① 初恋の人をのぞきに

「どうも解せぬぞ、このももは」

 五年二組の教室で、ももちゃんはぐっとわたしに顔を近づけた。

 ぱっちりの二重瞼。睫も長くて、羨ましい。

 くるくるの黒い髪をきれいにポニーテールにして、グレーとピンクのボンボンをてっぺんで結んでる。今日もおしゃれだなぁ。

「駅ビルの星降る書店ってあそこ、大型書店でしょ。古本屋じゃないし。そもそも買い取りしてないよ」

「え、そうなの?」

「そんなことも言わず、とっさの機転でピンチを助けてくれるなんて。それ夢の王子様決定じゃん」

 ぱちっと両手を合わせてほっぺたに持っていき、うっとり顔をつくったももちゃんによると、わたしは最近ますますぼぅっとしてるんだって。

 今は一時間目が終わった休み時間。席で一人でなに考えてたのって訊かれて、つい答えちゃったんだ。

 一年前、引っ越してきたときに出会った星降る書店で働いてるお兄さんのこと、って。

 勘の鋭いももちゃんは、それって好きな人? ってたちまちぐいぐい押してきて、結局ぜんぶ話すことになっちゃった。

 ももちゃんになら、話してもいいかな、とは思ってたんだけどね。

 ふふっとわたしが一人笑ったそのとき、

「ねぇ、もも叶。今日一緒に遊ぼうよ。楽器屋さんで楽譜見たいの。付き合って」

 何人か女の子たちがやってきて、その中の一人、白石さんがももちゃんに言う。

 ももちゃんはクラスの人気者なの。

 一年前転校してきて、図書室で一人きりで本を読んでるわたしに話しかけてくれたんだ。

 難しそうなの読むんだね。おもしろいの?

 あたし、そういうの読んだことないな。教えてよって。

 そんなこと、今まで言ってくれる子いなくて、すごく嬉しくて、いっぱい本の話をした。

 ももちゃんも、わたしの知らないミステリーやライトノベルをいっぱい教えてくれた。

 それからずっと親友なんだ。五年生になって同じクラスになれたときは嬉しかったな。

 ピアノが上手で、合唱の時にはいつも伴奏をやってる白石さんと流行に敏感なももちゃんとは、好きな音楽グループの話で盛り上がれるみたい。それなのに、休み時間になるとももちゃんはいつもわたしのとこにきてくれる。

 なんでかわかんないけど嬉しくて、いろいろ話しちゃうんだ。

「ごめん。今日はちょっと大切な用ができちゃって」

 ももちゃんは顔の前でぱちんと両手を合わせて白石さんたちに謝る。えーという声が女の子たちから上がる。

「もも叶がいないとつまんないよ」

「みり、ほんとごめん。次は一緒に遊ぼ。約束」

白石さんたちが席に戻って行くと、ももちゃんはぐいっとわたしの腕をつかんだ。

「放課後さっそくその彼を見に行くよ!」

「えぇっ」

 わたしはびっくり。

「いいの? 白石さんたちと遊ばなくて」

 心配して訊くと、ももちゃんはちっちっと人差し指を振った。

「あのね、こっちは緊急事態なんだから! 夢の初恋の人を見に行かないわけいかないでしょ」

 強引に押し切られてとうとう、決まっちゃった。

 ふぇぇ。大丈夫かなぁ?


 放課後、しぶしぶももちゃんと星降る書店に向かった。  

 駅前通りに入って星降る書店が入ってる駅ビルのエントランスが見えてきたときだったんだ。

 ももちゃんはこんなことを言いだした。

「ね、クレープ食べてかない? 

 あそこの角曲がってちょっと行くとワゴンあるじゃん。今クリスマスキャンペーンで、絶賛ホイップ増量中なんだよ」

「え、だめだよ、買い食いなんて」

 はぁ~とももちゃんは大袈裟に溜息をついた。

「夢はなんでそう真面目なの? 時には校則をしなやかにかいくぐる柔軟な思考も大切。そういうのって本読むときにも役立つと思うよ」

「クレープ食べるのが、読書に役立つの?」

 ももちゃんの言うことは、ときどきむずかしい。

「わかったわかった。そんなに現行犯で先生に見つかるの怖いなら、あたしが鮮やかに二つ買ってきてあげる」

「あ、ちょっと」

 言うなりももちゃんは走り出してしまった。

 もう。食べてるところ見られたら意味ないと思うんだけどなぁってつっこむひまもなかったよ。

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