② ライバルは小悪魔魔女

 今、本の世界――メルヒェンガルテンは、ハロウィンのお祭りで賑ってるの。ふだんは品行正しいお姫様たちも、この時期はキュートな魔女ドレスでお客様をおもてなしする出店をだしたり、思いっきりはしゃぐんだって。

 マーティンとのデートの待ち合わせで向かったメルヒェンガルテンの北の駅には、紫やオレンジのハロウィンカラーのテントがぎっしり並んでて、かぼちゃやこうもりの形のイルミネーションで飾られてて、超きれいだった。

 待ち合わせまでまだちょっと時間あるなって思ったあたしは、出店でなにか彼に買おうかなって思い立ったんだ。魔女の帽子のキャンディとか、黒猫のクッキーとか、かわいいお菓子がいっぱい売られてたの。

 どれにしようかな。

 ふと、とあるお店にある小さな瓶に目が留まった。

 黒い砂の中に、星屑みたいな光るかけらが入ってる。

 瓶に張られたシールに『黒い星の砂』って書いてある。

 ハロウィンに恋をゲットしたいあなたに、だって。

 へぇ~。これいいかも。

 見惚れてると、後ろから声を掛けられたんだ。

「お菓子か、いたづらか」

 囁くような声は誰かすぐに分かった。

「マーティン」

 ちょっと照れくさそうに、こげ茶の髪をかきながら、彼がそこに立っていたんだ。

 その顏を見てあたしの遊び心に火がつく。 

 ふふん。ここで普通ならお菓子を差し出すところだけど。

「じゃ、いたづらのほうにしよっかな」

 彼はちょっとびっくりしたみたいにアールグレイの目を見開いた。

「マーティンにだったら、されてもいい」

 えへ。言っちゃった。

 そしたら彼、真っ赤になって。

 しばらく目を泳がせてから、言ったんだ。

「……じゃぁ、目、つぶって」

 え。

 ま、まさか。

 うっそ!

