シークレットメッセージ

 翌朝。

 瑠璃は早々、登校してきていた。

 今日はある本を持ってきていた。昨日、原口と話をした『続編』である。

 約束したから持ってきたのだけど……実はそれだけではない。

 まだ生徒も少ない朝の教室。自分の席で支度をする瑠璃の目にはクマができていた。

 当たり前だ、眠れなかったのだから。あんなことがあって眠れるものか。

 でも、そのぶん考えた。

 勿論、どうするかについてだ。

「考えさせて」なんて口走ってしまった。

 けれど考える必要などないのである。だって答えなんて決まっている。

 とっさに言えなかっただけだ。

 だからただ、言うべきことを言う勇気を出すだけ。

 考えたのは、その勇気をどう出すのかということ。

 言わないわけにはいかないし、瑠璃自身だって、なかったことになんてしたくない。

 だからなにか、自分にできる方法で。

「あ……おは、よ」

 そこへ声がかかった。どきんっと瑠璃の心臓が跳ねる。

 顔をあげると原口がいる。今、登校してきたという様子だった。

「おっ、おはよう!」

 瑠璃は勢いよく立ち上がっていた。机の上に置いていた本を掴む。

 心臓はばくばくしていた。ついに、と思ってしまって。

 一晩で心の準備をしたはずなのに。

「あのさ……昨日……」

 原口がなにか言いかけた。ごめん、とかだろう。

 でも原口が謝ることではないのだ。だから瑠璃は、ばっと原口の前にその本を突き出した。

「こ、これ! 昨日約束した……」

 原口は、遮られたからかきょとんとした。それから不思議そうな顔になる。

 確かに約束はしたけれど、今、ここで?

 そんな顔。

「……ああ……」

 原口は戸惑ったようだったが、それでも受け取ってくれた。原口の手に本が移る。

「その! これから……読んでもらえると、嬉しいなって……」

「これから?」

 これから、とは朝読で、に決まっている。原口は首を傾げた。

 昨日の今日で? という顔になる。

 そこへチャイムが鳴った。朝読の時間がもうすぐはじまる。

「あ、はじまるな……じゃ、借りるよ」

 納得はしていないようだったけれど、原口はちょっと本を持ち上げて、自分の席へ向かっていった。瑠璃は、ほっとする。

 ほっとしている場合ではなかったけれど。

 そっと原口の姿を視線で追うと、自分の席へ着くところだった。支度をはじめている。

 ばくばくと速い鼓動が治まらない。だって、あの本には。

 もう一度、チャイムが鳴った。朝読の時間だ。

 教室のみんな、静かに自分の席で本を開く。

 原口も……瑠璃の渡した本を手にしていた。

 そこまでだった。瑠璃は視線を逸らして、自分の読みかけの本を開く。

 鼓動は速いままだし、顔も熱い。このあと原口がなにを見るのかと思うと。


 本の間。メッセージを挟んだ。

 昨日の原口の言葉への、返事。

 本当は昨日、言いたかった言葉。

 直接言えないから、紙に書いて挟んで、読んでもらうなんて、ずるいかもしれない。

 でも、それが自分らしいのかもしれないな、とも思う。


 瑠璃と原口。

 想いが通じ合うのは、五分間の朝読のあと。


(完)

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