番外編 もも叶の水族館デート日記 ~赤ちゃんとあたしにキャンディ・キスを~
① 図書係もものそわそわ日和
お日様の光がカウンターに射し込んでまぶしい。
メルヒェンガルテンに平和が戻った8月のある土曜日。
あたし、もも叶は夢と並んで学校の図書室の貸出カウンターにいた。
今は図書室利用の時間。
図書委員のあたし達は、カウンターでみんなの貸出手続きのお手伝いをしてるってわけ。
授業中に好きな本を読んでいいうえに、毎週図書の時間は土曜日の4時間目ときてる。
楽しいお休みは目前。みんなの気持ちも浮き立つってもんだよね。
でも、一番うきうきしてるのは、このあたしだったりして……。
隣から夢が囁いてくる。
「あと15分だよ、ももちゃんっ。そしたら帰りの会やって、念願の……」
「あわわ、夢、ここで言わないでっ」
このあと彼とデートなんて、クラスの男子にばれたらなにからかわれるかっ!
……そう。
あたしには、付き合ってる彼がいるんだ。
本の中からでてきた3つ年上の男の子。
信じられないでしょ?
でもほんとなんだ。
出身が物語ってだけあってすごくかっこよくて。
今日は彼に、栞町を案内する予定で、色々計画立てたんだ!
楽しみーーっ。
心で絶叫していると、隣からあっと嬉しそうな声がした。
「せいらちゃん、『メリー・ポピンズ』借りてくれるの?」
夢が、カウンターにきたせいらの本の貸出手続きをしてるんだ。
「えぇ。夢っちのおかげでまたすてきな本に出会えたわ。今日は続編を借りようと思って」
「第一巻の『風に乗ってきたメリー・ポピンズ』どうだった?」
せいらは手続きの済んだ本を受け取って胸に抱えながら、いつもの大人っぽい笑顔になる。
「そうね。夢っちの言ったように、かわいい魔法グッズがいっぱいで、主人公のメリー・ポピンズもすてき。でも、わたしが気になったのは、メリーが家庭教師としてやってくるバンクス家の子どもたちなの。みんな手のかかる子ってかんじだけど、なぜか憎めないのよね」
夢も顔いっぱいに笑顔を浮かべて、
「わかるなぁ。メリーがお休み前の子どもたちにあげるキャンディ・キスってお菓子、わたし食べてみたい」
へぇ~。
あたしも今度読んでみようかな。
二人の会話を訊きながら、カウンターにきた子の貸出手続きをしていて、あれっと思う。
「みり。今日は絵本? 最近はまってた音楽家の伝記漫画とかじゃないんだね」
そう言うと、みりはちょっと照れたように笑った。
「そうなんだ。実はね、あたし、妹か弟ができたの」
カウンターで話していたせいらと夢も、一斉にこっちを向く。
「すてきだわ。おめでとう。白石さん。お姉さんになるのね」
「いいなぁ。赤ちゃん生まれたら見に行きたい」
二人にありがとうと言いながら、みりは絵本をめくってる。
そっか。
弟か妹に読んであげるように、今から練習しておくんだね。
あたしはみりの肩をぽんと叩く。
「生まれる前からいいお姉ちゃんじゃん」
「へへ。でもね、お母さんは大変そう。赤ちゃんが生まれる前って、身体もすごく辛いんだって。生まれたあとも、あげる食事とか、今からいろいろ心配してる」
そっかぁ。
みりが絵本を読みに図書室の机に戻ってから夢はしみじみ。
「でも、白石さんのお母さん、きっと嬉しい気持ちもいっぱいだと思うな。実はね、わたしも、お母さんになるって憧れなんだ」
ちょっと照れてそう言う夢をあたしは見つめる。
夢なら、絶対すてきなお母さんになるね。
「ほんと言うとあたしも。結婚したら絶対かわいい赤ちゃん欲しいわ」
せいらまで。
ふ~ん。
そんなもんかなぁ……。
「ももちゃんは?」
へ?
あたし、かぁ。
「まだいまいち想像できないなぁ」
赤ちゃんはかわいいし好きだけど。
結婚したら彼となるべく長く二人っきりでいたい気もするな……。
「やだ。結局のろけなの~。このあとのデートが待ちきれないって感じね」
せいらがつっこむ。
「今日はあたしが彼を楽しませるんだ!」
どんと胸とたたいて宣言すると、
「ももぽーん」
せいらがまた言ってきた。
「はりきるのはいいけど、少しは彼に任せてね。男の人をたてることも時には必要なの」
せいらちゃん、むずかしいこと言うね、と目が点になってる夢はおいといて。
あたしは唸った。
「一理ある」
そう呟いたところで、授業終りのチャイムが鳴った。
大急ぎで家に帰ってランドセルをおしゃれなあみあみのバッグに取り換えて。
あたしは栞町駅前のバス停までダッシュ。
水色の丸い看板にこう書いてある。
ファンタジア水族館行き シャトルバス
そう。
今日のデート場所は水族館なのだ~。
超、うきうき!
走っていたら、あっ!
段差につまづいて、転びそうになる。
とっさに、高くジャーンプ!
しゅたっと看板の前に滑り込んで、ポーズ。
決まった……!
どうやらあたしがいちばんのりみたいだね。
マーティン、早く来ないかな……。
「前から思ってたこと、訊いてもいいかな」
あれ。
すぐに隣から、この声?
「もも叶って、もしかして、忍者なのか?」
ばっと、あたしは顔を両手でガード。
「おぬし、秘密の術を見ておったか」
渾身の切り返しに、今日は薄手のシャツとズボンにベルトをつけた、彼は、
「もしかして……見てはいけないもの、だったのか」
あんまり真面目に言うから、あたしは噴き出して、どんと背中をたたいてやった。
「忍者なんて今時日本にだっていないよ」
そう教えてあげると、彼はすごくがっかりした顔をする。
「そ、そうなのか……!」
「会いたかった?」
顔を俯けて、彼はぽつり。
「……少し」
ははは。
本の中からやってきたあたしの彼――マーティンくんは、現代日本の常識を勉強中です。
そのとき、ぷしゅーっと、やってきたバスの扉が開く音がした。
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