⑤ ハロウィン・トラブル発生

 夢を見たみんなの反応は、期待通り。

「夢っち、きゃっ、どうしちゃったのそれ!」

 テーブルについたせいらは真っ赤になってる。

 そんなせいらに横から神谷先生が、

「どうしたってそりゃ決まってんだろ。色仕掛けだよ」

「かみやんってば! 口に出して言わないでっ」

「……もも叶の仕業だな」

 マーティン、そうだよ。なにか?

「夢未ちゃん、似合うよ」

 ジョニーだけは、ふんわり微笑んでる。

「そ、そうかな? 似合う、かな……」

 お。

 夢もまんざらでもなくなってきてる?

 そのとき。

 リビングの入口で、ドサっという音がして、辺りにクッキーやポッキーのお菓子が散らばった。

 みんなにふるまうお菓子を取り落したのは――星崎さん。

 帰ってきてたんだっ。

「や、やだ」

 そっちを見た夢が顔色を変えて、窓に近づいて行って――ええっ。

 カーテンにくるまった!

 辺りがしーんとする。

 星崎さんは、黙って、落としたお菓子を拾い集めた。

 そして言った。

「夢ちゃん。そういう恰好は保護者としては許可しかねるな。危ない目にあったらどうするの」

 夢はカーテンにくるまったまま、答える。

「ごめんなさい」

「あの、違うんです星崎さん、あたしが無理やり」

「いいの。ももちゃん」

 せいらも言う。

「確かにちょっと大胆だけど、許してあげてください。夢っちは星崎さんにちょっとでもかわいいって思ってもらいたかっただけなの」

「せ、せいらちゃん……!」

 夢は恥ずかしそうに目をつむる。

 星崎さんは、そんな夢の近くに歩いて行った。

 そして、意外なほど、きれいに微笑んだんだ。

「オレの前でだけだったら、かまわないよ。

 二人きりなら、いくらでもかわいがってあげられるからね」

 ……ん。

 どういう意味?

 みんな沈黙。

「かわいがって、くれる? 星崎さんが?」

 夢は単純に赤くなってるけど。

 神谷先生がぼそっと呟いた。

「そっちのがよっぽど危ないっすよ」

 異変が起きたのは、まさにそのときだった。

 がたがたと、激しい音がする。

 地震かって思ったけど、違ったみたい。

 リビングの低いテーブルの下にある二つの本が、動きだしたんだ。

 夢が、この部屋で読んでる本だよね。

 二つの本のタイトルは、『大泥棒ホッツェンプロッツ』と、『魔女がいっぱい』。

 本は不安定に動いて、テーブルの上にのっかった。

 神谷先生がテーブルからせいらの肩を抱いて、離れる。

 そのとき、二つの本から強い光が現れたの。

 まぶしくて、みんなは目を閉じた。

「臆面もなく、イチャイチャしおって」

 と、かなり苛立った男の人の声。

「あたしたちの大っ嫌いな、恋心があふれてりゅざんす!」

 こっちは、女の人の声?

 あたしは、そっと目を開けた。

 あたしたちの前に立っていたのは、ものすごく長くて赤いとんがりぼうしを被ってなぜかエプロンをつけてるおじさんと、すらっとした黒いドレスワンピースに、床までつく長い髪に大きな目のきれいな女の人だった。

「ここにいる三人の小娘か。オレたちのケーキ作りの材料は」

 おじさんが女の人に言って、女の人は大きく頷く。

「そのとおりざんす!」

そして二人はどこからか小さな輪っかを取り出した。おじさんが二つ、女の人が一つ。ぜんぶで三つ。

「あたしが開発したこの『捕えの輪っか』で、三人を掴まえりゅざんす!」

 この台詞で、二人はもう八割方正体を暴露したも同然。

 こいつらだね。あのひっどい新聞を書きたてたのは。

 あたしとせいらはさっと夢に目配せする。

 夢は頷いて、ピンチのときにお決まりの文学情報をくれる。

「とんがり帽子の男の人は、『大泥棒ホッツェンプロッツ』にでてくる大魔法使いだと思う。男の子たちを魔法の塔にさらってとじこめて、召使いにするの」

 やなやつ。

「女の人は、『魔女がいっぱい』にでてくる大魔女じゃないかな。子どもが大嫌いで、ねずみに変えちゃったりするの」 

 ひっ。

 そんなことされたらたまんない!

