⑦ 大魔女に色仕掛け作戦 ~せいらの語り~
こちら捜査班、せいらよ。
大魔女の研究所は、案外すぐ見つかったの。
あたしとかみやんは、とりあえず魔女が集うっていうブロッケン山まで行って、周辺を歩き回ってみた。そしたらドンピシャだったの。
ごつごつした岩山の上に、こうもりの飾りがついてる立札がすぐに見つかった。
観光名所 大魔女の研究所
入館料 大人一人1000円 小学生以下 500円
すぐ横には、蜘蛛の巣の飾りのついた入口がある。
「仮にも魔女の研究所が、こんなに懇切丁寧わかりやすくていいのかよ」
かみやんはつっこんでたけど、あたしは、わかる気がする。
過去に海の魔女とわたりあった経験があるから。
彼女はがめつい商売人だったの。
魔族が入館料をとって稼ぎたがるのもわかるわ。
お金を払って、薄暗い建物の中を進んで行く。
すぐに、『大魔女さまの研究部屋』と書いてある部屋にぶつかった。
「せいら、離れるなよ」
前を進むかみやんの背中をあたしは見つめる。
彼と捜査班……。
扉の向こうでは、大魔女が真っ黒で怪しげな本を真っ赤な唇の両端をつりあげて、にやにや笑いながら読んでるっていうのに、顔がにやけてしまう。
いけない。
ももぽんや星崎さんを陥れる道具が、あの本に書いてあるかもしれないわよね。
なんとかして奪う方法を考えないと。
それなのにかみやんは小さく吐息をついた。
「平たく言ってお手上げだな。魔女のお頭とどう太刀打ちしたらいいかなんて、ガキの頃考えたきりだぜ」
もう、かみやんったら。
「けど、あの本が怪しいのはほぼ間違いなさそうだ。なんとかして盗み出すか。せいらはどう思う」
そうね……。
「まず、敵の特徴を上げて、分析することかしら」
美人顔だけど、意地悪な性格。そして…。
あたしははっと思い至った。
大魔女は、女性よね。
「色仕掛け作戦ってどうかしら」
へなり、と壁にもたれていたかみやんがずりさがる。
「お前はっ、無駄にそういうとこ大人びでやがる」
あら。あたし、真面目に言ってるのよ。
「んなの魔女に通用すんのか? 第一、色気って誰のだよ」
ぴし。
あたしは、目の前の彼を指さした。
「はぁ?」
「かみやん、奥付けのデートであたしにしたみたく、大魔女をキュンキュンさせて、心を開かせて!」
「なにをわけのわからんこと」
「いいから、あたしの作戦を訊いて!」
あたしはかみやんの耳元に、囁いた――。
❤
大魔女は大きな目に長い睫毛、すらっとした、きれいな女の人。
夢中で本を読みふけっている彼女のもとへ、かみやんが近寄って行く。
そして、声をかける。
「お嬢さん」
とたんに、ぎろりとした目線がかみやんに襲い掛かる。
「誘拐された二人をとり戻しに、さっそく来たざんすか。残念でざんしたね! あんたたちの仲間は二人ともここにはいないざんす!」
「残念ながら、違うんだな」
かみやんは、机に座っている大魔女の顔を覗き込むようにした。
「君に、会いにきたんだ」
うう。指示したのはあたしよ。確かにあたしだけど、複雑。
女の人をナンパする彼は見たくないわ。
「ハロウィンくらい、勉強なんかほっぽらかしてさ、ちょっくら遊ばねーか」
塾の先生がそんなこと言っていいの?
でもそうね、かみやんとだったら……。
って、くどかれてるのはあたしじゃなかった。
ほっぺたをぺちっとやって、部屋の奥に視線を戻す。
大魔女さんはさすが、相手にしてない。
「あいにく今忙しいざんす」
そう言って視線を本に落としてしまう。
「そんなこと言わないでさ。つきあえよ」
かみやんもめげずに大魔女の腕をとって――あら? もしかして、慣れてる?
「しつっこい男ざんすね! えぇい、こうなったら、見りゅがいい。あたしの本当の姿を知ったりゃ、恐れおののいて逃げ出すざんす!」
大魔女は、顔の横に手を当てると、なんと、きれいな顔がそのままはがれた!
あの美人顏は、仮面だったのね――!
大魔女の素顔はすごく恐ろしい顔だったの!
紫色の皮膚が、うめぼしみたいにしわくちゃで。
グロテスクっていったら失礼かしら……。
でも――かみやんは顔色一つ変えない。
大魔女の座っている椅子にもたれて腕を組みながら、平然と、こんなことを言ったの。
「ふーん。自分のことを、ちっともよくわかってないんだな」
今にも飛び掛かりそうな感じだった大魔女が、へ? となる。
かみやんはかすかに口元をほころばせた。
「かわいいじゃん」
あたし、目がテン。
う、嘘―っ!
ぽっと大魔女が赤くなってるし!
こんなにあっさりうまくいくなんて。
その隙をつくみたいに、かみやんは強い力で、大魔女を立ち上がらせて、その顔を、引き寄せたの!
