⑨ 感動の再会、仕組みます!
かみやんに指定した日の放課後、あたしがやってきたのは、栞町駅ビルのカフェ『グリムの森』。白雪姫や赤ずきんちゃんやラプンツェルの装飾がかわいい女の子に大人気のカフェ。
しばらく待っていると、彼がやってきた。
デートの日と同じジャケット姿で。
「来てくれてありがとう。かみやん」
カフェの入口に飾られてるパンケーキやパフェを見て、かみやんがははんと笑った。
「ソフトクリームに味をしめて、またスイーツをおごらそうって腹か」
「あら。ばれた?」
ふふ。
うまくごまかされてくれてるみたいね。
ちらと、隣のアクセサリーショップの向こうで手を振る二つの影が見える。
「かみやん、先に入ってて。あたし、向こうのお店で見たいヘアアクセがあるの」
「えっ。……こういう乙女チックなとこに男一人でかよ」
「いいから」
かみやんをカフェの中に押し込むと、あたしはアクセショップの奥に走った。
「せいら、こっちこっち」
柱の影に隠れて手を振ってるのはももぽんと夢っち。
あたしがこっそり、集合かけておいたの。
「マジなの? 神谷先生の好きな人がわかったって」
ももぽんにあたしは落ち着いて答える。
「慌てない慌てない。今にわかるわ」
そして今度は夢っちに詰め寄る。
「例のこと、ちゃんと実行してくれた?」
夢っちはなにがなんだかわからないって顔しながらも答えてくれる。
「う、うん。もちろん、言われたとおりにしたけど」
それなら一安心。
実はラインで夢っちにあるお願いをしておいたの。
腕時計を見たら、先端が不思議の国のアリスの形をした針は午後七時を刻もうとしてる。
そろそろね。
あたしは二人に号令をかけてこっそりカフェに入る。かみやんの座っている席の斜め後ろに陣取って、彼を観察する。
あるとき、彼の大きな目がさらに大きく見開かれる。
信じられないって感じ。
むふふ。
うまくいったわ。
「先輩。どうして――」
かみやんの視線の先のその人も同じくらいびっくりしてる。
「龍介……」
そう、かみやんを呼んだのは――。
ええっ! と、驚きの声が上がったのはすぐ隣。
「神谷先生の好きな人って、星崎さん?! せいらちゃんが、彼をお仕事の休憩時間にカフェに呼んでって言ったからそうしたけど。ど、どうしよう。『恋せよ文学乙女』のこれからの展開はどうなっちゃうの?」
ぽかっとあたしは妙な心配の仕方をする夢っちのこめかみを小突いた。
「そんなことになったらあたしたちだって泣くに泣けないでしょうが」
あははは、と横から笑う別の声がする。
「それはそれでおもしろいかもよ?」
「ももぽん、悪乗りしないで。とても笑えないわ」
「ごめーん」
ぺろっと舌をだしたももぽんはまだ混乱中の夢っちに説明してくれる。
「神谷先生の会いたい人っていうのは、恋人とかそういう類じゃなかったってことだよ。ほら、『飛ぶ教室』で正義先生が再会したのは、恋人じゃなくて、親友でしょ」
「そ、そっか……ほっ」
数メートル先では、かみやんが星崎さんに詰め寄っていた。
「なんでですか。先輩はあんなに優秀だったのに。いきなり姿を消して、大学を辞めるなんて」
星崎さんは少し困ったように笑って、
「のっぴきならない事情でね」
納得がいかない顔で、かみやんはまた訊いた。
「今までどこでなにしてたんですか」
星崎さんは今度はおかしそうに言った。
「そう青筋立てなくてもいいだろ。誘拐や拷問にあったわけじゃないんだから」
そして席について、立ち上がったかみやんにも座るように言う。
「単純な理由だよ。働かなくちゃならなくなってね」
かみやんははっとして視線をテーブルに落とした。
「そうだったんですか。……すみません」
「それより、なにか話したいことがあるんじゃないか。でなければ、天使たちがわざわざこうして結び合わせたりしないだろうから」
星崎さんはそう言って、あたしたちの方をみて手を振った。
あら。ばれてたみたい。
かみやんは不思議そうに斜め後ろを見て――。
「あっ。せいら。そこに隠れてたのか」
こっちは、今頃気付いたみたい。
「せいらちゃんに連れられてきたとなると、彼女の塾の先生はお前だったのか」
「奥付で、講師をやってます。全部、星崎先輩のおかげです」
思い出したように、星崎さんは噴き出した。
「まさかもう一度渡英しろなんて言わないだろうね」
「あの件を持ち出されたら、オレはなんにも言えませんよ」
そうなの。
かみやんを助けた大学の先輩の正体は、星崎さんだったのよ。
