⑪ 出動指令、くだる
今日の授業が終わって、あたしはほっと一息。
もちろんまだこれから自習室で勉強して行くんだけどね。
ふと黒板の前の教卓を見て――思わず二度見。
そこには、書類のいっぱい挟んだファイルが置いてあったの。
さっきまで授業をしてたのは他ならぬ彼――かみやんが忘れてったんだわ。
もう、どっか抜けてるんだから。
でも、ぐふふ。
さっそくチャンス、到来!
あたしは教卓まで行って、さっとかみやんのファイルの真ん中のページに恋のリトマス紙を挟んだ。
それを持って廊下を走って行くと、彼の背中が見える。
「かみやん! 忘れも……」
叫ぼうとしたとき、すれ違った女の子たちの会話があたしの意識を奪ったの。
「見て、かみやんよ」
「来月、とうとう泉先生と結婚しちゃうのよね。なんかちょっとショック~」
……え。
気づかないうちに足を止めて、あたしはその場に立ち尽くしてた。
我に返ったとき、かみやんは数メートル先で立ち止まって、話してた。――泉先生と。
泉先生は恥ずかしそうに、うつむいて言った。
「神谷先生。それで、あの……。このあいだの手紙のことですが」
「手紙?」
かみやんはきょとんとしてる。
「わたし……嬉しかったんです」
「泉先生?」
「これ。……お返事です」
泉先生は、白い封筒をかみやんに手渡した。
胸がざわっとする。
「あの、これ、なんの――」
「それじゃっ」
なにか言いかけるかみやんを置いて、泉先生は顔を赤らめて、走って行っちゃった。
「かみやん。これ。忘れ物――」
あたしは顔を見られないように下を向いて、ファイルを差し出した。
「さんきゅ、せいら」
去り際にいつもみたく、優しく囁かれたけど。
もう心は、浮き立たなかった。
かみやん、泉先生と結婚するの……?
そう思ったとき、ピロリンと音がして、手提げ袋の中のスマホを取り出す。
ももぽんからチーム・文学乙女へのグループラインだった。
『モンゴメリさんに連絡したら、ビンゴだった!
メルヒェンガルテンで異常事態が起きてて、ちょうどあたしたちに知らせるところだったって。
明日の放課後、『秘密の花園』に全員集合だそうです』
これは、落ち込んでる場合じゃないわ……!
あたしは力が抜けた背筋をなんとかしゃんと伸ばした。
❤
「『ヒロインがハッピーエンドを迎える物語が、みんな不幸な結末に書き換えられてる』……!?」
大きな目をさらに瞠るももぽんに、モンゴメリさんは頷いた。
「えぇ。シンデレラや白雪姫がお城から継母たちに連れ戻されて、もとの生活に戻ってしまっているの」
『秘密の花園』の白いテーブルに集まって、わたしたち緊急会議中。
「誰かが意図的に物語を書き換えているとしか思えないんだけれど、犯人がまるきりわからないの。このままではわたしのかわいい娘たち――アンやヴァランシーも危ないわ。なんとかしなくては」
赤毛のアンは、モンゴメリさんの書いた超有名小説の主人公ね。ヴァランシーさんっていうのは『青い城』っていうロマンス小説の主人公で、ももぽんは会ったことがあるんですって。
物語のなかの乙女たちを意図的に不幸にするなんて、このせいらが許すまじ!
「メルヒェンガルテンに流れてる『今年の六月にお嫁に行ったら不幸になる』って噂も、物語を書き換えたのと同じ人が流したのかな……」
夢っち、鋭いわ。
きっとそうよ。
「でも、どうして、わざわざみんなを不幸にしたりするんだろう。そんなことしたって、なにもいいことないのに」
確かにそうね。
「ほんとだよね。超性格悪いとしか思えないよっ」
ももぽんも言って、わたしたちが考え込んでいると、ポツリ、モンゴメリさんが呟いた。
「少しだけ、わかる気がするわ」
わたしたち三人とも驚いて、顔を上げる。
モンゴメリさんは寂しそうに微笑んだ。
「なにせ、わたくしも、好きでない人と結婚してしまった一人だから」
え!
スーパー恋愛アドバイザーのモンゴメリさんが!
「大人の女性にはそうせざるを得ない場合もあるの。そして多くの物語が示しているように、そういう女性の心は静かに枯れていくわ。六月のバラに霜が降りて、凍る時代が訪れるの。たった一人、誰にも顧みられず吹雪に埋もれていく寂しさや恐怖は、きっと経験しなければわからないわ。道連れがほしいと思っても不思議じゃない」
モンゴメリさん……。
「でもね、だからこそわたくしは女の子たちの恋を応援したいと思うし、今回の事件を起こした犯人は間違っていると感じるの」
モンゴメリさんの視線を受けたあたしにももぽんに、夢っちに。
みんなにパワーが満ちていく。
「このままでは、女の子に夢を与える物語がこの世から消えてしまうわ。なんとしてでも犯人を見つけ出さなくては。三人とも、力を貸してくれる?」
わたしたちは、一も二もなく、頷いたの。
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