⑭ ニセ文学乙女は超大胆 ~せいらの場合~

 人が持ってる鞄の中って、けっこう揺れるわね。震度何かしら?

 こちら猫せいら。かみやんのかばんから顔を出して、お出かけの彼にお供中。

だって、そのお出かけ先が、偽せいらとのデートだっていうんだから、ほっとくわけいかないじゃない。

 栞町の駅で二人が落ち合ったのはお昼時。当然のように、最初にランチの相談になったんだけど。

「ラーメンかハンバーガーじゃダメか」

 そう言うかみやんに、このせいらは、

「とんでもないわ! あたしの口は一万円以下のものは受け付けないのよ!」

 しかも、超高級フランス料理を食べれば、「まぁまぁね。下町の民の味だわ」

 そのあとの中華では……「エビマヨがなければふかひれを食べればいいじゃない」

 横ではお会計を終えた彼が途方にくれた顏で財布を逆さにして振ってる。

 やだ!

 これじゃ超わがまま女じゃない!

 その後のカラオケでも、偽せいらはぶっとんでいたの。

「白き~バラひとつぅぅ、誇らかに~さぁく~」

 壮大な劇音楽を、朗々と歌う。

「あああ~~ヴェルサイユ~に~バラが~さく~~」

 すごい、高声にビブラート……。

 あたしの喉って、こんな声出るのね。

 まるで歌劇団の女優さん。

 めっちゃ真剣に歌ってるわ。

 カレは……きまってるわよね。ドン引きよ。

 と、思ったら。

「すげぇな。本物のマリーアントワネットみたいだぜ」

 か、感心してる……?

 ぴーっと、マイクの雑音がした。

「ごめんなさい。……かみやんと、堂々と二人でいられるの、嬉しくてつい……」

 テーブルに置いたマイクの側で顔を赤くして、頭を下げるせいら。

 う。

 歌とわがままはともかく、演技のほうはたいしたものね。

 せいらは、カラオケルームの席で、こう言ったの。

「ねぇ、かみやん。あたしたち、いつまで隠れていなきゃならないの?」

 どきっとした。

 それは、あたしが言えなくて、でもずっと想っていた言葉だったから。

 せいらが、かみやんの膝に頭をなげかかる。

 彼はそれを悲痛そうになでる。

「ごめん。ごめんな」

「先生なのに、あたしをこんな気持ちにさせて。みんなに祝福してもらえる恋がしたかったのに……」

 やだ。

 こっちも泣きそうにななるじゃない。

「お前がもう少し大人になったら、周りの事もきちんとする。周りの誰もに、お前のことをオレの恋人だっていうつもりだ」

 かみやん……!

「だから今は、それで勘弁してくれるか」

 きらりと、せいらの目が光った。

「ほんとうに、そう思ってらっしゃるなら、あたしにキスして」

 !

 キ――!

 出たわ、どうしよう。

 彼も困ってる。

「今、ここでか?」

「もちろんよ」

 かみやんはカラオケの個室なのに、周りを見回すと、

 意を決したみたく、膝の上にあるせいらの顎に手をかけて――。

 や、やめてっ!

 ファーストキスを、よりによって、あたしがせいらじゃないときにするなんて――。

 せいらの目が怪しく光る。

 二人の唇が触れあう、直前。

 ぴたっとかみやんが手を止めた。

 真ん丸に見開いた目でまじまじとせいらを見つめる。

「……どう、したの?」

「お前。せいらじゃないな」

 カラオケ機の画面でアイドルが曲を宣伝するハイテンションな声だけが、場違いにその場に響く。

ぱっと立ち上がる偽せいら――トワネ。

「よ、よくぞ見破ったわ! わたしは、伝記本からでてきた歴史上の人物!」

 かみやんはあーと首筋をかいた。

「まーたメルヒェンなできごとか」

「でも、残念でだったわねぇ。わたしが誰か見破れなければ、せいらはもとにはもどら――」

「元フランス王妃、マリー・アントワネット様ってか」

「……」

 がっくりと、偽せいらは項垂れた。

「なぜ、そのようにあっさり」

「秘密の恋――身分違いの恋愛に悩んでる歴史上のお姫様で、有名どころっていったらそうだろ。これでも歴史の先生やってるからな、一応。王妃であるがゆえに、好きな恋人と結ばれなかった悲劇の女王だ」

「その、通りですわ」

「ついでだから教えてくれよ。どうなんだ、彼と出会わない方がよかったと今では思ってるのか」

 マリーは首を横にふった。

「短い生涯でしたけれど、彼といた時間は、すべてが色づいて見えました。ぱっと燃えて散る、火花のような人生」

 ふっとかみやんは微笑んだ。

「結構、悪くないじゃねーか」

 マリーは美しい王妃らしくふっと微笑んだ。

 そして、花火のように、光が結集して、あたしは思わず目を背けた――。

 あたしは気づいたらかみやんの膝の上に頭をもたせかけてた。

 きゃっ。

 あわてて離れようとするけど。

「このままでいい」

 彼の手が上から覆いかぶさる。

「かみやん、なんでわかったの? あたしの姿をしたのがほんとはマリーだって」

どうしてか、彼は気まずそうに、視線をさまよわせた。

「ああ、その、なんだ」

言葉を探して、答える。

「……直前の、表情かな」

 ……な?

「すげー落ち着いてる感じが、大人の女性って感じでさ。どっかひっかかるっつーか、なんかが足りないっつーか」

 どういうこと?

「せいらなら、もっと、すっごく恥ずかしそうに、目を閉じるだろうからな。絶対、今すぐ奪いたくなる顔をする。うん」

 ぷいっと、あたしは彼の膝から飛び降りた。

「もう、知らないわ」

テーブルに置いてあるマイクを手に取る。

「このさい、無事もとに戻ったお祝い。思いっきり声出すわよー」

 懲りない彼がまだ言う。

「宝塚のベルばら、入れるか?」

 だけど、いつもやられっぱなしじゃありませんから。

 あたしはしれっと答えた。

「かみやんが相手役やってくれるなら、歌ってもいいわよ」

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