 しかも、二人とも、『大』がつく魔族ってことは。

 あたしと同じこと考えたらしいせいらが言う。

「きっとメルヒェンガルテンの魔族をとり仕切ってるのがあの人たちなのね」

 てことは、ゲームでいう、いきなりラスボスご登場!?

「まずはお前だ。園枝もも叶」

 とんがり帽子おじさんにいきなり名前を呼ばれて、あたしばびくっとなる。

「そうはいかない。大魔法使い。もも叶に手を出すなら、僕を倒してからだ」

 さっと、マーティンが前に進み出てくれて。

 でも大魔法使いおじさんは余裕そうにふっふって笑った。

「マーティン。お前までも騙されたか。知らないのか。この少女は、男の心を奪う、悪魔なんだよ」

 な、なに?!

 言わせておけば、人を悪魔呼ばわり?

「そんなたわごとを、信じると思うか」

 さっすがマーティン、愛してるっ。

「どうやらよほど強い術をかけられたらしいな。気の毒に。恋心を繁殖させる、要注意人物。もも叶とやら、このオレと一緒にきてもらおう」

 そのとき、すばやくジョニーが叫んだ。

「マーティン! 捕えの輪っかをかけられたら、魔法の塔に送られてしまう。もも叶ちゃんを抱いて走るんだ」

 弾かれたように、マーティンがあたしの膝をすくって――。

 ひぇぇ、これって……。

 あたしを抱き上げてマーティンがリビングのドアに向かおうとするけど、その前に大魔法使いの指から光が飛んでいって――扉が壁に変わった!?

 ほうきに乗って追ってくる大魔法使いから走って逃げるマーティンとあたし。

 でもこのリビングの中じゃ、捕まるのも時間の問題。

 とうとう、大魔法使いの手があたしの肩に触れる――。

 そのとき。

「大魔法使いさん。取引しましょう」

 大魔法使いの手が、止まった。

 そう言ったのはジョニーだった。

「代わりに、僕を連れていってはくれませんか」

 そんな。

 だめだよ、ジョニー。

「有能な召使いになることを、約束します」

 大魔法使いは、にやりと微笑んだ。

「ジョニー。お前もとんだ愚か者だ。オレはお前のためにこそ、この少女をもらってやろうというのに。いや? お前と、マーティンのためにだ」

 どういうこと……?

「その方がお前たちの友情のためにもいい。違うか?」

 なに。

 全く意味わかんないけど。

 ジョニーとマーティンを見ると、ふたりとも、むずかしそうにうつむいてた。

 そして。

「「ふざけるな!」」

 同時に顔を上げた。

 二人ともすごく、怒ってる。

 その一瞬をついて。

 大魔法使いはあたしの肩に触れて、腕に輪っかをはめる。

 低い笑い声が響く。

「恋に狂った愚か者どもめ。隙をつくりおったな」

 あれ……?

 なんだか、頭が重い。

 気が遠くなっていく――。

 マーティンの肩にかけた自分の手が透き通っていくのが見える。

「もも叶っ」

 マーティン……。

 彼の手を掴もうとした手が宙を切って、あたしは意識を手放した。

 ももぽんが、消えちゃった……!?

