⑰ 名探偵せいらの推理披露

 階下の応接間に降りて行くと、ジョシーの不機嫌な声がした。

「お茶菓子も食事も出ないお茶会なんて聞いたことがないわ! ばかにしてるわよ」

「そう怒らないで。あたしのクッキーをあげるわ。ミス・ミンチンが不手際なんて珍しいこともあるのね」

 キャサリンさんが宥めてる。

 あたし達は、威風堂々、応接間に入って行った。

 意地悪くジョシーが眉を吊り上げる。

「まぁ。あなたたち、どうやって屋根裏部屋から脱出したの?」

 応接間にミンチン先生が入ってくる。

「やられました。何者かが牢獄の鍵を開け放ったようです」

 悔しそうに拳を握るミンチン先生と、目を瞠るキャサリンさんとジョシー。

 落ち着き払ってあたしが言った。

「お願いがあります。チーム悪女……いえ、レディーのみなさん」

 まっすぐ上を見て、宣言する。

「あたしたち、チーム文学乙女にラストチャンスをください。勝負はたったの一回。あたしがあなたたちの中から、誘拐犯を当てて見せます。もし的中したら、さらった人を、返してください」

 口をへの字に曲げて、ジョシーが言う。

「往生際が悪いわよ。三回勝負のうちの二回、あなたたちは既に負けてるんだから」

 あたしは肩をすくめた。

「そうです。ももぽんも夢っちも、あなたたちがし向けた悲劇に目を曇らされてしまったの」

 ジョシーが、キャサリンさんが、ミンチン先生までもが一斉にあたしに注目する。

 舞台は整った。

 あたしは、推理を披露した。

「ジョシー。あなたはももぽんに、マーティンくんをきらいと言わせようとした。ミンチン先生は、夢っちに、星崎さんの想う未来には自分がいないって思い込ませようとした。つまりあなたたちの中で、主犯となって指示を出している人物の目的は、恋の悲劇を作ること。今年の六月に結婚した二人は不幸になるって噂をメルヒェンガルテンに流したり、プリンセス物語の結末を悲しいものに書き換えたりした犯人も、あなたたちの中にいる、その主犯の彼女です」

 たっぷり間をおいて、あたしは声のトーンを落とした。

「そして、一番許せない罪。あたしの大好きなかみやんの名を騙って泉先生に手紙を送り、不幸な結婚をさせようとしてる、その犯人は」

 わたしは、まっすぐ先を指さした――。

「キャサリンさん。あなたね」

「まぁ」

 キャサリンさんは肩をすくめた。

「おもしろそうな推理ね。聴きたくなってきたわ。ジョシー、ミンチン先生。お座りになって。楽しい挑戦を受けてあげようじゃありませんの」

 余裕でいられるのも今のうちよ。

「これが、あなたの犯行の証拠です!」

 あたしの声に合わせて、パッと、助手の夢っちとももぽんが、白いテーブルクロスを広げてくれる。

「捕らえられた人が、こっそりあたしたちのところに持ってきてくれた、犯人の持ち物です。ここにある王冠の刺繍。これはイギリスの良家のお嬢さんのお嫁入り道具の印なんです。そして三人の中で、結婚してるお嬢さんはただ一人」

 キャサリンさんはそれでも余裕な顔をしてる。

「あたしが、人様の悲劇をこしらえたって言うの? 随分ひどいのね。あたしはただ楽しいことが好きでゲームに加わっただけ。ジョシーやミンチン先生のように意地悪じゃないのよ」

「そう。性格の悪い悪役が犯人だという思い込みが盲点だったの。あなたは三人の中でただ一人、完全な悪役じゃない。そして、ただ一人、完全な悲劇のヒロインなんです」

 笑顔を崩さず、キャサリンさんが首を傾げた。

「新婚生活の幸せを味わうので手一杯なこのあたしに、なにをおっしゃるの?」

「ほんとうに、幸せなんですか」

 キャサリンさんの笑顔が、張り付いたように固まった。

「名作情報屋の夢っちによると、『嵐が丘』のヒロインであるあなたは、人に自慢できるという動機から、愛している人を捨てて、身分の高い人と結婚したそうですね。その結果、物語中盤で命を落とす、悲劇のヒロインとなってしまった。もう取り返しはつかない。ほかの人も自分と同じ想いをすればいいと思ったとしても不思議じゃないわ」

