⑩ 書き換えられたヒロインたち

 栞町は夏に大きな公園でお祭りがあるの。

 そこでわたしたちのクラスが劇をやることになったのよ。

 演目は『眠り姫』。

 ちなみにこれも過去に映画化されてて、原作というより、そっちのアレンジなの。

 あたしは何の役かって?

 うふふ、それはね。

 じゃじゃーん、主役のお姫様!

 お稽古の時間の今は、椅子を二つつなげてつくったベッドに眠り中です。

 そして、わたしのお相手の王子様が、姿を現した。

「僕の愛しい姫。今、助けに参ります」

 大きな羽のついた帽子を被って腰に剣をさした、夢っち!

 くじびきで決まった時は、主役級なんてわたし絶対無理だよ~って泣きついてたけど、これが、やらせてみたらびっくりするほどかっこいいの。

「姫、いま参ります」

 台本片手にびしっと、ポーズを付けて、夢っちがきめた……まではよかったんだけど。

「そんなことより、王子様。うちで飲んでかない?」

 と、妖精役のももぽんがスナックのママみたいなことを言いだしたの!

「うん?……そうだな。ちょっとだけ一杯やっていこうかな」

 夢っちまでっ。

 二人は怪しい空気に。

 夢っち王子はとんでもないことを言いだした。

「妖精さん。なぜ今まで気がつかなかったんだろう。ピンクの頬、チューリップのような唇。あなたこそ僕の運命の人だ」

 妖精ももぽんは、妙に色っぽく王子をつっつく。

「王子様、悪い人。今から姫を助けに行くんでしょ?」

 でも王子は揺らがない。

「過去の恋などもうどうでもいい。今の僕に必要なのは君の愛だけだ」

 なんですって~?!

 ちょっと、二人とも。これじゃ主役のあたしはどうなるのよ。

 一瞬焦ったけどしばらくして、あたしは目を瞑ったまま心でほくそえんだ。

 ははーん。

 そういうこと。

 これは、アドリブっていうやつね。

 みんなでおもしろくアレンジするのも、演技の練習ってわけだわ。

 それなら。

 あたしはがばっと、椅子をつなげて作ったベッドから起き上がった。

「なによっ。この浮気王子! 『せいらちゃんは親友』だとか、『大好き』とか、調子のいいこと言っといて、結局は妖精ももぽんのほうがいいんじゃないの!」

 浮気がばれた王子はぎくり。

「えっ。姫、起きてたの」

「『起きてたの』じゃないわよ。あたしはね、さっきから寝たふりしてあんたがちゃんと助けに来るか見張ってたのよ!」

 調子に乗ったももぽんがさらに茶々を入れる。

「ずいぶんこまっしゃくれたお姫様だね。王子、あんなじゃじゃ馬よりあたしの方がいいでしょ?」

 あたしはさらにヒートアップ。

「そうなの?! 王子!」

 夢っち王子はまごまごと指をいじって、

「そういうわけじゃ。ただ妖精さんが手をにぎってきて……」

 まるでほんとうのようにうろたえてる。

 さっきまでのすてきな王子様が台無し。

 これじゃただの浮気がばれたしどろもどろな男の人よ。

 ももぽんもおもしろそうにまぜっかえす。

「なに言ってんの王子。そっちが口説いてきたんじゃん」

 あたしはさらにヒステリックに叫ぶ。

「ほんとうなの、夢っち王子!」

「え、いやぁ……」

「ふふ~ん? そりゃそうだよね。王子とはあたしとの方が長い付き合いなんだもん。お姫様、本気でキスしてもらえると思った?」

 勝ち誇る妖精ももぽん。

 な、なんか悔しいわね。

「ひどいわ。信じてたのよ王子」

 うずくまるこのあたし、せいら姫。

 暗転。

「ぷっ……ふふふ」

「あはははは」

 あたしたち三人が、同時に吹き出した。

 でも、笑ってるのはわたしたちだけ。

 クラスのほかのみんなは怒ってるのかしら。

 そうよね。

 みんなでの練習なのに、ちょっとふざけすぎちゃった。

 ところが謝ろうとしたとき――クラス中に割れるような拍手が起きたの。

 すごかった、迫真の演技だったって、みんな大絶賛。

「ありがとう。でも、これからちゃんと台本通りに練習するわね」

 あたしが言ったけど、

「露木さん、なに言ってんの? 今の、台本そっくりそのままだったじゃない」

 監督の白石さんの言葉に……え?

 ももぽんと夢っちも同じく戸惑ってる。

「あたし、ただちょっとふざけて、妖精をホステスっぽく変えてみて」

「わたしも。つい乗っちゃって浮気してる演技しちゃっただけで」

 わたしたち三人はそろって台本を見た。

 ほんとだわ……!

 眠り姫と王子のロマンスが確かに書かれてたはずの台本は、今までわたしたちが演じたのと同じ、ふざけた展開に変わっていたの……!

 「それにしても、変だったよね」

 帰り道、駅前通りを歩きながらわたし達の話題は、やっぱり劇の練習のこと。夢っちに、ももぽんが頷いた。

「ストーリー関連だから、メルヒェンガルテンがらみの事件かな。なにも起きてないといいけど。あたし、あとでスマホから、モンゴメリさんに連絡してみる」

 ももぽんのその言葉で一応区切りをつけて、あたしは塾があるから、ここで二人とはお別れ。

 駅から電車に乗って、二駅で、奥付に着く。

 大通りに出て塾に向かうと、電柱の陰に知った顏を見た。

 その女の人はにやにや愛想笑いを浮かべてこっちを見てる。

 緑の長い髪に、貝殻のイアリング。

 あたしは叫んだ。

「海の魔女!」

 彼女はあの『人魚姫』のお話に出てくるあの魔女。

 ももぽんの彼氏のマーティンくんをさらった悪いやつなの。

「なんの用なの? 今度はあたしをさらおうったって、そうは問屋が卸さないわよ!」

 きっきっと妙な音をたてて魔女は笑った。

「さすがはマーティン坊やを奪っていったあのお嬢ちゃんのお仲間さんだ。威勢がいいねぇ。まぁそう目くじらをおたてでないよ」

 黒いマニュキアを塗った長い爪で手招きする魔女にあたしは警戒しつつ、寄って行く。

「実はあたしも反省しててね。バレンタインシーズンのお詫びに、恋愛グッズを届けにきたのさ。それもタダでね」

 うーん……。

 そう簡単に許せることじゃないけど、メルヒェンガルテン製の恋愛グッズは……もらっておくに、やぶさかではないわ。

 魔女は掌をあたしに差し出した。

 なにこれ。

 お城の絵が入っていて、かわいいけど……。

 勉強で使う、青い付箋……?

「そう見えるだろう? これは恋のリトマス紙さ。この紙を彼の使っているノートやファイルに貼ると、彼のあんたへの恋心指数が測れるよ。脈ありならあら不思議、一日経つと色ががらりと変わるって寸法さ」

 な、なんですって!?

「どうする? 受け取ってみるかい?」

 そりゃ、かみやんがあたしのこと好きなわけないってわかってるわ。

 だけどそんなの、試したいに決まってるじゃない!

「……ありがとう。使わせてもらうわ」

「いい結果を祈るよ。いっひっひ~」

 やっぱり、最後の笑い方、気になるわね。

 疑いつつも、あたしは恋のリトマス紙を受け取って、塾のビルに入って行った。

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