彼はこの街の有名な大学を途中で辞めたって、小夏さんが言ってた。
決定的だったのは、マンションにお邪魔したとき、『嵐が丘』の日本での映画化について話した、あの口ぶり。
『監督がまた頑固で、『主要都市の映画館で大々的に取り上げないのなら、日本での上映は絶対許さない』って言い張ったときには弱ったな』
あのときあたしが星崎さんに感じた違和感は、まるで、自分が交渉したみたいな言い方だったから――。
和やかな空気になったところで店員さんが来て、注文をとっていく。
店員さんがいなくなると、星崎さんが口火を切った。
「親御さんはまだお前に会社を継げと言っているのかい」
「先輩のおかげで一旦は諦めたらしいんですけど。オレはバカだから、自らそれを棒にふりまして」
かみやんは、泉先生との嘘の婚約話にお父さんが喜んで、その気になってしまったことを話した。
星崎さんは真剣な表情でそれを聴くと、ふっとふきだした。
「人助けで泥沼にはまったか。龍介らしいな」
注文したアイスコーヒーが二つ、テーブルに置かれる。
「その気がない人に婚約を申し込まれて承諾するのは、例えカモフラージュでもあまり褒められたことじゃないな」
「身に染みてますよ。そのために今身動きとれないんすからね」
「そうじゃなく。彼女の気持ちまでもが嘘だって、どうして言えるんだ」
「まさか。泉先生が。ないですよ。オレのこと無頓着だの恋人のできる見込みなしだのめちゃくちゃ言うんですよ」
コーヒーを一口飲んで、星崎さんは断言した。
「それは相当好かれてるね」
がびーん。
やっぱり、星崎さんもそう思うんだわ。
「親のことでは、オレも苦労したから、なんかほっとけなくて」
「それは、わからないでもないけど、時には、自分の気持ちに重きを置くことも重要じゃないか」
一呼吸置くと、星崎さんはかみやんに問いかけた。
「龍介は、今誰のことを考えてるんだ」
「……」
かみやんの視線が動く――。
どきっと、激しく心臓が打つ。
「そ、そういえばももぽん、先月の『ドリーマードリーマー』、読んだ?」
「よ、読んだ読んだ! ヒロインが告白するのかどうか気になって、さ」
あたしはあわてて、ももぽんや夢っちとガールズトークに夢中になってるふりをする。
徐々に声を潜めながら、あたしたちはほんとうに話したいことを囁き合う。
「今、一瞬神谷先生、こっち見たよね」
切り出したのは夢っち。
「うん、絶対! せいらを見てた」
ももぽんも念を押す。
そう。
さっき、目が合った気がしたの。
わたしたちはもう一度こっそり、斜め奥のテーブルを見る。
声を潜めちゃったのは向こうも一緒で、よく聞き取れない。
「せいらに、泉先生との婚約が嘘だってことを話したんです。どうして、生徒にあんなこと話したりしたのか。正直自分でもわからない。ただ、言わずにいられなくて」
あぁなんて言ってるのかしら。気になる~。
星崎さんも穏やかに頷いてるわ。
「かわいい生徒さんなんだね」
「そりゃ……かわいいですよ。真面目で一生懸命で、それで、例え一瞬でもオレなんかを、慕ってくれてる」
かみやんが見たこともないような、少し照れたような顔になって。
余計気になるわ。
そう思ったら、彼の目つきがすっと警戒するようなものに代わって、素早く辺りを見回した。
「どうかしたか」
星崎さんに、かみやんが答えてた言葉は、聞き取れた。
「なんか最近、誰かにつけられてるような気がするときがあるんですよね。ふとしたときに、見られてるような。……疲れてんのかな」
星崎さんが面白そうに言った。
「まさか女性じゃないだろうね」
「からかわないでくださいよ。真面目に言ってるんですって」
「まるきり冗談っていうわけじゃないよ。龍介は鈍感なところがあるから、気を付けたほうがいい」
うんうん。
思わず真剣に頷くあたしを見て、ももぽんと夢っちが両サイドで噴き出してる。
気が付くと、かみやんと星崎さんが席を立って、あたしたちの席の前まで来てた。
「天使さんたち。感動の再会をありがとうね」
星崎さんに、あたしたちはにっこり。
「ったく、どうやってつきとめたんだか」
悔しそうに、かみやんはあたしたちの席にある伝票を取り上げた。
「かみやん。それはあたしのお小遣いで」
「いいから、礼くらいさせろ」
レジに向かって行く彼の顔に、前まで見えた『心の風邪』が消えかけてる。
それだけで、あたしはほっこりした気持ちになったの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます