⑱ 物語ドレスが恋を連れてきた ~夢未の場合~
うっううう……。
あたしは泣き出したい気持ちで、大広間の隅にあるソファに座った。
男の子たちとたくさん踊ったら、足をくじいちゃったんだ……。
足をさすろうとすると、マリーゴールドみたいなドレスが目に入る。
そういえば、このドレス。
メグのだったよね。
美人さんのメグはきっとパーティーでもモテモテだっただろうな……。
あ。
もしかして、男の子たちにダンスに誘われたのって、このドレスのせい!?
そうだよね。普段のままのわたしじゃ、こんなにモテるわけないよ。
はぁぁ。なんか、余計ショックだよ~。
ん? そういえば。
わたしは『若草物語』のワンシーンを思い出す。
ドレスアップしてはしゃいだメグは靴擦れを起してあげく足をくじいちゃうの。
まさにその通りのこと、起きてるよね。
もしかしてこのドレス。
「外れだーっ」
思わず小さく声にだしたとき、
「お楽に、お客さま」
さっと手が伸びてきて、包帯を巻いてくれる。
わたしは顔を上げた。
「ちょっと、はめをはずし過ぎたね」
ひっと顔から火が出そうになる。
「星崎さん……どうして」
手当してくれながら、星崎さんは軽やかに言う。
「気にしないで。仕事ですから」
お仕事?
確かに、シンプルなスーツ姿だった。
「星降る書店の本もここで売らせてもらってるからね。手伝いにきてるんだよ」
そうだったんだ。
パーティーにきたにしては、シンプルな格好だと思った。
でも。
さすが星崎さん。
誰より光ってるよ……!
「夢ちゃんも、手伝いにきたみたいだね」
へ?
星崎さんは一瞬、わたしの足から目を上げた。
「友達の恋をさ」
そしてちょっと笑って、
「ごめん。ちょっと見てたんだ。友達との話を盗み聞くつもりはなかったんだけど」
え。
ももちゃんやせいらちゃんと話してたとこ、見られてたんだ。
二人を好きな人のところへ送り出すのに必死で、ぜんぜん気が付かなかった。
「夢ちゃん。誰かの応援をするのはとてもいいことだけど、自分のためにもちゃんと物を言って、動くんだよ」
えへへ。
注意されちゃったけどなんだかくすぐったい気分。
大切にされてるっていいなぁ。
「大丈夫です。さっきもわたし、大好きな本を売ってるところに走り出しちゃって」
あっ。そういえば。
まだ本が見れてない!
きゅきゅっと、包帯を結ぶと、星崎さんは立ち上がる。
「車で来てるから、一緒に帰ろう。仕事が終わるまで、本を選んで待っていられるかな」
はい! と即答しながら、わたしは『若草物語』の続きを考えていた。
足をくじいたメグは、妹のジョーが友達になったすてきな男の子に一緒に馬車で送ってもらえるんだったの。
これは……はずれに見える当たりくじかも!?
お仕事に戻る星崎さんを眺めながら、今度は幸せな気持ちで、わたしはふぅっと身体をソファに投げ出したんだ。
❤
包帯を巻いてもらって楽になった足で、私はさっそく本の展示コーナーへ。
とっても広くてきれい。
春が間近だってこともあるのかな。いろいろな色のチューリップの形のライト。その表面に影が映って動いてると思ったら、ラブレターをくわえた小鳥さんたちの形をしてる。
いちごの蔦模様のクロスがかけられた長テーブルに、最近出版されたロマンス小説がたくさん並んでる。高校生のお姉さんの恋のお話もあれば、小さな子が読むお姫様と王子様のおとぎ話に、人気の画家さんが絵を付けた本もある。どこもポップできらびやかなイメージ。
だけどね、わたしが運命の一冊に出会ったのは、コーナーの一番隅。
赤いカーテンで仕切られた小さいスペースだったんだ。
入ってみると、黒い壁面に、赤や紫の蝶が妖しく飛んでて、大人っぽいディスプレイ。
本の置いてあるテーブルも夜空にお月様の模様。
なんだかここだけ違う空間って感じ。
テーブルの真ん中に一冊だけ置かれた本を手に取ってじっと見る。
やっぱり。
外国の地名や人の名前が書いてある。
わたしの好きなジャンルだけど、大人向けで難しい。
でも児童文学だけじゃなくて、こういう本もいつかは読みたいなって思ってたんだよね……。
くいいるようにじっと最初の部分を読んじゃったよ。
「今度は、スタンダールなんだ」
後ろからいきなり声がして、どきっ。
星崎さん、迎えに来てくれたんだ。
笑いながら、彼は言ったの。
「夢ちゃん、恋愛で悩んでるの?」
よく見ると黒い壁には妖精の青い影が飛んでる。妖精が通った後に、文字が浮かび上がってくる。
禁断の恋に落ちそうなあなたへ
え!
そういう本なの?
禁断の恋って、浮気とか?
このあいだ秘密の花園で、バレンタインのケーキを二人にあげるって言ったら、ももちゃんに言われた言葉を思い出す。
『恋に保険はだめだよ!』
「ち、違います! 全然、そういうんじゃなくて。大人の読む本もたまには挑戦したくて」「
「それで『赤と黒』。究極だね。ちょっと大人過ぎじゃないかな」
『赤と黒』っていうのはこの本のタイトル。
「星崎さん、この本のこと、教えてくれませんか」
ページを閉じて表紙を見る。書いたのは、スタンダールって人みたい。
「スタンダールは『恋愛論』なんかも有名なフランスの文豪だよ。
好きな人を振り向かせるテクニックとか書いてある。これがなかなか、鋭いんだよね」
へぇ~。
「『赤と黒』も恋愛小説で、フランスのブザンソンってところの田舎町の青年が、教会と社交界の二つの世界で出世しようとする話なんだ。
主人公のジュリアンは、上流家庭の子どもたちの家庭教師なんだけど、出世のためにその家の奥さんに自分を好きにならせようとするんだ。それはうまくいってしまう」
ってことは、ジュリアンに教えてもらってる子たちにとっては、家庭教師の先生とお母さんが恋人!?
うわ~っ。どうしたらいいのかわからないね。
「でもある時、子どもが高熱で苦しむんだ。夫人はそれを自分の道ならぬ恋のせいだと嘆き悲しむ。その姿を見て、ジュリアンはほんとうに夫人の事が好きになってしまうんだ」
へぇ、そうなんだ。
ジュリアンって、ずるがしこい感じの人なのかなって思ってたら、肝心なところで恋に落ちちゃうなんて。
「夢ちゃん。そんなに意外? でも男なんてそうしたもんだよ。自分が手玉にとってるつもりで、ほんの少し、女性のはっとするところを見せられると、ころっと気持ちを奪われてしまうんだ」
決めた! これおこづかいで買っちゃおう。
「わたし、ちょっと行ってきます」
急いで駆け出しちゃったから、ぽろっと星崎さんの呟いた言葉は聞こえなかった。
「そういうの、少し身につまされるよね」
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