 すぐにでも助けに行きたいけど、通せんぼされてできない。

 あたしは目の前に立ちはだかる女性を睨みつけた。

「おお怖い。さすがは小公女せいら。おっかないざんす」

 全然、おっかながってないわ。

「ももぽんを返しなさい。でないと、ひどいわよ」

「ほほう。どうひどいざんすか?」

 大魔女は、真っ赤で大きな唇をにいっとさせて笑う。

 それは……。

 あたしは言葉に詰まって、そして。

「小公女子の六時間みっちり説教補修コースの刑よ!」

 ……我ながら、多少迫力に欠けるかしら。

 甲高い笑い声がする。

「ホッホ。露木せいら。噂通りの変わり者ざんすねぇ。以前みんながそう言ったのも道理ざんす」

 あ……。

 無意識に、視線が落ちる。

 塾に入りたての低学年の頃、変わってるって言われてみんなに遠ざけられたときのことが蘇る。

「あのときも、大好きな彼に助けてもらったんだったざんすね。あんたは頼るだけのただのわずらわしい女ざんす」

 ずきりと胸に言葉がささる。

「電車や漫画オタクで、努力しかとりえのないあんたがいくら大人ぶっても、本物の大人に追いつけるはずがない。彼のことは諦めるざんすね」

 そう。

 そうだわ……。

 彼はあたしのことなんて。

 力が抜けて行く。

 にたっと大魔女が笑って、あたしに向かって輪っかを投げる――。

 でもそれは軽く弾かれて、そして、消えちゃったの。

「そっかなぁ」

 すぐ隣で、気楽に言う声がした。

「好きなことに一途で努力してる、ちょっとおませな子なんて」

 そっとあたしはとなりを見上げた。

「最高にかわいいじゃねーか」

 なっ。

 か、かみやん……。

「そんな子に頼られていやな男なんていないと思うけど」

 その横顔が意外と真剣だったのが、くらっときて。

 きゅんと幸せな気持ちがあふれてくる。

 大魔女は悔しそうに長い髪を振り乱す。

「おんのれーー、あと少しだったのに。邪魔したざんすね。このたぶらかし男めが!」

 かみやんは余裕で笑ってる。

「褒め言葉と受け取っとくぜ」

「クーっ!悔しいざんす!」

 そんな彼女に声がかかる。

「大魔女、早まるな。オレたちの本命はあっちだ」

 そう言って大魔法使いがほうきで指した先には、夢っちがいた――。

 はっとしたように大魔女さんがわたしの方に近づいてくる。

「本野夢未。われわれのデータでは最も危険な人物。――んん?」

 大魔女さんは、ふと立ち止まって、わたしをまじまじと見た。

「なんざんすか、その恥知らずな格好は!」

 え。

 や、やだっ。

 せいらちゃんを助けに行けないかうかがうのに必死で、身体をかくしてたカーテンを離しちゃってた! 

 大魔女さんは怒った顔をしてる。

「女の魅力とやらを駆使して誰彼かまわず男を落とそうとしたざんすか。こざかしい。そういう女を見るといらいらするざんす」

 え、ええっと、正しくはそれをやろうとしたのはわたしじゃなくて……。

 そう弁解しようとして、やめた。

「違います」

 わたしもチーム・文学乙女の一員! ここは、堂々としてないと。

「たった一人の人を、その」

 恥ずかしかったけど、言った。

「お、落としたかったんです。その人のこと大好きなんです」

「うぎゅーっ。だとしたら余計イライラすりゅざんす! あんたにも捕まってもらうざんす!」

 大魔女さんは輪っかをわたしに向かって投げつけた。

 これが腕にはまったら、魔女さんたちの世界にとばされる。

 でもいいの。作戦通りなんだ。

 このまま魔女さんのお宅に行くの。

 なのに……!

 星崎さんが前に出て、輪っかからわたしを庇ったの。

 自分の腕に輪っかを通して。

 彼が口を開く。

「自分も捕まってももちゃんを助けようと思ってるでしょ」

 わたしはうつむいた。

 なんでこの人にはわかっちゃうんだろう。

「だめだよ。夢ちゃん。危険すぎる」

 そしてわたしの頬に触れる。

「でも、だから君が好きだよ」

 頬に触れる手の甲があったかくて、どきっと胸が音を立てる。

 好き? 星崎さんが、わたしを。

 それは、どういう意味……?

「それから、その服は驚いたけど、似合うよ」

 星崎さんの身体が透き通って行く。

 いつもみたく優しく笑って彼は言った。

「ほんとうは、もう少しだけ見ていたかったかな」

 ……え。

 わたしはあわてて、手を胸の前で交差させる。

 もう少しだけって、もしかして見られてたの?

 うっ。恥ずかしいっ。

 でも嬉しいような……。

「ちっ。陳腐なラブシーンにお決まりの展開ざんす。余計なもう片方が犠牲になるとは」

 大魔女さんの言葉にはっとして、目の前を見た。

 星崎さん……?

 どこにも、いない。

 膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちる。

 大魔法使いさんが言う。

「いや、これはこれで都合がいい。本野夢未の恋心はもとはといえばあの男のせいなんだからな」

「それもそうざんすね。あやつの息の根を止めてやれば、我々の勝利も同然ざんす!」

 血が凍る気がする。

 星崎さんの息の根を止めるって。

 そんなこと、させない!

