⑫ 怪盗ルパンからの挑戦状

 でっちあげの彼――坂本平竜平さんが現れた。

 どういうこと? って夢っちに訊かれたけど、あたしが訊きたい。

 そりゃ、超イケメンで、あたし好みの大人で願ったり叶ったりではあるけど!

 その彼が、耳元で囁く。

「せいらさんも、お友達とお話したいでしょう。後ほど奥のカウンターバーでお待ちしています」

 行っちゃった……。

 「せいら。すてきな、人だね」

 ももぽんが、どこか晴れない顏で言う。

 ち、違うの。これは……!

 あぁどうしよう。これでもう完全にほんとのこと言うタイミング逃した!

「邪魔しちゃ悪いし、あたしもう行くね。今夜は……楽しんで」

 ももぽんはくるりと背を向けて、向こうへ行っちゃう。

「待つんだ、もも叶っ」

 マーティンくんがそれを追っていく。

「オレたちも行こう、夢ちゃん」

「でも、星崎さん」

「見たところ、せいらちゃんの相手、いい人そうだし、任せておいて大丈夫だと思うよ」

「でもでもっ。それじゃ神谷先生が」

 夢っちが小声で囁くけど、星崎さんは肩をすくめて、不敵に微笑んだ

「かわいい子のピンチに駆けつけもしない奴なんて、ふられても仕方ないさ。そうだよね、せいらちゃん」

 あたしは、はっとした。

「どうだろう。今夜はいっそ、龍介のことなんか忘れて、素敵な恋人と楽しんでしまったら」

 そうよ。

 かみやんはあたしのことなんか好きじゃない。

 それなら、諦めて次の好きな人を捜すのが、賢い手なのかもしれないわ……。

「星崎さんってば! いったいなに言って――」

 夢っちを遮って、あたしは宣言した。

「そうします。かみやんのことなんか、忘れて……」

 忘れて……。あら。

 どうして、言葉が出てこないの?

 そのとき。

 突然、パッと電気が消えて、船の中が真っ暗になったの!

「せいらちゃん!」

 夢っちが手を伸ばしてくれるけど、だめ。パニックになる船内で、あたしは人ごみに押し流されてしまったの。

 近くの柱をつかんでようやく一息ついたとき、耳元で声がした。

「僕からの挑戦状はお気に召したかな。露木せいら嬢」

 暗闇から響く、ぞくぞくっとするような、甘い声。

「誰……っ」

「怪盗紳士アルセーヌルパン。君のような恋するレディの味方さ」

アルセーヌルパンですって……?

 まさか、また本の世界の事件!?

「物語の中から抜け出したの!?」

「ご名答」

そう言えば、モンゴメリさんが言ってたわ。怪盗ルパンによる盗難事件がメルヒェンガルテンで相次いでるって!

「もしかして、栞町にもなにかを盗みにきたっていうの?」

ははは、と楽しそうに笑う声がする。

「すばらしい。さすがは栞町の小公女探偵だ」

「一体、なにが目的なの?」

「それはまだ秘密でね。だがいずれ予告しよう。それが僕のやり方だからね」

犯行の前に必ず予告する。どうやら、この人、本物のルパンらしいわね。

「ただ一つだけ、君もよく知っている大切な、すばらしい宝物とだけ言っておこう」

わたしも知っている宝物ですって?

「安心したまえ。今すぐに盗むようなまねはしない。それはあくまで、本の外に出てきた僕の最終目的だ。時間をかけて、その宝物の方から手元に転がってくるのをじっと待つさ」

 どういうこと……!

「だったら、この船に潜り込んだ目的は別にあるっていうの?」

「話が早くて助かるね。そうだ。今日来たのは盗みのためじゃない。君に挑戦状を届けるためさ。この船は謎解き船といってね。船上のお客様の一人に謎をしかけて、その方が答えに行きつかないと、船もまた目的地に辿りついてくれないんだ」

なんですって?

さらに低い声が、耳の奥で響く。

「名探偵せいら嬢。坂本竜平の正体を見破りたまえ」

どきん、と心臓が音を立てる。

「期待しているよ。もしかすると、挑戦状は紐解いたら、ラブレターかもしれない。ぼくが誰かから言付かった、君へのね」

意味深な台詞を残して――気配は消えた。

「いいわ。この露木せいら、その挑戦、受けて立ちます!」

その言葉と同時に、パッと明かりがついて、船が出港した。



     夢っちの文学カフェブレイク

    その⑤『怪盗ルパン』シリーズ モーリス・ルブラン作


 狙った獲物は逃さない、怪盗紳士アルセーヌルパン!

 女性や貧しい人に優しい彼は、実は恋多き怪盗だってこと、知ってた?     本の中で女の人を好きになると一途に想う彼なのに、なぜかいつも悲しい恋になってしまうんだよね。

  盗みや変装は天才的な彼にも、恋だけはなかなか攻略できないのかなぁ……?


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