⑧ ジーパン少女の尾行調査 ~せいらの語り~
みなさん、はじめまして。あたし、露木せいら。
この冬栞町に越してきた、夢っちとももぽんのお友達。
今日は『星降る書店』に漫画を見にきたの。
買いにきたんじゃないのかって?
今月お小遣い事情厳しくって。
だから、必殺!
立ち読み!
来月ちゃんと買うから許して~。
あたしが目を付けたのは伝記漫画。
モンゴメリさんのことを描いた漫画があったので、夢中になって読んじゃった。
『赤毛のアン』、今度読んでみようかしら。
気が付けば自動ドアの向こうが暗くなりかけてる。
そろそろ帰らないと、母さんの大目玉必須だわ。
パタンと漫画を閉じて棚に戻すと、見覚えのある人が横切ってどきっ。
黒いさらさらの髪に、知的なまなざし。
このあいだマンションに呼んでくださった、夢っちの彼、もとい、想い人だわ……!
今日はエプロンをつけずに、コートを羽織ってる。隣にはなんと! パンツルックで青いダウンを着た女の人!
あれは、このあいだ下着屋さんで夢っちを助けてくれた小夏さん!
二人は自動ドアの方へ連れだって歩いて行く。
さっとあたしはお店にかかっている時計を見上げた。
夜7時を15分くらい過ぎてる。
読めたわ。
星崎さんの仕事終わりに待ち合わせてたのね!
とのとき、ふっと、魅惑的な考えがわたしにとりついたの。
このまま二人について行ったらどうかしら?
関係が探れるかも。
頭の片隅で、イギリス風ふりふりドレッシーなワンピースを着た――つまり、小公女の恰好をしたあたしが言う。
あとをつけるなんて、そんなことしちゃだめよ!
そのあたしに、ジーパンをはいたもう一人のあたしが叫んだ!
なにたわけたこと言ってんの! ダチのためでしょーがっ!
小公女せいらの完敗だ!
あたしは一人頷くと、小走りで、自動ドアをくぐったの。
❤
星崎さんと小夏さんは、駅前通りのワゴンでコーヒーを買うと、中央公園のベンチに座った。
あたしはベンチの真ん前にある噴水の影から調査。
小夏さんの声がする。
「幾夜は変わらないね」
金のイアリングにコーヒーの湯気がかかってる。
「コーヒー一つ買うんでもわかる。あたしの分も持ってくれて、お砂糖もとってくれちゃうところとかさ」
ふと、小夏さんがうつむいた。
「でも、一つだけわからないことがある」
でも次の瞬間、小夏さんはまっすぐ星崎さんを見てた。
「どうして、夢未ちゃんを預かってるの」
そうよね。
初めて聞いたときも思ったもの。
いくら優しい人だからって、女の子一人、うちで預かってくれるなんて。
「正直ショックだったな」
星崎さんはじっと紙コップを見つめてた。
その中のコーヒーは少しも減ってない。
「……あの子は、父親から繰り返し暴力を受けてたんだ」
出て来た答えにあたしは茫然となる。
うそ。
夢っちが……?
「それを自分のせいだって、ずっと、我慢してた。ほっとくわけにはいかないだろ」
くしゃっと音がしてみると、小夏さんが空になったコップを握りしめてた。
「酷いね」
星崎さんが静かに頷く。
「オレは、夢ちゃんの両親を許せない」
「違うわよ」
「……小夏?」
小夏さん、震えてる。
星崎さんが心配そうに伸ばす手を小夏さんは振り払った。
「酷いのは幾夜よ」
ベンチから立ち上がった小夏さんは射抜くように星崎さんを見る。
「自分と同じだから? だからほっとけなくてかくまってるって? あの子は本気なんだよ。まだ小さくても本気で幾夜のことが好きなのよ」
鋭いナイフみたいに言葉が響く。
「それなのにそういう生半可な気持ちで優しくするのね。やっぱり幾夜は変わってない。変わらず、残酷よ」
地面に伏せた目から上げた小夏さんの目は、悲しそうだった。
「小夏」
星崎さんはなにか言おうとするけど、それを熱に浮かされたみたいな小夏さんの声が遮る。
「夢未ちゃんの心が、見えるみたい。真っ白で、ただひたすら、好きな人を想ってる。
羨ましいな。汚い感情なんてなにもないんだろうな」
疲れたように小夏さんはまたベンチにしゃがみこんだ。
「あたし時々ね、自分の中に野獣がいるって感じることがあるの。美女と野獣の、あの野獣よ」
「小夏」
星崎さんが、苦しそうに言う。
まるで、やめてくれって言ってるみたいだわ。
でも、小夏さんは話すのをやめない。
「魔女に呪いをかけられて醜い姿に代わってしまったの」
カタン、と星崎さんがコップをベンチに置いた。
「いい加減にしろ、小夏。自分のことを野獣とか、醜いとか。君はきれいだった。
昔も今も。悪いのは全部、オレだ」
小夏さんは俯いたままだ。
「苦しいのよ。幾夜があたしのところからいなくなってから、幸せな人たちを見るのが辛いの。みんな不幸になればいいって思う。そういう自分に気が付く瞬間が一番痛いの。でもそのうちね、この痛みも感じなくなると思う。完全に野獣に変わってしまえば」
「やめろ。君は野獣なんかじゃない」
急に優しい声になって囁くように小夏さんが言う。
「あたしの全部が変わってしまう前に。あなたに伝えに、帰って来たの」
小夏さんは星崎さんの首に抱き着いた。
「あたし幾夜が好き。優しくて残酷な、そういうあなたが死ぬほど好き」
星崎さんはなにも言わなかった。
ただ動かず小夏さんのきれいな髪の横で悲しそうに目を伏せた――。
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