⑨ お風呂あがりのラブコール ~もも叶の語り~
「わ~ぁ! 携帯だ、ほんとのほんとにスマホだ~っ」
夢がテーブルの椅子でぴょんぴょん腰を浮かせる。
はしゃぎすぎだって……。
日曜日。
あたしとせいらは、夢のマンションにいた。
このあいだ家に呼んでくれたせいらにお返しにって、星崎さんが招待してくれたんだ。
あたしはそのお相伴にあずかっているというわけ。
「すごい、グンって広げると、画面が広がる。しゅわんってすぼめると小さくなる!」
「今時スマホぐらいでこんなにはしゃぐ子がいるとはね~」
せいらがお茶をすすりながら保護者さまみたいなこと言ってほっこりしてる。
みんなの分紅茶のおかわりを持ってきてくれた星崎さんが思わずって感じで呟く。
「オレは夢ちゃんにはずっとこのまま大きくなってもらいたい」
これにはあたしも頷いちゃう。
「同感です」
そう。
夢は星崎さんに、スマホを買ってもらったの。
実はこのあいだの土曜日、下着を買ってたらあたし達三人かなり遅くなっちゃって。
星崎さんは夢のことを相当心配したらしく、なにかあったら危ないからってすぐスマホを買うことにしたみたい。
話分かる大人っていいねって言っても夢は複雑そうだった。
ほんとはお金のかかることはあんまり頼みたくないんだって。
ちょっと気を遣いすぎな気もするけど。
せいらとあたしで、メールやラインのやり方を教える。
「星崎さん、あの、よかったら」
「そっか。オレのアドレス登録しないと意味ないよね」
打ち込むから貸して、と言う星崎さんに夢はあわててスマホをひっこめる。
あたしとせいらは顔を見合わせてにんまり。
そうそう、そこは譲っちゃだめだよね。
「えっと、わたし、できれば、自分で打ちたいんです」
好きな人のアドレスを打ち込む。
恋の神髄だよね。
星崎王子は、微笑んだ。
「よっぽどスマホが嬉しかったんだね」
うーん、ちょっと違うーっ。
星崎さんが唱えるアルファベットを、夢は慣れない手つきで打ち込んでいく。何度も失敗しちゃったって叫んだり、sの位置はここだよって星崎さんに指差してもらったり、じれったいことこの上ない。でも……きゃっ。あたし気付いちゃったんだ。
隣にいるせいらに小声で囁く。
一生懸命スマホを打ち込む夢と、そのすぐ後ろから画面を指さす星崎さんのこと。
「ねぁあれ、こっから見ると抱きしめられてるみたいじゃない?」
「やだぁ、ほんと」
「今の二人、写メっときたいくらいだね」
あたしはばっちり、心でシャッターを切った。
❤
今日のお風呂はバラの入浴剤を使った。
恋愛運アップのため……なんちゃって。
効果はあるかわからないけど、すっごくさっぱりして、バスローブを着て部屋のベッドでリラックス中。
明日のために、髪にローラーでもまこっかな。
なーんて考えていると、ピロリンとスマホの着信音が鳴り出した。
ナイスなタイミング。
ちょうど誰かと話したかったんだ。
夢かせいらかな。
スマホを手に取ると、1044から始まる番号が表示されてる!
ごろ合わせで『としょ』――メルヒェンガルテンの市外局番だ。
とすると、かけてきたのはケストナー先生、もしくはモンゴメリさん。
物語の中でまたなにか事件があったのかも。
通話ボタンをタップする手に力がこもる。
「もしもし、もも叶です。ケストナー先生? 大丈夫? なにかあったんですかっ」
「もも叶。いきなりごめん。マーティンだけど、元気だっ――」
がたがたがったーーん!
スマホから、びっくりしたような声が聞こえてくる。
「もも叶!? どうした。すごい音したけど、なにかあったのか。怪我はっ!?」
まだ苦しい呼吸をなんとか整えて、あたしは応答した。
「だ……大丈夫。ちょっとベッドから滑り落ちただけだから」
ふいに、鏡に自分が映って、あぁだめだってなる。
あたし、ついつい前髪を整えてたの。
お風呂上りに、それも相手は電話の向こうだっていうのに、なにやってんだろ。
てんぱりすぎだよね。
ほんとはずっと、気になってたんだ。
メルヒェンガルテンと電話もできるってなったなら。
もう会えないと思ってた彼ともまた、話せるのかなって。
でも、それはできないっていう答えが返ってくるのが怖くて、モンゴメリさんにも確かめられなかったんだ。
会いたくて会いたくて、何度も夢に見た。
ウソみたい。
また話せてる……!
「元気そうだな。安心した」
懐かしい声にきゅんとなって泣きたくなる。
「マ、マーティンは? 元気? っていうか、メルヒェンガルテンでの暮らしってどんな感じなの?」
「仲間と冒険したり、楽しくやってる」
「マッツやウリーは元気?」
「元気すぎて困るくらいだ」
「あはは、やっぱりね」
「もも叶」
ふいに名前を呼ばれてどきりとする。
その感じが今までとは違って、切ない声だったからかな。
「また、会えないかな」
心臓の音が、早くなる。
「会いたい。会いたいよ」
でも。
マーティンがいるところは、星降る書店から行けるメルヒェンガルテンの一部よりもずっと遠い。
「秘密の花園の近くから、メルヒェンガルテンの中央につながる列車が開通したんだ。僕らが普段いるのはそのずっと北なんだけど。パレ駅で待ち合わせでどうかな」
夜なのに目の前にぱっと光が差し込んだみたいに思った。
恋の神様! いや、文学の神様? どっちでもいいけど、ありがとうっ。
「うん。次の日曜? いいよ。うん。それじゃぁね」
電話を切ったあとも、マーティンの声が頭の中をリピートする。
また、会えないかな。
三回その声を心で再生したとき、あれと思った。
その声が、とても疲れているような、寂しそうなような、そんな気がしたんだ。
でもそのとき感じたことはすぐに、また会えることへの嬉しさに紛れちゃった。
「やたっ! 彼とデートだっ」
あたしはお気に入りのぶたさん抱き枕を抱えて、背中からベッドにダイブした。
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