 びしっとあたしは指を突き出した。

「これが、あたしの推理のすべてです!」

 凍るような沈黙のあと。

 ジョシーがふっと溜息をついた。

「どうやら諦めるしかなさそうね。キャサリン、あんたの負けよ」

「影武者の役目が終わったようですね。わたしたちは失礼させてもらいます」

 ミンチン先生と一緒に、応接間を出て行った。

 その場がしんと静かになる。

 がくんとキャサリンさんは俯くと、くっくっと肩を震わせた。

 そして狂ったように笑い出した。

「すてき。すばらしいわ。プリンセス探偵さん。ご褒美に、お目当ての彼に会わせてあげる」

 そのとたん。

 あたしとももぽんと夢っちは思わず抱き合った。

 足がぐーんと重くなって、身体中が下に押し付けられる。

 まるで高速のエレベーターで下に降りている感じ。

「屋根裏部屋のほかに、もう一つの牢獄と言えば、やっぱり地下室よね」

 楽しげに言うキャサリンさんの声がして、目を開けると、そこは一面黒い壁で覆われた廃墟みたいな空間だった。

 もう使われていない古い汽車がそこここに放置されてる。

 はっとしてあたしは辺りを見渡す。

 しまった。

 キャサリンさんを見失ったわ。

 三人で、あの豪華なドレス姿を探していると、荒れ果てた茂みの奥の方から彼女の艶やかな声がする。

「昨夜はまた大胆なことをしてくれたのね。閉じ込められたお姫様たちに、匿名の贈り物なんて、やっぱりすてき。おかげであたしたちのお茶の時間が台無しよ」

 廃墟はやたらに広くて、どこも暗くて見つからない。

 悔しい。

 声はすぐそこから聞こえてくる気がするのに。

 そして、キャサリンさんが話しかけているのは、きっと……!

「そりゃ悪かったね。安全面を鑑みるに、あんた方の食卓から頂戴するしかなかったもんで」

 その声を訊いて、かっと胸が燃え立った。

 かみやん……!

 彼が、すぐそこにいる。

「不思議ね。癪なほど頭が回るくせに、どうしてこんな簡単なことが理解できないのかしら」

 甘い無邪気な声でキャサリンさんは言う。

「あなたが来生泉に求婚すればすべてうまくいくのよ。彼女なら自慢の妻になるわ。そうでしょう?」

 そして、ぞっとするほど低い声で。

「頷いて。そうすれば帰してあげるわ」

 ひるまない声が答える。

「君が、どういう目的でオレと彼女を結婚させたがってるかは知らないけど」

 かみやんははっきりと言った。

「オレは、泉先生とは結婚できない」

 辺りがしんとした。

 その一瞬が怖くて、あたしには何分にも思えた。

「仕方ないわね」

 そう言うキャサリンさんの声が、弾んでる。

 それはまるで熱に浮かされてるみたいな弾みようで。

「それじゃ、愛のない結婚なんかよりも、もっと上質な悲劇をあげる」

 ぞわっと背筋が寒くなる。

 これ以上、かみやんになにをしようっていうの……?!

 弄ぶようなキャサリンさんの声がする。

「嬉しいお報せよ。あなたのお姫様が、助けにきてくれてるの」

 彼が、息を飲むのが聞こえる。

「せいらっ。そこにいるのか?!」

 返事をしようとするけど、喉がこわばって声が出ない。

 代わりにももぽんが叫んでくれる。

「神谷先生、せいらはここにいます!」

 あたしはたまらなくなってかがみこむ。

 かみやん。

 夢っちに背中をさすられながら、心で何度も彼の名を呼ぶ。

「君が用があるのはオレだろ。せいらたちまで巻き込むのは筋違いだ」

「それはどうかしら。あの目障りなお姫様に、あなたの持ってる悲劇の種を台無しにされてはいやなの」

 ふいに、目の端に、きらっと光るものが見える。

 拾い上げるとそれは、タイピンだった。

 かみやんのものだわ。

 タイピンは、たくさんあるうちの一つの線路の上に落ちてる。

 これをたどっていけば。

 あたしは手振りでそっと、仲間の二人に合図する。

「かみやん……!」

 あたしたちはようやく、キャサリンさんと彼のところまでたどりついた。

 両手を縛られてるかみやんを見て、ぐっと切なくなったのを、後ろにいるももぽんと夢っちが支えてくれる。

「屋根裏部屋にお食事、ありがとう。レースの刺繍のヒントも……あたしぜったいかみやんを助ける」

 かみやんはどうしてか、悲しそうな目になって、俯いた。

「……ばか野郎。小学生が、やばいことに首突っ込んでんじゃねーよ」

 きゅっと胸が縮む。

 キャサリンさんはわざとらしく人差し指で涙をぬぐう仕草をする。

「泣けるわね。これが悲劇の恋人たちの会話ってものだわ。それじゃ、お邪魔な脇役は退場してちょうだいね」

 そう言うとキャサリンさんはドレスの胸元から小さな本を取り出して、最初の方のページを開いて、手をかざした。

「『嵐が丘』の豪風よ、吹け」

 そうすると、キャサリンさんの本からものすごい突風がこっちに吹いて来て、あたしの前で左右に分かれ、後ろにいたももぽんと夢っちを吹き飛ばした。

 かなり後ろまで飛ばされた二人は痛そうにしてる。

「二人とも、大丈夫っ?!」

 夢っちとももぽんの声が返ってくる。

「せいらちゃん、大丈夫だから」

「油断しないでっ」

 そうだわ。

 今はキャサリンさんに意識をっ。

 わざわざあたしが向き直るのを待っていたように、キャサリンさんは宣言した。

「さぁ、いよいよ終幕といこうかしら」

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