③ わたしたちは指名手配犯
手にはかわいいご招待カード。
右端にこうもりのシンボル。
真ん中にカボチャが大きく口を空けてて、その中にメッセージが入ってる。
キルヒベルクギムナジウム寮
マーティン・ターラー ジョニー・トロッツ様
今度の日曜日、栞町の夢未の家でハロウィンパーティーをやります。
ぜひきてね!
もも叶 夢未 せいら
ハンバーガーショップの帰り。
あたしたちは隣の星降る書店に立ち寄って、少女文学の棚の前からカフェ『秘密の花園』に直行した。
カフェのとなりのポストのことをせいらが覚えてたの。
そういえばあったな。ピンクのかわいいポスト。
本の中の登場人物宛てのファンレターや読書感想文なんかが届くんだって、モンゴメリさんも言ってたっけ。
ジョニーと二人宛てにしたのは、あたしのもくろみ。
もち、ジョニーとも会いたいっていうのがいちばんだけど。
彼ならほんとのこと知ってるかもしれないもんね。
夢とせいらが見守る中、あたしは招待状を投函した。
無事届きますように。
ぱちぱちっと手を叩くと、夢が言いだした。
「せっかくだから、秘密の花園寄って行かない?」
うん。
本の外ではちょうど3時くらい。おやつの時間だね。
あたしとせいらに異論があるはずもなく、隣のピンクの屋根のカフェに直行したんだ。
❤
「モンゴメリさん、こんにちは」
「スイートポテトありますかー?」
「突然お邪魔してすみません」
夢、あたし、せいらは扉を開け放って、ご挨拶。
だけど、あれ?
返事がない。
変だな。
秘密の花園の店主、モンゴメリさんは何故かいつ来てもおいしいお茶とスイーツを用意してくれてて、まるであたしたちが来るのを予測できる力でもあるの? って思うとこあったんだけど。
あたしたちは顔を見合わせて、奥まで進んで行く。
そこには、スイートポテトの山やあみあみのアップルパイ、アップルティーが作り置きしてあって、赤毛を三つ編みにした女の子の絵が描かれたカードが添えてあったの。
文学乙女たちへ
ごめんなさい、急用ででかけています。
ゆっくりしていってね。
ルーシー・モード・モンゴメリ
「文学会議かな?」
夢の言った言葉に、あたしは首をかしげる。
「でも今日は、金曜じゃないよね……」
モンゴメリさんたち文学者は、毎週金曜星降る書店の名作の部屋に集まって会議を開いてるんだ。
「まさか」
せいらがピンとひらめいた顔をする。
金曜のほかにも、緊急会議が開かれることがある。
それは――。
あたしたち全員の予感を代表して夢が呟く。
「本の中の世界で、また事件が――?」
そのとき、ラブリーな桜色のドアがバタンと勢いよく開いて、えんじ色にレースのついたおしゃれなドレスを翻しながら、モンゴメリさんが入ってきた。
「よかった。三人とも、無事だったのね」
えっ。無事って、そりゃ無事ですけど……。
一人一人、あたしたちの手を取って怪我がないのを確かめてくれてるみたい。
「ここに来る途中、いいえ、来る前、本の外の世界で、なにか危険な目に遭わなかった?」
いきなりどうしたんだろう。
危険な目って、これといってないなぁ。
そう答えようとしたけど、抜け目のないせいらが先に言った。
「一つ、気になることが。塾と学校の友人たちにいじわるを言われたんです。ふだんは、そういうこと言う子たちじゃないのに」
あっ。
そういえば。
あたしにからんできた女の子も、確かに派手だけど、普段学校ではふつうに話してくれてたよね……。
神妙に、モンゴメリさんは頷いた
「その子たちは、物語の中の魔女たちにあやつられていたのかもしれないわね」
なっ!
じゃ、あの子たちは悪くないの!?
だんっと、モンゴメリさんは勢いよく、一枚の新聞をテーブルの上にたたきつけた。
「気を付けて! 魔女たちがあなたたち三人を狙っている」
そこには紫に印字された字でこう書かれてた。
『魔女新聞』。
なになに。
そこにはこんなことが書かれていたの。
いまいましい恋心の燃えがらで最高のケーキをつくろう!
われわれ魔族が主役のはずのハロウィンが、近年恋人たちにのっとられつつある。
恋人たちはわれわれの大嫌いな恋心やロマンティックな雰囲気をそこらじゅうにふりまき、われらの気分を悪くさせる悪しき者たちである。
そこで大魔女様は、すばらしい発見をされた。
恋心に火をつけ燃やしつくして灰にすると、我々好みの苦辛すっぱい調味料ができあがるのである!
大魔女様はこれをもって、きたる10月31日の夜に巨大なケーキタワーをつくり、大いに盛り上がる宴会を計画された。
魔族は大いに喜ぶべし!
そして次の指令に従うべし!
調味料を手に入れるにはメルヒェンガルテン中のカップルの恋心を灰にする必要がある。
カップルを破局させ最高に楽しもう!