「自分で自分の姿のこと、恐れおののくもんだとか言ってんじゃねーよ。女の子がそういうことじゃだめだぜ」
女の子扱いされた大魔女はものすごく戸惑ってるわ。
「でも……あたしは、子どもにひどいことする、悪い魔女ざんすから……」
「んなの関係ねーよ。ほんとうの君は優しいってことぐらいお見通しだぜ」
かみやんはその恐ろしいしわくちゃな顎に手を当てた。
「そうだろ? かわいい大魔女さん」
う……。
すごいわ。
大魔女がほんとは優しいはずないのに、そう言われればそうかもっていう顔をしてる。
「いいだろ。ちょっとだけその優しさをオレにわけてくんないかな」
かみやんは大魔女の顎を引き寄せる――。
大魔女はあわてて身を引いてから、後悔するようにもじもじ。
「その、そんなに言うなら、トカゲのお茶でも一杯どうざんす……」
うっとりしてる……。
「あぁ、いいよ」
ぎょ。
かみやんはあっさりうなずいて大魔女とテーブルに向かい合うことに成功。
いかにもまずそうな黄色く濁った紅茶を出されて、涼しい顏して飲んでるけど、大丈夫かしら。
「あの、ざんす……」
大魔女が口を開いた。
「女に悩み事を相談されると男の人は嬉しいとはほんとざんすか」
かみやんがちょっと、ティーカップをとめる。
「ん、まぁそうだな、人によるだろうけど、オレなんかはいやな気はしないな。かわいい子にはとことん頼られたいね」
「じつは、悩み事がありゅざんす!」
だ、大魔女さん。そんな話のもっていきかたじゃ好意がバレバレよ。
でも、なんだかかわいいわ。
かみやんもすっと目を細めてる。
「へぇ。かわいくて偉大な大魔女さんにねぇ。興味あるな」
大魔女は赤くなってうつむくと、ぽつぽつと語りはじめた。
「あたしの……甥っ子のことざんすが。恋心を嫌う魔族であろうにも関わらず、あやつは、結婚するなどといいはりゅざんす! それも相手はあたしが普段魔族として働いてる同僚の娘。ここだけの話、仕事がやりづらいやつで、あいつと親戚になるのはごめんなんざんす」
かみやんは紅茶を一杯飲む。
「気持ちはわかる。けどそうは言ったってな。お互い好きだってもんはしょうがねーよ。甥御さんの幸せを想って祝福してやんな」
「……祝福したくても、しようがないざんす」
大魔女はがっくりと肩を落とす。
どういうこと?
「よりにもよって、結婚式を控えた今、花嫁が失踪したざんす! 魔族に恥をさらしたうえ女にも逃げられるなんてわが甥ながら情けないざんす……」
カップの上にのぞくかみやんの目が真剣になる。
「そりゃ、深刻だな。失踪の理由に心当たりは?」
「姿を消す直前、彼女は甥に言い放ったそうざんす。『魔女は魔女でもあたしは流行(はやり)のかわいい魔女っ娘(こ)に憧れてるの! こんなしょぼい蜘蛛の巣ドレスで、式場はこうもりだらけの洞窟なんてぜったい、やだやだやーだ! 一流ドレスと高級ホテルじゃなきゃ婚約解消よ!』」
う~ん、魔族ってのもなかなか大変なのね。
ちょっぴり同情しながら、このせいら、しっかり作戦は忘れていないことよ。
大魔女が話に夢中になってる隙に、あたしはそろり、そろ~り、うまく机の下に身を隠した!
「まったく今時の若い魔女というのはわからないざんす。蜘蛛の巣ドレスにシャンデリア代わりのこうもりなんてあたしら世代の魔女のあいだじゃ誰もが憧れる最高のおしゃれ婚だったのに」
なるほど。魔族にもジェネレーションギャップがねぇ。
手を机の上にそっと伸ばして、さっきまで大魔女が読んでた本を掴もうとする。
もうちょっと……!
届いた!
そのとき、がっしゃーん!
花瓶が割れる音がしたの!
やっちゃったっ!
本のすぐ近くに花瓶があったんだわ!
大魔女の表情が変わった。
「くせものぉ! よくも騙したざんすね、だから男は嫌いざんす!」
あたしのほうに手を伸ばす大魔女の手を、かみやんが取って、抱きよせた!
えーっ。ショック!
動けなくなった大魔女の髪を撫でながら、かみやんが小さな声で囁いてくる。
「先行け、せいら!」
そ、そうだった。
これは作戦だったんだわ。
あたしは本を抱えてダッシュ!
❤
大魔女の研究所を出て、ブロッケン山まで来ると、一息。
かみやん、大丈夫かしら。
ハラリと、盗んできた本のなかから何かが落ちる。
なにかしら、これ。
あたしはその紙を手に取った。
お届け表控え
お届け主 大魔女 様
お届け先 大魔法使いの館
中身 ロミオとジュリエットの致死量
割れ物注意
お届け先へのギフトメッセージ
大魔法使い、例の星崎という男に飲ませる薬ざんす。
大事に扱うざんす!
まさか、これを星崎さんに飲ませるつもり?
飲んだら死んじゃう薬って、なんて物騒なの!
控えってことはもう、すでに送ったあとってことよね。
彼のことは今、夢っちが捜してるはず。
あたしは急いで夢っちにラインした。
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