⑯ 屋根裏でもプリンセス

 徐々に周りが見えて来て、完全に見えるようになってもやっぱりそこは薄暗かった。

 斜めの天井には蜘蛛の巣がかかっていてほこりだらけ。ほこりをかぶった家具やガラクタ以外なにもない。

 たった一つある小さな扉には鍵がかかっていた。

 片隅にある小さな窓から雲が覗いてるところを見ると、やっぱりここはミンチン女学院の屋根裏部屋みたい。

 小公女セーラが閉じ込められた、劣悪な場所。

 あの悪女たち。

 勝負に負け越してしまったあたしたちへの、罰ゲームのつもりかしら。

 夏なのに隙間風が寒くて、あたしたちは体育座りで身を寄せ合った。

「……ごめんね、せいらちゃん」

 夢っちが口を開く。

「わたし、力になれなくて」

 目にいつものくりっとした光がない。

 あれは、相当落ち込むわよね……。

「仕方ないって夢。それに、負けちゃったのはあたしも一緒だし。せいら、ほんとごめん」

 ももぽんまで……。

 もう。

 しょうがないわね。

 あたしはすくっと立ち上がった。

「せいら?」「せいらちゃん?」

「ももぽん、夢っち。あたしね」

 さっぱりした顏で二人を見回す。

「意地悪されたとき。自分が小さく見えて、みじめなとき。そういうときこそ、自分がプリンセスだって想像することにしてるの」

 わざと大袈裟にスカートを広げて、お辞儀して見せる。

「設定はこう。あたしたちはみんな、平凡な女の子に見えるけど、実は、それぞれ特別な国に生まれた公女様で、周りの人はそれを知らないの。だから平気で意地悪ができるんだけど、ほんとはすっごく身分不相応で恥ずかしいことをしてるってわけ」

 ストレートの髪をさらっと払って一回ターンする。

「でも、プリンセスはそんなことは言わず、寛大な心で許してあげるの。心で、意地悪な人に、自分がいかにばかなことをしてるかも知らずに、哀れな人ねって言ってやるのよ」

 夢っちの目に光の筋が戻りつつある。

「せいらちゃん、それ……」

「そう。これは、本に出てくる小公女セーラが、辛いとき自分を奮い立たせる方法であり」

 ぴしっとあたしは人差し指を突き立てた。

「あたしがいちばん好きなところ」

 まるでお芝居でもするようにあたしは言った。

「かみやんを助けるために頑張ってくれた二人の行動は、すでにプリンセス級だわ。ねぇ、夢姫にもも姫、こちらでお茶会でもいたしませんこと?」

「このぼろい部屋で?」

 ももぽんに、あたしの代わりに言ってくれたのは夢っちだった。

「大丈夫! 『小公女セーラ』にも、屋根裏部屋でセーラと友達がパーティーする場面が出てくるんだ!」

「えぇっ、いったいどうやるの?」

 ももぽんに訊かれた夢っちが秘密めかしてあたしを見る。

「それは、わたしたちの小公女に任せようよ」

 あたしは慇懃なお辞儀をした。

「もちろん。パーティーの方法をお教えしますわ。

 あたしはまず、ポケットからレースのハンカチを取り出して、中心に置いた。

「これは真っ白なお皿」

 次に白い帽子をぐるりと囲ってる青いガーベラの造花をとって、テーブルに飾りつける。

「これが、バンケットを飾るお花」

「あたしも!」

 ももぽんもポニーテールを飾ってるひまわりをほどいて寄付してくれた。

「わたしのも、使って」

 夢っちのバラのショールは、床に敷いて豪華なテーブルクロスになった。

 最後にあたしは暖炉の方に向かっていって、置いてあるマッチで火をつけた。

 部屋全体が、ほのかに明るくなる。

「キャンドルに火が灯りました! パーティーの開始よ」

 あたしたちは手を叩いて、ごちそうを食べるふりをした。

 そのあとは、演芸タイム。

 天窓の下にある足のせ台が舞台。

 ももぽんの一発ギャグや、夢っちの本のミニ知識披露など、楽しい出し物が続く。

 あたしもつい、調子に乗って日舞なんて披露してしまったわ。

 最後はみんなで、流行のアイドルグループの恋の歌を熱唱。

 お腹はいっぱいにならなくても、心が満腹になって。

 そのうちにはしゃぎ疲れて、あたしたちはまた身体を寄せて、眠ったの――。



 小鳥の泣く声と、朝の光。そして、ぱちぱちという音で最初に目を覚ましたのはあたしだった。

 消したはずの暖炉の炎が、ほのかに燃えてる。

 不思議に思って暖炉に近づいて――。

 思わず、声をあげそうになった。

 いけない。ももぽんと夢っちを起こしちゃう。

 そう思いとどまってなんとか抑えたけど。

 信じられない。

 そこには、本物のレースのかかったテーブルと、豪華な食事が用意されていたの。

 飾られてる花瓶の中の花たちも本物なら、たっぷりある三人分のパスタも、色んな形のお花がかいてあるティーカップとソーサーも、ティーポットも、緑のいんげんのスープも、ケーキやマカロンも、真ん中に置かれた、バラで飾られたランプまで――ぜんぶぜんぶ、本物。

 親切な誰かが差し入れてくれたに違いないわ。

 でも誰が?

 チーム悪女のほかに、この屋敷にいる人と言うなら……。

 どきんと胸が鳴る。 

 まさか。

 あたしはそっと小さな扉に忍び寄り、ノブを回してみる。

 かちゃり。

 鍵のしまっていたはずの扉は音をたてて、あっさりと開いた。

 やっぱり……。

 「おはよー」

 「昨日はちょっとはしゃぎすぎちゃったね」

 そのとき、目を擦りながら、ももぽんと夢っちが起きてきた。

 「えっ。なにこれ!」

 「うわ、超おいしそう! 誰かからのプレゼント?」

 ゆっくりとあたしは答える。

 「えぇ……きっとね」

 「もうお腹ぺこぺこ。さっそくいただき――」

 「ちょっと待って」

 あたしはテーブルに飛びつこうとするももぽんを止めた。

 もし、もしも……差し入れてくれたのが、あたしの思うとおりの人なら。

 きっと、どこかにメッセージを忍ばせてくれているはず。

 あたしは素早くテーブルを観察した。

 かわいいリボンのついたナイフとフォーク。ピンク、青、黄色と、色違いのバラの花環の柄で囲まれたお皿。どこまでもくまなく目を凝らす。

 「ねぇせいら、いったいなに探してるの?」

 どこか……どこかに、あるはずなの。

 謎の鍵をとく、ヒントが。

 見つからないわ。いったいどこに?

 いらだってテーブルに手をついたとき、そこにざらざらした手触りがあった。

 手をどけてみると、そこに薄いレースの生地で刺繍がしてある。

 王冠の形だった。

 ……ヒント、いただきました!

 どん、とあたしはテーブルをたたく。

「夢っち、ももぽん!」

 寝起き目をぱちくりさせて、二人はこっちを見る。

「超特急でごちそういただいて、もう一度、チーム悪女に勝負を挑みましょう。これがラストチャンスでいいからって押し切ってでも、受けてもらうのよ!」

 あたしはふふんとなるべく上品に微笑んだ。

 プリンセスを意識して。

「彼をさらった犯人の正体がわかったわ」

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