 あたしはぎゅっと目を閉じて、彼に向き直った。

 彼の手で、前髪がかきわけられるのがわかる。

 おでこに、ちゅって音がした。

「……いいよ」

 そっと目を開けると、まだ顔が赤い彼がいて。

「あの」

 あたしはなんて言っていいかわからなくて。

「……ありがとう」

 そう言ったら、マーティンはぷっと吹き出した。

「いたづらにお礼は、おかしいよ」

 そ、そうかなぁ。

 あたしはそっとおでこに手をやった。

 せいらと夢の二人から、やっだーという声があがった。

「もう、のろけてくれちゃってっ」

 あは。せいらさん、すみません。

 ほんと、嬉しかったんで、つい。

「いいなー。でも、これ、幸せな報告だったの?」

 夢の指摘に、あたしははっとなる。

 そう。問題はここからなんだよね。

 とりあえずお菓子でも買って食べようってことになって。

 あたしたちは出店を回ってたんだ。

 ハロウィン使用とは言っても、さすがはメルヒェンガルテンだよね。

 かわいいお化けや、かぼちゃくん。夢いっぱいなお菓子が並んでる。

 その中で、ひとつ、目立つお店があったんだ。

 本物の蜘蛛の巣みたいのがかかったりんごあめや、こっちもモノホンっぽいこうもりの羽が串刺ししてあるお菓子(?)。

「すごいな」

 マーティンも苦笑してる。

 ここだけ、ガチで不気味を売りにしてるお店なのかな。

 ぎゅっとあたしは彼の袖を握った。

「ちょっと怖い。早くいこ」

 そのとき。

 訊きなれた甲高い笑い声がしたんだ。

「相変わらずだね、お嬢ちゃん。彼に甘ったれるのがうまいこと!」

 あたしは出店の中の人を見た。

 貝殻のイアリングに緑の長い髪は相変わらず。

 今日は蛇がぐるぐる巻いた趣味の悪いとんがり帽子を被ってる。

「海の魔女のおばさん!」

 おばさんは、ぎょろりとした大きな目でウインクをよこした。

 何を隠そう、人魚姫に出てくる悪い魔女その人なんだ。

 マーティンがこの魔女にさらわれて、対決しなきゃならなかったりしたこともあったんだ。とにかく悪さをして大変なの。

 すっとマーティンが前に出てかばってくれる。

「もも叶にまた悪さをしたら、許さない」

 きゅんとしたけど……それからがいけなかったんだ。

 それを見たおばさんがおもしろそうに言ったの。

「おやぁマーティン坊や。その様子じゃ、このあいだのことはまだお嬢ちゃんにバレてないらしいね」

 このあいだのこと?

「マーティン、なにかあったの?」

 彼もきょとんとしてる。

「いや、なにも」

「ほ~う、色男はとぼける演技もたいしたもんだこと!」

 おばさんはばしっと黒いネイルの長い爪の手でカウンターをたたいた。

「あたしはね、あんたの通ってるギムナジウムとかいう学校でハロウィン祭りが開かれたつい一週間前のことを言ってるんだよ」

「あぁ」

 マーティンはなにか思い至ったように頷いた。

「あのときは大変だったけど……それがどうかしたのか」

「ひっひっひ。あたしゃね、あの混乱に忍び込んで、こっそり見てたんだよ。庭の茂みでこっそり、かわいい女の子を抱き上げるあんたの姿をね」

 !

 あたしはさっとマーティンを見る。

 きっと怒るはず。でたらめ言うな! そんな覚えはないぞ。断然! そうはっきり言ってくれる。

 そう思ったの。

 でも、となりの彼は。

「……とりたてて言うほどのことじゃない」

 え。うそ。ってことは、女の子を抱き上げたのはほんとうってこと?

 そのとき。

「マーティ~ンっ」

 なに、この甘ったるい声は。

 いやな感じの第六感が働いて、あたしは声の主を視覚にとらえた。

 色とりどりの旗が下がってる会場の入り口から走って来たのは、ふんわりした薄紫の髪をツインテールにした女の子。着ているのはおしゃれなセーターとブレザーの制服。マーティンたちの学校のものと同じデザイン。

 髪の色だけじゃない。目も金色みたいな色をしてるし、すごく不思議な子。

 って思えるほどあたしには余裕がなかった。

 だってその子、やってくるなりマーティンの右腕をがしっとつかんだの!

