⑬ 推理して、幻惑されて

 船は、夜景のきれいな場所を進んでいく。

 三十分のクルージングのはずが、もう一時間も経ってる。

 水の都を模った港や、ライトアップされたアラビアのお城のような建物が、次々に目の前に現れる。

 お客さんたちはみんな、サービスと思っているけど、実はこの船は、物語世界をさまよってるんだわ。このままじゃ永久に港に辿りつけないってわけね。

 これもあたしと、そしてチーム文学乙女の任務。夢っちとももぽん、せめてどっちかだけとでも落ち合って、ルパンのことを報せなきゃ。

 マストに立ち止まって、行きかう人を眺めていると、緑色のドレスが翻る。

「せいらちゃん、いたっ」

 夢っち!

 あんな状態で別れたから、きっとあたしのことを捜してくれてたんだわ。

「無事でよかった~。いきなり真っ暗になってびっくりしたよね。原因はわからないらしいけど。星崎さんも心配してたよ」

「ありがとう。夢っち、聴いて。大変なの。さっきの停電、怪盗ルパンの演出なの!」

「えぇっ。ルパンって、本の中の?!」

 あたしは、さっき起きたことを手早く夢っちに説明する。

「坂本さんは、ルパンがせいらちゃんに仕掛けた謎……」

あたしは頷いた。

「それで、さっきから推理してたんだけど」

「もうわかったの!?」

ぐっと夢っちがあたしに身を寄せた。 

「きっと、小公女セーラだわ!」

 夢っち、目が点。

「笑わないで聞いて、夢っち。あたし、セーラと文通してるの。彼女、ももぽんとけんかしちゃったあたしを、身近に助けてくれる人はいるわって手紙で励ましてくれて、会いたいとも言ってくれてるの。優しい彼女のことだわ。完璧な恋人はきっと、小公女セーラからのプレゼントよ!」

これが答えよ、どうだ怪盗ルパン!

でも夢っちはなぜか目線をあっちへこっちへと彷徨わせて、

「そ、それはどうかな」

「あら、違うと思うの?」

夢っちは言いづらそうに、

「セーラは、手紙で身近に味方がいるって言ってくれたんだよね。そのセーラが、せいらちゃんの一番の味方の神谷先生から、とっとと他の人に乗り換えなさい、って言うとは思えなくて……」

「なるほど」

なかなか説得力あるわね。

「それよりさ、坂本さんは、当のルパンが化けた姿っていうほうが説得力ない?」

あぁ、確かに! ルパンは変装の名人だったわね。

「そうよ。謎かけなんかしてあたしたちを混乱させて、その隙に本来の目的である宝物を盗む下調べをするつもりかも!」

そこへ、涼やかな笑い声が響いた。

「誰が怪盗ルパンですか、せいらさん」

ぎょっ。坂本さん!

今の聞かれてたっ?!

「一向にいらっしゃらないと思ったら、お友達と僕の悪口ですか。いけない人だ。もう待てません。さらって行きますよ」

彼は優しくあたしの手を引いて、船の室内に向かったの。

「あっ。せいらちゃん」

こうなったら、一人でこの人の正体を突き止めるしかないわね。

「夢っち。せっかく来たんだからあとは任せて、星崎さんと楽しんで」

それだけ言うと、心配そうな夢っちを残して、あたしは大人しく坂本さんと並んで、歩き出した。

 やってきたのは、薄暗い大人な感じのバーラウンジ。

「このレディーにとびきりおいしいジュースを頼む」

坂本さんにそう言われたマスターはかしこまりました、と言ってカウンターの奥へ。

よし。二人きりになったところで、直球勝負よ。

「あの、坂本さん」

「はい?」

「あなたは、どなたなんでしょうか」

坂本さんは、不思議そうな顔をした。

「どなた、とは?」

「だって、坂本竜平さんというのは、あたしが作った名前で……」

 坂本さんはちょっぴり悲しそうな顔をした。

「ひどいな、せいらさん。実のフィアンセのことを忘れてしまったんですか」

え……っ。

「僕はとうの昔から、あなたの婚約者でしたよ」

いったい、どうなってんの?

 怪盗ルパンは、過去までも変えてしまった、とでもいうのかしら?

「証拠をお見せしましょうか」

証拠?

甘く、ささやく声がする。

「僕はあなたのことを誰よりよく知っている。せいらさん。勉強に学芸会の準備に、お友達のことにと、すべてに対して一人で頑張っているあなたは今、とてもお疲れなのでしょう。それで混乱して、僕のこともあやふやになっているんだ」

「そ、そうなのでしょうか」

 いけない。

 わっかんなくなってきたわ。

 マスターが戻ってきて、スッと、まるでお洒落なお酒みたいなグラスに入ったジュースが差し出される。

 オレンジがかったピンクをしてて、ふわっと桃の香りがした。

「このジュースの名は『ラブストーリー』と言うんです。これを飲めばきっと思い出しますよ。いつだって、あなたと楽しく過ごした僕とのことを」

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