「そういうことだ。わかったら引き上げるぞ」

「ちょっと、待って――っ」

 わたしが叫んだのも空しく、大魔法使いさんと大魔女さんは、もう一度強い光を放って本の中へと帰って行ってしまったの――。

 わたしたちはさっそく、ももちゃんと星崎さんを助けるための会議を開いた。

 こういう場合お決まりだけど、議長はマーティン。

「メルヒェンガルテンには、複数に分かれて行こう」

 そうだね。

 ふたりはバラバラかもしれないし。

「二手に分かれて、もも叶ちゃんと星崎さんをそれぞれ追うんだね」

 ジョニーが確認すると、マーティンは首を横に振った。

「いや。もう一つ班を作る」

 え、もう一つ?

「さっきの様子から魔族は人質にあだを成す道具を開発しているらしい。魔族の開発担当は大魔女だから、彼女の研究を探る捜査班も必要だ」

 なるほど。

 確かに、『魔女がいっぱい』の本の中でも、大魔女さんは、子どもをねずみにする薬を開発してた。

 今度はどんな道具を開発してももちゃんや星崎さんに使おうとしているのか、前もってつきとめられれば、それも防げるね。

「これにせいら、行ってくれるか」

 それまで神谷先生に必死に本の中の世界のことを説明してたせいらちゃんが驚いたようにマーティンを見る。

「君はチームの頭脳(ブレイン)だ。研究のことを探るには強みになる」

 せいらちゃんは慎重に言った。

「ももぽんたちのためにもちろん、協力するけど……あたし一人にできるかしら」

 そこでマーティンは神谷先生を見た。

「まだ、戸惑っていますか」

 マーティンに言われて神谷先生は考えこむように息を吐く。

「本の中の世界っていきなり言われてもな」

「けど現に魔族はこうして現れたんです。それも僕らの仲間をさらっていった」

 神谷先生の目が、険しくなる。

「それに、あなたが本の中の事件を経験するのは、初めてじゃないって聞いています」

 そう。

 実は神谷先生はメルヒェンガルテンにさらわれたことがあるの。

 チーム・文学乙女で助けに行ったんだ。

 せいらちゃんは、あのときのことは夢だったってことでごまかしたらしいけど。

「マ、マーティンくん、そのことはね」

 あたふたとあいだに入ろうとするせいらちゃんを遮って、神谷先生にマーティンは言った。

「せいらのガードをお願いします」

 神谷先生はしばらく黙って、そしていつものように勝気な感じで笑った。

「言われなくてもだ」

 せいらちゃん、ほっぺを押さえてる。かわいいなぁ。

 神谷先生はついでのようにマーティンに言った。

「そっちもしっかりやれよ。もも叶ちゃんを助けるんだろ」

「言われなくても、です」

 なんか、火花散ってる……?

 それを払拭するようにせいらちゃんが言う。

「そうね。やっぱりももぽんを追うのはマーティンくんね」

 うん、そうなんだろうね。

 本人を見ると、当たり前すぎてわざわざ口にも出さないって感じの顔してる。

 ももちゃんも、いいなぁ。こういう彼。

「そうなると、星崎さんを助けるのは夢っちと……」

 せいらちゃんが言いかけたとき、ジョニーが手を挙げた。

「僕も一緒に行くよ。女の子を一人にできない」

 自然に微笑みがあふれる。ありがとうジョニー。でも。

「わたし一人で行かせて」

「それは……あまりに危険じゃ」

 ジョニーだけじゃなくみんなも口々に、夢っち、一人でなんてだめよとか、ここはジョニーに甘えときなとか言ってくれる。

 みんなありがとう。

 わたしはゆっくり首を横に振った。

「メルヒェンガルテンならだいたいわかるし、星崎さんはわたしをかばって捕まったんだから、わたしの力で助けたいんだ」

 それからもう一つ。

 さっきマーティンがベランダでももちゃんに言ってるの聞いちゃったんだよね。

「ジョニーはマーティンと組んで、ももちゃんを捜して」

 ジョニーは、ももちゃんと話さなきゃだから。

 そうだよね、マーティン。

 目で合図すると、マーティンははっとしたように目を見開いて、頷いてくれた。

 ありがとう、夢未。無言でそう言ってくれてるのがわかる。

「よし。チーム編成は決まった」

 マーティンがてきぱきと指示を出した。

「これからメルヒェンガルテンの入り口――星降る書店の名作の部屋に直行だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る