ところが大魔女様のすばらしき調査によると、我々の計画を邪魔すると思われる者たちが出現中。
そこでメルヒェンガルテンの魔女会議で大魔女様は、以下の者をとらえた魔族の者に、賞金100万円を授与する方針を明らかにされた。
そして、Wantedの文字のすぐ下、一面に大きく載っていたのは……。
「「「えぇぇぇっ」」」
あたしたち、三人そろって大声。
だって、この三つのイラスト。
右の面には、にーっと歯を出して下品に笑うポニーテール女の子。
こんなコメントが書かれてる。
度胸と気力で我々悪役に迫ってくる、男を出しぬく要素あり。
そして、イラストの上にはこう書かれてる。
『園枝もも叶』。
これがあたし!?
信じらんない!
「この美少女ももに向かってなんなの、超不服!」
思わず叫ぶと、となりからも怒りの声がした。
「あたしだってひどい描かれようだわ!」
『露木せいら』と書かれた左の面には、にやりと陰気な目で笑うストレートに長い髪の女の子。
コメントは、知恵が回るのでやっかい、子どもじみた手口は通用しない。
「やっかいとはなによ。素直に知的って認めたらいかがかしらっ」
あたしたち、二人でぷんすか。
でも、それも真ん中の面を見るまでだった。
夢の描かれ方がいちばんひどい。
ぼーっとしたまん丸い目がそれぞれ別な方向を見て描かれてる。
計り知れない面があり最も危険な人物。本の知識が豊富。我々の弱点も知っている可能性あり。
なにこれ……!
あたしとせいらは一緒に怒りの目線を交わして頷くけど、描かれた本人は。
「うんまぁ、わたしよくぼけっとしちゃうし……」
ずるっ。
「納得してどうすんの、夢、ちょっとは怒りなって!」
「そうよ、この絵はぼけっとしててかわいいってレベルじゃないわ! ぼけを通り越してまるでちょっと危ない人じゃない!」
せいら、はっきり言いすぎ。
「大魔女の力の強さは有名なの。今急いで少しでもあなたたちの身を守るグッズを手に入れてきたところなのよ」
さすが、モンゴメリさん。
「みんな、スマホを出して」
あたしたちは言われるままにスマホを出すと、モンゴメリさんがそこに手をかざした。星屑のような粉がスマホにかかって、消えて行く。
「ラインのスタンプ画面を見てみて」
ラインの、スタンプ?
あの、喜怒哀楽たっぷりのキャラクターが描かれてて、お疲れ様とか、おはようとか、マジ!? とかコメントがついてることもある、気持ちを伝える、あれ?
スタンプの画面を開いてみると、いつも最初に表示されるたれうさぎのスタンプの前に、一つ、スタンプが増えてた。リボンで包まれたプレゼントの箱の上に、お星さまがのってる。かわいいけど、なんのメッセージもない。
せいらと夢のスタンプ画面にも同じものがある。
「それは『お願いラインギフト』と言うの。一回きりの限定スタンプ。
少し前七夕のシーズンに織姫と彦星がメルヒェンガルテンのみんなに配っていたギフトなんだけど、無理を言って今もらってきたのよ。
誰かのことを想って、その人に関する願いを込めてスタンプを送ると、その願いは織姫と彦星のところに同時送信される。送り主が心から受け手のことを願っていると判断されれば、叶えられる。誰かのためのお願いってところがみそね」
へぇ~。
「すてき……!」
夢も瞳きらきら。
「あなたたちのうち誰かにピンチが迫ったら、それで助けあうの。いいわね」
モンゴメリさんはてきぱきと言った。
「名作の部屋まで送るから、今日はすぐ帰りなさい」
えーっ!
いつも大歓迎してくれるモンゴメリさんがそんなこと言うなんて!
まだ秋のスイーツ一口も食べてないのに~。
あたしがそう言うより早く、モンゴメリさんはあたしたちに、帰るとき目立たないようにフードを被せてくれたんだ。とほほ。
❤
ふう。
『秘密の花園』の桜色の扉を閉めると、そこにもたれ、わたくしは胸に手を当てた。
夢未たちを急いで帰したのには、じつはもう一つ理由があるの。
わたくしは奥の貸衣裳部屋に向かって呼びかけた。
「もうでてきていいわよ」
そこから姿を現したのは、夢未たちとおなじくらいの少年。耳がとがっていて布の切れ端のような服を着ている。まるで魔族の子ども? ――ご名答。
彼をかくまっていると知れたらこのルーシー・モード・モンゴメリの名誉にかかわるわ。
少年は上目づかいでわたくしを見上げ、言った。
「あの、ほんとうに弟子にしていただけるんでしょうか、モンゴメリ師匠」
わたくしはやれやれと手を振った。
「すでに師匠と呼ばれてしまっているところを見ると、ノーと答える余地はないようね」
「お願いします! 女の子好みのかわいいドレス、スイーツ、インテリア……。僕はどうしても『秘密の花園』のいろはを修得しなければ」
「わかった。わかったわ」
カウンターに着いてくるように彼に言いながら、口元に指先をあてる。
「ただし、この師弟関係は絶対に秘密よ。あなたにはしばらく、身を隠していてもらうわ」
「もちろん、お約束します。しかし、いつまでここにこもればいいんでしょうか? 僕にはあまり時間がないんです」
「心得ています。あなたに悪いようにはしないわ。そうね」
わたくしは赤いギンガムのカーテンを縛った窓からオレンジ色の夕日を眺めて、微笑んだ。
「ほんの少し……物語にハッピーエンドの兆しが射し込むまでのあいだよ」
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