⑫ ニセ文学乙女は超大胆 ~夢未の場合~
スマホのラインを切ったあと、わたしはひたすら待った。
泥棒猫三人娘のひとり――スカルさんが、わたしに変身して、このマンションに来るのを。
今頃それぞれのカレのもとで、ももちゃんもせいらちゃんも同じように緊張して、待ってるはず。
『あなたたちは勝ったも同然。強気で敵を迎え撃ちなさい』
モンゴメリさんはそう言ったけど、くふぅ、ほんとにだいじょうぶかなぁ~。
不安で思わず、パソコンでお仕事する星崎さんの腕にくっつく。
くすり、と彼が笑った。
「どうしたの、夢猫さん。ご飯かな?」
わたしは首を横に振る。
星崎さん。
おねえさんにキスをとられたりしちゃ、いやです。
彼が頭をなででくれる。
「オレが、そう簡単に騙されると思うわけだ」
そうじゃないけど……。
やっぱり心配なんです。
「いつも、それくらい甘えてくれればいいんだけど」
その言葉に、どきりとする。
「大丈夫。オレがついてる」
星崎、さん……?
がちゃりと、扉が開いた。
「あ、帰ってきた」
星崎さんは席を立って、玄関まで歩いて行く。
わたしはあわてて、ついていった。
玄関口にたって、今帰りましたと言っているのは――やっぱり、わたし。
「夢ちゃん。楽しかった?」
「はい。ももちゃんとせいらちゃんと話すと、つい時間忘れちゃって」
すごい。なりすましてる。ほんとうにわたしみたい……!
「うわ、かわいい猫さん……!」
夢未は、わたしを抱き上げた。
「その子、夢ちゃんって言うんだ」
「え、わたしと同じ名前、ですか?」
「かわいいところがそっくりだから」
「そんな……」
すぐ顔が赤くなっちゃうことまで、完璧ななりすましだ。
さすが、三人娘のリーダー、スカルさんだね……。
「疲れたでしょ。キッチンにおいで。紅茶用意したから」
星崎さんに続いて、夢未はマンションの廊下を歩いて行く。
ふっとわたしに向けた目が、意地悪く笑う――勝ち誇った、笑い。
これからいったい、彼になにをするつもりなんだろう。
わたしは駆け足で、キッチンにいる二人の元へ行く。
ソファに、ティーポットからカップに紅茶を注ぐ星崎さんと、そのとなりに、夢未が座ってる。
目の前に置かれた紅茶に手を付けずに、夢未はじっと見つめてる。
「星崎さん」
「どうしたの。紅茶、口に合わなかった?」
「そうじゃなくて。……お願いがあるんです」
きらり。夢未の目が、猫のように緑に光る。
星崎さんの瞳も、同じくらい蠱惑的。
「どんなこと? オレができることなら、叶えてあげるよ」
「抱きしめてください。今すぐに」
夢未は、そのジャケットにてをかけて、ゆっくり脱いだ。
ブラウスのボタンに手をかける。
猫になってることも忘れて、わたしは超絶つっこみ。
な、なにしてるのっ! だめ、わたしの身体で――やめてっ!
夢未のその手が、とめられる。
「夢ちゃん。思い詰めているのはわかったけど、とにかく、落ち着いて」
早口に言う星崎さん。さすがに焦るよね。
でも、夢未はまだ彼をじっと見ている。
「わたし、本気です」
「わかった。オレが、ずいぶん待たせたのがいけないんだね。いい子だから、手を止めて」
「いやっ」
もみ合った拍子に、ブラウスが破れる音がする。
わたしはあわてて、夢未の身体の胸のあたりを、猫さんな今の身体をいっぱいに伸ばして隠した。
恥ずかしすぎるよっ。
星崎さんが、優しく言う。
「女の子は、自分を大切にしないと」
ぽたっと身体になにかがおちてきて。
夢未が――ううん、スカルさんが泣いてる?
「時代はあたしを女性扱いなんかしなかった。生きるためなら男の人を誘惑して。時には自分の妹の恋人すら奪って。戦地を生きぬくために、やってきたわ。そんなあたしにあなたは、周りの目など気にするな、したいことをしろと言ってくれた。それなのにどうして今、抱きしめてくれないの?あなただけを愛していると、やっと気づいたのに」
ふさっと温かい感触。
星崎さんがスカルさんの肩にシャツをかけてくれたんだ。
「めげるなんて、君らしくない。君は人の目を気にせずに、男さえもしのいで、力強く生きる女性の見本だよ」
そして彼は――その名を、呟いた。
「スカーレット」
そうだよ! 彼女はスカーレット・オハラ。『風とともに去りぬ』のヒロイン。物語の最後でスカーレットさんは、好きな彼を取り戻すって決意して、言っていたじゃない。
それが有名な台詞。
あしたはあしたの風が吹くって。
夢未の姿をしたスカーレットさんは目を閉じて、のけぞるように身を反らした。その全身が、月のような光に満ちていく。
眩しさに頭が眩んで、わたしは目を閉じた。
❤
「星崎さん……?わたし」
気が付いたら、ソファの上で彼に身体を支えられてた。
「今度こそ、ほんものの夢ちゃんみたいだね」
はっとして、腕を、足を動かしてみる。
正真正銘、人間の夢未です。
元に戻ったんだ!
あれ。
て、ことは?
「きゃっ」
服の前がはだけていて、あわてて、かくそうとするけど、
それよりはやく、カレが優しく、羽織ったアウターのボタンをとめてくれる。
「気付いてたんですか。その、さっきのわたしがわたしじゃないって」
「まぁね。でも、さすがに動揺したな」
う、今思い出しても、恥ずかしい。
「正直、同じくらい嬉しかったけどね」
ひっ。
なんでそういうことを、変わらない口調で言うんだろう。
「でも、やっぱりだめだよね。夢ちゃんみたいな純粋な子がああいうことをしたら。あとあとの楽しみもなくなるし」
「楽しみって?」
星崎さんはきれいに微笑んで、紅茶のカップを手にとった。
「こっちの話」
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