③ お土産と呼び方の話

「あの、一応見舞いに来たんですよ、オレ」

「わかってるよ」

「夢ちゃんの友人の代理なんすよ」

「あぁ」

「それを、『今いいとこだったのに邪魔すんじゃねーよ』的な目で見られても」

「わかっているなら、さっと要件を済ませたらどうだい」

 ベッドに寝転がって、玄関から聞こえてくる声に耳を傾けてみると、どうも、お客様は神谷先生のようです。

「せいらから見舞いです。高級ゼリー詰め合わせ。あいつテスト前の追い込みだからって先生をパシりやがって」

「それだけ、夢ちゃんを心配してくれたんだろう」

「ですね。そういう純粋なところちょっと見せられると、もうなんでもわがまま聴いてやりたくなっちまうんだから、情けないもんですよ」

「わからないでもない。年上の男なんて、そんなものだよ」

 ぼーっとする頭の奥で、星崎さんたちの会話が聞こえてきます。

 よくわからないけど、もりあがってるのかな。

 やっぱり、神谷先生と星崎さん、仲良しみたいです。

 星崎さんの声と。

「強がってるところなんか、異常なほどかわいくて」

 続いて神谷先生の声がします。

「しばきたくなりますね」

「自分の状態もままならないっていうのにこっちの心配なんかされた日には」

「このやろーって絶叫して」

「食べてしまいたいと思う」

 そこで、お互いがぎくっとしてるような、沈黙が訪れました。

「先輩、まだ今は、食べるのはゼリーにしといてくださいよ」

「ほんとうに夢ちゃんを食べるわけないだろう。我が家はホラー映画館じゃないんだ」

「恋愛映画的に言っても十分アウトす」

「わかってるよ。たぶん」

 神谷先生の持ってきてくれたゼリーを一口食べたら、なんだか食欲がわいてきて、夕飯のシチューを少し食べることができました。

 このぶんだと明日はもう、学校に行けるかも。

 リビングのソファでぼうっとテレビを見つめます。

 そこでは結婚して、いろいろな国に移住した夫婦の特集がやっていました。

 ふと、少し前に星崎さんからもらった言葉がよみがえります。

 いきおい告白したわたしに、五年後、待っているって。

 ただの遊びのような言葉だったかもしれない。

 でも。

 もし、ほんとうに結婚とか、してくれるなら。

 そしたらどんなところに住むんだろう、わたしたち。

「考えてなかったな」

「ひょえっ」

 気が付くと、むいたりんごの乗ったお皿をもったカレが、となりにこしかけています。

「夢ちゃんはどこに住みたい?」

 フォークにささったりんごといっしょにせまる、優しい目。

 口にだしてたなんて。

 わたしはりんごをうけとりながらお返事します。

「ここにそのままいたいな」

 そういうとカレは複雑そうに前を向いきました。

「お父さんたちと、近くにいたいから?」

 え。

 そうじゃないんだけど。

 でもそう言われると。

 ちょっとはそれもあるかな。

「オレは正直、彼らとはなるべく遠ざけておきたい。だって、きみが無理するようになったのもご両親の教育でしょ」

 ふーむ。 

 うすうす感じてはいたけど。

星崎さんとお父さんたちとはあわないのかな。

「正直ね。オレは、いい子は甘やかすって方針だから」

 ぱふっと、おでこにふわふわのタオルがのせられて。

 それが少しだけ熱の残った身体にきもちいい。

 甘えすぎはいけないって思うけど。

 でもこんな優しさならいくらでもほしくなってしまうんです。

「いっそ外国にでも住もうか」

 ぴょこっと、タオルがずれました。

「が、外国!? 星崎さん、行ったことあるんですか」

「学生時代にね。ドイツのローテンブルクやチェコの旧市街なんて、好みだと思うよ。お伽話にでてくるような街並みが広がってるんだ」

 へーぇ。

 カレにはまだまだわたしの知らないところがあるんだな。

「星崎さんが、すてきだと思ったところがいいです。連れて行ってくれますか」

「約束しよう」

 そう言うと、星崎さんはわたしをふわりと抱き上げてくれて。

「長旅をする日のためには、体力をつけておかないと。今日はもう寝たほうがいい」

 部屋へ運ばれていく途中、思い切ってたずねます。

「で、星崎さん、呼び方のことなんですけど」

「ああ、それね。やっぱり、夢ちゃんは夢ちゃんっていうほうがかわいいと思うんだ」

ふぇぇ。そうかな?

「夢未」

 かっと、身体が熱くなります。

「そう呼ぶのは、ほんとうにオレのものになってくれるときまで待つことにする」

 ベッドに横たえられながら、わたしは思いました。

 やっぱり、風邪になってよかった。

 部屋の明かりを消してくれるカレに、おやすみなさいとあいさつしながらそっと、思います。

 きっと今夜はいい夢が見られるって――。

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