意。誰かに操られる危険な運命付き。
そして最後のタグは。
『くるみ割り人形のドールのドレス』
自分を心から愛する誰かと踊る運命付き。
すべての文字を読み終えたとき、部屋の扉が開いた。
「よく眠れたかい」
歩いてくる金髪のその人に、問いかける。
「ももちゃんに、危険なドレスを贈ったんですね。たぶん、せいらちゃんにも」
ジャックさんの冷たい目は変わらない。
「そうだ」
答えも明快だった。
「どうして。どうしてこんなこと――っ」
ささやくように、答えがまた紡がれる。
「彼らから、きみを奪うためだよ」
ふわりと舞うように、彼がそばにくる。
「花嫁に、秘密はないほうがいいな。僕はジャック・ロイド。出身はネバーランド。メルヒェンガルテンで指名手配中の海賊だ」
図書室で、ネバーランドの地図をくだらないと切り捨てた彼の声を思い出す。
「でも、僕の最大の秘密はそれじゃない」
身体が震える。
「はじめは、高く売れるだろうその心のブーフシュテルンが目的だった。だが、そんなものより、本物の宝は僕を魂の底から射抜いてしまったんだ」
急に背中に置かれた手は、奇妙にあたたかだった。
「きみが愛しい。たとえほかのだれかを愛していても」
わからない。
「だったら、わたしの大事な人たちににひどいことする理由なんて、ないはずです。お願い、なんでも言うこと聴くから、みんなを、星崎さんをそっとしておいて」
涙がまつげを震わせて、一粒、地に落ちていく。
「泣かないで、レディ」
相変わらず優しい指先が、涙をぬぐう。
「残念だが、それは約束できないんだよ。彼を生かしておくわけにはいかない。わかるかい」
激しく首を横に振る。
ぽんと、髪に手が置かれた。
「彼がいる限り、きみはぼくを見てはくれないから」
優しく頭をなでていく手は、星崎さんとは違うぬくもり。
「舞踏会が終わったら、約束通り、南洋の孤島に行こう。そこであの忌まわしい小瓶をきみから買い取ってあげる」
髪に唇が押し当てられる。
しばらくそうしていたあと、ジャックさんは、部屋を出ていった。
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