⑲ ただ一つ、欠けてるもの

 次の日、学校からの帰り道で、わたしたち文学乙女チームは、昨日のパーティーの報告会。

「夢っちったらいきなり彼と帰っちゃうなんて。憎いわよ」

 せいらちゃんがウインクしながら言ってくる。

「ごめんね。でもせいらちゃんだって。神谷先生の落し物ゲットしたんだよね。これで今日、『物語星座のケーキ』渡せるんじゃない?」

「まぁね。お互いまずまずの収穫ってとこね」

 そう。

 2月14日。

 今日はバレンタインデー当日なんだ。

「そういえば! ももぽんはあれからマーティンくんに会えたの?」

 そうそう、大事なこと、確認しなきゃ!

 もしかしてもうケーキ渡し済みだったりして。

 だけどももちゃんは複雑そうに笑うだけ。

「ううん。まだ。えっと……、見失っちゃったんだ」

 そっか……。

 わたしは、じっと無理して笑うももちゃんの横顔を見た。

 ほんとに、それだけなのかな。

 こういう時のももちゃんって、なんか隠してることが多いんだよね……。

「それならなおさら。ももぽん、今日メルヒェンガルテンにバレンタインケーキを渡しに行くべきよ」

 拳を握るせいらちゃんに意外にも、ももちゃんは頷いた。

「うん。そうするつもり」

 ももちゃん!

「……やっぱり、マーティンの気持ち、ちゃんと知りたいなって」

「そうこなくっちゃ」

 わたしも、今日星崎さんに頑張ってケーキ渡すつもりだから。

「それじゃももちゃんとは、星降る書店まで一緒だね」

 気が付いたら、交差点まで来てた。

 ここでせいらちゃんとはお別れ。

「じゃ、ここでチームの約束ね。このあと頑張って、それぞれの彼に『物語星座のケーキ』を渡すこと!」

 せいらちゃんの掛け声にわたしとももちゃんは声を合わせたの。

「「鋼の誓い!」」

 栞町駅ビル6階の星降る書店のエントランスには、金の振り子時計やろうそく、ティーポットが垂れ下がっていて、その全体に赤いバラの蔦がかかっていた。

 自動ドアをぬけて、辺りを見回す。

 星崎さんはどこだろう?

 レジの方に進んでみたけど、いないみたい。

「夢はこの辺り捜して。あたしは奥の方見てくる」

 迷わず駈け出そうとするももちゃんの手をわたしはあわててつかんだ。

「ももちゃん、いいの」

 勢いよく駈け出したももちゃんが後ろにひっぱられてつんのめってる。

「なに言ってんの。肝心の王子がいなくちゃバレンタインケーキも形無しでしょ」

「星崎さんなら、わたしが探すから、ももちゃんは7階の『名作の部屋』に行って。……バレンタインデーは、今日だけなんだよ」

 ももちゃんがあっとした顔をする。

 わかってくれたみたい。

 協力してくれるのはとっても嬉しいけど、ももちゃんにも、今日物語星座のケーキを渡したい相手がいるんだ。

 7階にある鉛筆型の『名作の部屋』。

 ここは、メルヒェンガルテンへの正式な入り口なの。

「わかった。夢、健闘を祈る」

 わたしはにっこり笑って頷いた。

 ももちゃんは手を振って、階段の方へ歩いて行った。

 わたしはお店の奥まで入って行った。

 バレンタインの今日は、特集コーナーに『美女と野獣』の本が飾られてる! そっか。入口に飾ってあった懐中時計やろうそくは、『美女と野獣』の映画に出てくるキャラクターをイメージしてたんだ。相変わらずすてきな本屋さんだなぁ。

 見惚れていると、声を掛けられた。

 「小さな書店員さん。本を探しているんだけど」

 ……誰?

 振り返るとそこには、首元に黒いストーンの入った白いカットソーと、グレーのパンツをはいた小夏さんがいた。

 この間助けてくれたときと同じようににこにこしているんだけど、どうしてかな。

 今日は、違う人みたく見える。

 大きくて可愛い目なのに、じっと見つめられると、動けなくなっちゃうみたい。

「なんの本を、お探しですか」

 小夏さんはわたしの近くまで歩いてくると、目線を合わせてくれるようにかがみこんだ。

 黒い目が、射抜くようにわたしを見る。

「一言で言うと、癒しのメルヘン。お花に、ドレスに、そして恋。女の子の夢見るものがいっぱい出てくる本でね。出てくる人たちもみんなすてき。我が身を省みず助けてくれる二人の親友と、いつも守ってくれる憧れの彼」

「すてきな本ですね」

 なんの本だろう。

 考えようとするけど、どうしてか頭が働かない。

 小夏さんが、怖く見える。

 すてきな本のことを話してるのに、目が笑ってない。

「でも、その本にはただ一つ、大切なものが出てこないの。それは」

 小夏さんの手がわたしの肩に触れる。

「家族なの」

 まるで魔法にかけられたように、わたしは動けなくなった。

「それ、バレンタインのプレゼント?」

 答えなくちゃなのに、声が出ない。

「隠さなくていいわよ。やっぱりあなたは夢に溢れた、とってもかわいい本みたいだわ。でもね、少女小説の無邪気なヒロインは、自分にほんとうに必要なものがわかっていないの」

 うっとりするくらいきれいに笑って、秘密を打ち明けるように、小夏さんはわたしの耳に桜色の唇を寄せて。

 そして、言ったんだ。

「幾夜から聞いてない? 夢未ちゃん。あたし、彼と婚約したの」

 きれいな金色のお城の飾りが、バラの蔦が、全部の色を失う。

「だからもう彼はあなたと一緒にはいられないの。ごめんね」

 色だけじゃなくて、周りの音も全部消えて。

 世界には小夏さんとわたししかいないみたいだった。

「幾夜は夢未ちゃんのこと気遣ってるのね。 

 自分か引き取った手前、今更帰すなんて言えないでしょう?

 だからね、夢未ちゃんには、お父さんとお母さんと仲直りして欲しいの。

 現にこのあいだみたいに、実のお母さんがいなくて困ることだってあったでしょ?

 それがみんなにとって一番いいと思うな」

 周りが全部真っ白になったぶん、小夏さんのいうことは、くっきりはっきり、わたしの心の中に入ってきた。

「どう、お願いきいてくれる?」

 そして。

 驚くくらいすぐに、わたしは頷いていたの。

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