二人きりの図書室で

「こないだのあれ、ちょっと長めだなぁと思ったんだけど、面白くて引き込まれちまったよ」

 ある放課後の図書室。本を選びながら小声で話をする。

 この間は瑠璃が自分の本を貸したのだ。図書室で本を借りていたけれど、瑠璃はたまに自分のおすすめも貸していたのである。

「良かった! あれね、続編があるんだよ。もし気になったら……」

 瑠璃の声は潜めていたけれど、弾んでしまった。

「え、マジか。読んでみたいな」

「じゃあ持ってくるね!」

 そんなやりとり。

 原口と一緒に図書室で過ごすようになって、もう半月以上は経つだろうか。毎回楽しかった。

 原口と話すのも、もう緊張しない。むしろ楽しいと思える。

 それは原口が憧れのひとだから、ではない。

 瑠璃の好きなことを肯定してくれて、興味を持ってくれて、自分でも楽しんでくれるからなのだ。

 同じことを一緒に楽しめるのは、すごく嬉しいことなのだと瑠璃は実感した。

「それにしても、相田には頭の中、読まれてるみたいだなって思うこともあるんだよ」

 不意に原口が言った。瑠璃はよくわからなくて「え?」と原口を見た。

「こないだのは、テニス好きな男子高生の話だったろ。それで俺は興味を惹かれてさ。最初はそれだったのに、ぐいぐい引き込まれてって、気が付けば読み終わってたんだ」

「あ……。あれは……」

 言われたことには恥ずかしくなった。

 テニスに打ち込む男子高生。

 確かにお気に入りなのだけど、そして原口も気になるだろうと思ったからだったからだけど。

 ……元々、瑠璃が興味を持ったのは原口と同じ『テニス男子』の話だったからなのだ。

 あからさまだっただろうかと、顔が熱くなる。

「テニスの話だったからってのはあるけど……悩みとか打ち込む姿勢とか、すごく共感したんだ。それで思った。相田にそれを知られたみたいだな、って」

 そう言われて余計恥ずかしくなった瑠璃であった。

 原口ときたらさらっと口にするものだから。

「でも、それが嬉しかったんだ」

 不意に原口がこちらに寄ってきた。

「わ!?」

 とっさに瑠璃は一歩、後ずさる。背中がとんっと本棚に当たってからやっと、はっとした。

 原口がこちらを見つめている。背が高いので、瑠璃を見下ろして。

 それがとても近かった。

 おまけに本棚に原口の手がつかれている。瑠璃を囲うような形だ。

「相田」

 原口の口が動いた。瑠璃を呼ぶ。聞いたことのないような声音で。

 突然のことに、ぼうっとしていた瑠璃。ただ原口を見上げるしかなかった。

 その目と視線が合って、とくりと心臓が高鳴った。

 黒い瞳は真剣な色を帯びていた。

 まっすぐに見られて、今度はどくっと高く跳ね上がる。顔が一気に熱くなった。

 こんな目で見つめられて、おまけにこんな間近で。

 わかっていた。これはなにか、特別なことなのだ。

 そしてこの状況で特別、なんてひとつしかない。

 原口の喉が動くのが見えた。次に出てきた言葉はやはりその通りのことで。

「相田が好きだ」

 瑠璃は固まった。まさかこんなことが、本当に。

 赤い顔と速い鼓動の心臓で、原口を見つめるしかない。

「俺の我儘な頼みだったのに、真剣に応えてくれて、俺のことを考えてくれて。一緒に過ごすうちに思ったんだ」

 静かに言われる。瑠璃を見つめながら。

「特別なひとになってほしいって。……俺と付き合ってくれないか」

 はっきり言われた言葉。告白の言葉。

 けれど瑠璃はなにも動けなかった。

 驚いてしまったのもあるけれど、展開についていけなくて。

 こんなこと、起こったらいいなんて思ったことは勿論ある。

 でもまさか実現するなど思わなかったし、それに。

 原口のこんな真剣な目。見つめられているのは自分の心の中のようだ、と思う。

 言うべきことはわかっていた。

「ありがとう」だ。

 だって、ずっと好きだったのだから。

 なのに口から出てこなかったどころか、瑠璃が意識する前に、体が勝手に動いていた。

「あ、あのっ、……か、考えさせて!」

 ばっと、走り出していた。原口の手がつかれているのとは逆のほうからするっと抜け出して、まるで逃げ出すように。

「あ! 相田!」

 後ろから声が聞こえたけれど止まらなかった。図書室を出て、廊下を走りながらも、心臓が冷えていった。

 なにを、考えさせてなど。

 一気に後悔が襲ってきた。

 考えることなどなかったのに。そのまま返事をするべきだったのに。

 動揺してしまった自分が腹立たしい。情けない。

 教室で通学バッグを掴んで学校を飛び出しても。

 瑠璃の心はいろんな思いでぐちゃぐちゃだった。

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