② お騒がせナースと睦言
『ずっと今まで黙ってたけど、オレさ、お前のこと、ほかのやつに見られるのもいやなんだよ』
きゃっ。
星崎さんがそう言うなら……それじゃ、わたし。
『オレだけ見てろよ』
はい……!
……あれ?
「星崎さん、次、お願いします」
「うん……」
「どうしたんれすか?」
お昼がすんで、運ばれて、ここはふたたび、わたしの部屋です。
枕元で、おやすみに本を読んでくれるって、星崎さんが言ってくれたんです。
「なんか、いつもと違うよね。夢ちゃんが好きなのってこういう本だったっけ?」
わたしが選んだのは、確かにいつも読んでる名作シリーズとは違う本。『実録 高校生活 胸キュン語録』でした(ももちゃんという親友に昨日借りたことを心からよかったって思いました。名作ももちろんいいけれど、取り急ぎ、彼の声で聴くならこういう本です。なんて)
「いいんでふ、さぁ、続きを」
「……うん」
星崎さんが続きを読んでくれます。
どきどきの次のせりふは、なんとプロポーズなんです!
楽しみ……。
そのときでした
ベッドの脇のわたしのスマホが着信音を奏でました。
あーあ、いいところだったのに。
星崎さんが気遣うようにわたしを見たけど、笑ってうなずきました。
だいじょうぶ。午前中ゆっくりして身体はだいぶ楽になっていました。
「もひもひ?」
『夢未。よかった。つながって』
この声は。
「マーティン。どうしたの?」
『夢未が風邪で学校を休んでるってきいて』
マーティンは、本の中からやってきたももちゃんのカレです。心配してくれたんだ。
「ありがとう。でも、もうだいじょうぶ。かえってなんかラッキーだったかも。星崎さんといれるし」
ほっとしたような息が、電話から伝わります。
『よかった。それじゃまだ、二次災害は起きてないんだな』
へ? 二次災害? なにそれ?
嫌な予感がしました。
もしかしてまた、本の中の事件――。
マーティンの深刻な声が、わたしの不安に拍車をかけます。
「用心したほうがいい。じつは、ぼくもこの間まで体調崩してて。そのときのことなんだけど――」
ピンポーン
そのときでした。
マンションのインターホンが鳴ったのは。
♡
「やっほー! あなたに元気をおとどけ! プリティー・ナースももの登場で~す!」
ももちゃん……!
なにも、看護婦さんの恰好してこなくても。
「はいこれ、学校のお報せプリントと予定帳ね。星崎さんも、お仕事とか大変なんだから、看病はまるっとももにまかせてください! いざ、家事開始!」
「いや、でもね」
星崎さんも戸惑い顔。
そのはずです。
どうも、マーティンが言っていた二次災害というのが。
「うわーっ、掃除機がカーペットをたべる~っ!」
プリティー・ナース、このももちゃんのようだったんです。
「ぎゃ~っ、積み重なってたお皿の一番下のやつぬいたら、上にあったやつがぜんぶ落ちてくる~っ」
あたりまえだよ……。
「ももちゃん、ありがとふ。もう気持ちは十分伝わったから」
「だめだめ、まだあたし夢の役にたってない!」
「でも、ももちゃんらってもう帰ってご飯食べないと。おばさんも心配するんじゃない?」
「んー。でも~」
どういえばわかってくれるかな。
ちら、とベッドから彼を見ました。
星崎さん……。
試しに、心で、ヘルプしてみます。
「しかたない」
彼が、小さくつぶやいたのが聴こえました。
ベッドの傍らの椅子から立ち上がると、星崎さんは、カーペットのしわを一生けん命のばしているももちゃんのそばに行って、なにか耳元でささやきました。
とたんに、ももちゃんはピンと背筋を伸ばします。
「あたし、もう帰ります」
わかってくれた!?
それもたった一言で?
ナースさんは、ランドセルを背負って、部屋の戸口に向かいました。
「ももちゃん、あの、ありがとう」
そう声をかけると、なぜかナースさんは、泣きそうな目でベッドに近寄ってきて、ぽんぽんと、わたしの肩をたたいたんです。
「夢。ごめん。親友を檻に残したまま退散するこのあたしを許して」
……ん?
「あの、ももちゃん、ちょっとなに言ってふのか――」
「このあと、しっかりやるんだよ、夢」
「なにを?」
「え。それはほら。……やだ、恥ずかしいっ」
ももちゃんは顔を覆って、走って行ってしまいました。
「さて、夢ちゃん、そろそろ寝ようか」
星崎さんが布団をかけてくれます。
「あの、星崎さん、さっきももちゃんになんて?」
「いいじゃない、そんなこと」
「で、でも」
「気になる?」
いたずらっぽくほほ笑んで、彼は身を乗り出しました。
「『今はオレにとって、夢ちゃんを好きなようにできるチャンスなんだ』って」
……?
「わからなければいいよ。ゆっくりおやすみ」
「は、はひ」
……。
おひさまが窓からさしこんで。
彼がすぐそばにいて。
気持ちいな……。
♡
身体が押し戻される感覚で目が覚めました。
「ごめん、起きちゃった?」
自分の体制を見てびっくり。
体が半分ベッドからはみ出してるんです。
どうも、ベッドから落ちようとしてたみたいです。
危ないところを、彼が戻してくれてたみたい。
はずかしい。
っていうか。
「星崎さん、わたしが寝てるあいだ、ずっと、その」
「ずっと見てたよ。そうじゃないと、危ないとき気づかないでしょ」
ひ~っ。
ひどい寝相見られるなんて!
できれば、一人ひそかに、ベッドから落ちたかった……。
星崎さんてば、そういわれてもね、と困ったように言った後、また真剣な目をして、こんなこと言うんです。
「今オレには、きみしか見えない」
……。
ピンポン。
そのとき、二回目のインターホンが鳴りました。
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