「ホントなの? 本の外に住んでるカノジョとデートって。マッツとウリーが話してるの聞いたんだから。このヒルデちゃんがありながら、ひどいひどいひどいっ」

 顔をふって、いやいやをする。

 すかさず、意地悪な海の魔女の笑い声。

「ほぉら言わんこっちゃない。よっしゃぁ、修羅場だ修羅場だ!」

 ……。

 マーティンを見ても、気まずそうにヒルデとかいう女の子を見てる。

「ヒルデ。彼女がもも叶だ。僕の……その」

 一瞬照れての、

「大切な人だ」

 その言葉にとげとげマックスだった心が一瞬だけまあるくなる。

 あたしは見つめてくるマーティンに笑いかけようとした。

 でもできなかった。

 そのマーティンの頬をちょんってくっつく、星のネイルをした爪が目に入ったから。

「だーめ、嘘ついちゃ。マーティンの大切な人は、ヒルデでしょ?」

「え」

 マーティンは困ったようにヒルデを見る。

「ヒルデとは、ともだ……」

「ふ~ん」

 ヒルデはにっこり、長い睫毛としろいほっぺたですごくかわいい笑顔をつくって、言ったんだ。相変わらずマーティンの腕を掴んで、反対の手で頬をつつきながら。

「ただの友達の手をあんなに優しく触るんだ?」

 ……嘘でしょ。

 ヒルデはマーティンに思いっきり絡みながら、目で挑戦的に、あたしを見た。

「手だけじゃないよぉ。おでこだって、足だって。唇だって」

 マーティンはあわてたように言う。

「ヒルデ、それは」

 その台詞を遮って、ヒルデはさらに言う。

「マーティン。もう手遅れだよ。あの時も言ったでしょ? ヒルデは魔性の魔女っ娘なの。マーティンに恋の魔法をかけたんだから~」

「またそういう冗談を言って……」

海の魔女が口を挟む。

「どうするお嬢ちゃん、ありゃただならぬ雰囲気だったねぇ、いひひひ」

 不安になってうつむくあたしをマーティンは横から覗いてくる。

「もも叶。まさか信じてるのか」

悲鳴のようなヒルデの声があがる。

「うっそ。マーティンてば忘れちゃったの~? あんなにすてきなひとときだったのにぃ。魔法が解けちゃったかなぁ」

 おばさんがこうもりの羽を振り回しながら言う。

「嘘で隠し通そうとするってぇことは、浮気じゃなくて本気ってことかもね~」

 嘘……?

 その言葉がずっきりと胸に切り込む。

 そのとき、はぁっという女の子らしい溜息が聞こえた。

「ヒルデ、ショックでくらっときちゃった」

マーティンが心配そうにヒルデを支える。

「大丈夫か。もしかして、あのときの傷が」

「だめかも~。一人じゃ帰れない。マーティン、ギムナジウムまでおんぶして」

 ヒルデがマーティンの背中にもたれかかる。彼は困ったように眉をさげた。

「だけど……今日は」

「おやマーティン坊や。弱った女の子を一人放っておくのかい?」

 彼が弱った目であたしを見る。

 なんて言いだすか、わかった。

 だから、言われる前に、こっちから言った。

「その子、送ってあげて。あたし、今日は帰る……」

「えっ。もも叶、ちょっと」

 マーティンの声を背に、そのまま、走って汽車に乗ってきちゃったんだ。

 「それは、ももぽんもよくなかったわね」

 せいらにきっぱり言われて、うう。

 そりゃ、ちょっとはそうかなって思ったけど。

「ももぽんとマーティンくんを引き裂こうとした海の魔女の言うことよ? しかも、彼女が昼ドラ展開大好きってことだって知ってるはずよね」

 ……はい。

「彼氏より、どうしてそんなうさんくさいおばさんの言うことなんか信じちゃうのよ、もう」

「……そりゃぁ、そうだけど。そうなんだけど、でも」

 なんかが不服なんだけと、言い返す言葉が見つからない。

「でも、ももちゃんの気持ちもわかるなぁ」

 夢が横から言ってくれる。

「好きな彼が、他の女の子を抱いて走ったなんていきなり聞かされて、それも手や口に優しく触れたなんて聞いたら、それだけでパニックで逃げたくなっちゃうんじゃない」

 ゆ、夢~。

 さっすが! そう、その通りだったの。

「わたしがもし同じ立場でもそうかも。星崎さんが、小夏さんを抱き上げたって聞かされたら……。せいらちゃんは違う?」

「それは……」

 せいらも好きな人のことを想像したみたい。こほんと咳払いをして言ったんだ。

「ももぽん。訂正するわ。逃げるので我慢しただけ偉いわよ。あたしだったら彼をビンタして、ひっかいて、大声で泣きわめいて退場するわ」

 怖すぎでしょ。

「でも、すれ違いを修復する余地はまだあるわ。ほんとのことを確かめればいいんだもの」

 せいらはどんどん話をすすめてくれるけど、う~ん。

「でも、今の今でマーティンに連絡するの、気まずいな」

「そういうときこそ、手紙よ」

 て、手紙で、問い詰めるの?

「それもなんか、怖がられない?」

 せいらはちっちっと指を振った。

「大事なことは直接話すの。手紙ではただ呼び出すだけ」

 それじゃ、ラインでもよくない?

 あたしは頭の上にハテナマークを浮かべて夢と顔を見あわせた。

「彼を、ハロウィンパーティーに招待するのよ」

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