② 水族館はあま~い予感

 バスの座席に座ると、マーティンはあっちを見たり、こっちを見たり、珍しくなんか落ち着かない感じ。

 「どうかした?」

 「あ、いや」

 消え入りそうな声が聞こえる。

 「……似合ってる。今日の服」

 あ。

 あたしは思わずうつむいて、その視線に気合を入れて選んだピンクのふりふりミニスカートが入って余計気まずくなる。

 上には黒のブラウス。頭はおだんごに、前に彼が買ってくれたバラのピンをさしてるんだ。

 「……ありがとう」

 あぁ、彼といるとたまになるこのムード。

 恥ずかしくって何にも言えない感じ。

 いやじゃないのに、むしろ嬉しいのに、つい間をもたせようとして、焦って何か言っちゃうんだよね。

 「きょ、今日は、あたしがバッチリ案内するからね!」

 マーティンは優しく笑って、言った。

 「気持ちは嬉しいけど、それだと困るんだ」

 へ?

 「こういうときは、僕がもも叶をリードしなきゃいけないんだ。そう教わってるから」

 身体が固まる。

 すごい。さすが紳士淑女の外国出身。

 さっきせいらに言われた台詞がよみがえる。

 『男の人をたてるのも時には必要なの』

 よし。

 緊張するけど、ここはひとつ。

 あたしはマーティンの肩に頭を乗せてみる。

 ぴくっとその肩が一度だけ震えて。

 限りなく優しい声が降ってくる。

 「着いたら起こすから、寝てていいよ」

 なんだろう。

 この満ちてくる気持ち。

 今度こそ、あたしは黙って目を閉じた。

 もう、なんにも言う必要を感じなかったんだ。


 ファンタジア水族館に着いたら、まずはご飯。

 エイさんやサメさん、タツノオトシゴさん。

 たくさんの海の仲間たちがお迎えしてくれる青い通路を通って、『海底のレストラン』へ直行。

 「午前中しっかり勉強したから、もうお腹ぺこぺこ~」

 「今日は、学校でなにを勉強したんだ」

 隣を歩くマーティンに言われて、どきっ。

 「え、ええっと、算数と、社会と、国語だったけど」

 なにをやったっけ……。

 やたら、窓の外の木の葉が日差しを受けてきれいだったことしか印象にない。

 ふっとマーティンの吹き出す声が聞こえる。

 「もも叶。またぼんやり校庭見てたな」

 そろ~り、視線をお魚さんたちの方へ持っていく。

 「今度会う時は、二人で夏期講習にしよう」

 魚なだけに、ぎょっ。

 彼が、通ってるドイツの学校で、成績トップなの忘れてた……。

 「勘弁して~!」

 あたしの絶叫に、カラフルなお魚さんたちが逃げて行く。


 ピンクやオレンジの小さなお魚さん。カラフルなサンゴ礁。

 青の通路の先にある『海底のレストラン』は、一面ドーム型になってて、ハワイの海っていう名前の水槽にぐるりと囲まれてるんだ。

 貝殻模様のきれいなメイドさん服の店員さんが持ってきてくれたウェルカムドリンクのブルーサイダーにも、ハイビスカスの花がささっておっしゃれ。

 「うーん」

 大きなメニュー表の前にてあたしは究極の二択を迫られていた。

 白クマカレーライスにすべきか。

 いいやここは、ヒトデのオムライスにすべきか。

 向かい側に座ったマーティンのメニュー表の上から二つの茶色い目がからかうようにこっちを見てる。

 「授業中もそれくらい真剣に考えれば、成績も上がるよ」

 んもう~。

 「今はそういうことは忘れさせてよ」

 ぱちり、とメニュー表を閉じて、マーティンは言った。

 「両方頼めばいい」

 大人っぽい笑顔で。

 「半分ずつにしよう」

 え。ほんと?

 嬉しくなってあたしは言った。

 「シェアってやつだね。小さいお皿もらわなきゃ」

 言いながら、あっ。

 いいこと思いついちゃった。

 えへへへ。

 「もも叶、どうかしたか」

 「……なんでもないよっ」

 あたしは胸に灯ったいたづら心の火にそっと大事に手を被せたんだ。


 黄色いひらひらのお皿に盛られた具だくさんのカレーの真ん中に、白クマさんの形をしたライスが浮いてる。

 もう一つの赤いお皿には、黄色いふわふわの星、ならぬヒトデ形のオムライス。真っ赤なトマトソースがかかってるから、ちゃんと星じゃなくてヒトデに見える。

 わけてくれようとするマーティンの手の甲にそっと触れる。

 「ここは任せて」

 囁くと、彼はかたまって、そろそろと手をひっこめた。

 どうしたんだろう?

 顔も真っ赤。

 ま、いっか。

 あたしは長めのスプーンで、両方のお皿を半分ずつ、丁寧に小皿に分けて行く。しかし!このまま渡してあげると思ったら大間違い。

 あたしはオムライスをスプーンにひとさじすくった。

 「マーティン、あーんして」

 彼は耳まで真っ赤になる。これじゃマーティンがヒトデくんだよ。

 「いいよ、自分で食べれる」

 あたしはそっとウインク。

 「かたいこと言わないで。こんなの、夢やせいらが見てる前じゃできないし。マーティンだってそうでしょ? ジョニーやセバスチャンのいるところでできる?」

 「……うん」

 しぶしぶ納得してくれたみたいで、彼は素直に口を空けてくれる。

 「……おいしい」

 「えっ。ほんと? じゃあたしも」

 あたしはあわてて、オムライスをぱくり。

 「あっ。もも叶、それ」

 「へ?……あ」

 どうしよ。つい。

 同じスプーンでなんて。

 「ご、ごめっ。わざとじゃないんだって」

 「……いいよ」

 マーティンは、俯きながら言った。

 「わざと、してくれても、いい」

 ……。

 なんて、答えたらいいんだろう。

 「見て。キュートな恋人たちね」

 黙るあたしたちを、隣の席のカップルのお兄さんお姉さんががほほ笑んで見ていた。

 ぴんぽんぱんぽん♪

 ナイスなタイミングでアナウンスが響いた。

 「このあと、15時より、中央スタジアムにて、『海の赤ちゃんショー』が行われます。

 ぜひふるってご参加ください」

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