⑭ だれも好きになってくれない!

 右のほっぺがじんじんして、両足の感覚はほとんどない。

 でも、わたしは多分歩いてたんだと思う。

 わけもわからないまま、気がついたら、駅前通りまで来てた。

 クレープ屋さんの前を通りがかると、クラスの女の子たちが楽しそうに笑いながらクレープを食べていた。

 感覚がなかった体のあちこちが急に痛く感じる。

 あれ。クラスの女の子たちのうち二人の子が、つかみあってる。

 ぼんやりして見えない。あれは白石さんと……?

「やだやだっ。また本野さんのところに行くの? 今日はあたしとピアノのコンサート行くんでしょ。すごく楽しみにしてたのに」

「みり。夢を見て。ほっぺが腫れて足も引きずってる。早くどうにかしなくちゃ」

 ……ももちゃん?

「ねぇもも叶、ほっときなよ。前から思ってたの。本野さんってちょっと変わってるし、なんか怖い」

 白石さんが言うのが聞こえる。

 そうだよ。ももちゃん。

 わたしなんてほっといて……。

 それなのにももちゃんは、白石さんの腕をふりほどいたんだ。

「今そんなこと言ってるときじゃないし。離してっ」

 こっちに走ってきてくれる。

「夢!」

「ももちゃん……」

 クレープをほっぽりだしたももちゃんは、クリームでいっぱいの顔もそのままに、早口で言った。

「どうしたの、傷だらけじゃん」

 わたしの耳元に顔を近づけて、周りの子たちには聞こえない小さな声で訊いてくれる。

「お父さんにやられたの? そうなの?」

 ぼーっとする頭でわたしは答える。

「あんまよく覚えてなくて。長かったけど、なんか、今思いだすと全部一瞬だった気がする」

 答えになってないようなってぼんやり思ったけど、ももちゃんはわかってくれたみたい。

 急に体中があったかくなった。

 ももちゃんが、抱きしめてくれているんだ。

「覚えてるのはね、最後のほうで『お父さんに謝りなさい』って、お母さんが言ったこと」

「……うん?」

「わたし、お父さんに謝ることにする。そしたらまた一緒に暮らそうって言ってくれると思う」

 ぱっとももちゃんは腕を離した。

「なんで夢が謝るの? おかしいのはお父さんじゃん」

 あれ。

 ももちゃん、怒ってる。

 なんで……?

 だめだ。考えようとするけど頭が働かない。

「ねぇ、夢。そうじゃないでしょ。『今度からは絶対に殴るのはやめて』でしょ」

「だって、そんなこと言ったら」

「また殴られるの?」

「わかんない。でも、絶対、お父さんに嫌われる」

 ももちゃんはしばらく黙った。そして。

「そうやっていつまでもびくびくしてれば」

 ぞっとするほど冷たい声だった。

「夢は大事なことがわかってない。夢は自分のこと守らなきゃならないの。親に大事にされてない子は余計そうなの。じゃないとほんとうに夢のこと大切にしてる人がいやな想いをするんだよ」 

 わたしは、ももちゃんの側をすり抜けた。

「ももちゃんには、わかんないよ……」

 ももちゃんはまだ厳しい声で言う。

「わかんないってなにが?」

「ももちゃんは明るくてかわいくて、お話が上手。クラスのみんなも、ももちゃんが好きで。でもわたしは違う。みんなとなに話したらいいかわかんないし、誰かに好きになってもらえる理由なんてなんにもない。こういうわたしだからお父さんもお母さんも嫌いになったの。だけどわたし、またお父さんとお母さんと暮らしたい。なんで今それがぜんぜんできなくなっちゃったの。もうだめなんて思いたくない。思いたくないよ」

「夢……」

 ももちゃんがふいに顔を上げた。

 白石さんが遠くから、呼んでる。

「もも叶、もう行くよーっ」

 それでも、ももちゃんは動かなかった。

 こっちをじっと見てなにも言わない。

 その顔を見られなくてわたしは泣いたまま走り出した。


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