銀のエンゼルは 恋のエンゼル?

ちょこっと

第1話

「ぃやったぁああ! ついに、ついに五枚の天使が揃ったぞ!」


 銀色に輝く可愛い天使のイラストを高々と掲げて歓喜の声を上げる私。ざわつく教室が、一瞬静まり返った。思い思いに過ごす昼休みの貴重な時間だが、その場に居た全員が私に注目した。


「あ、あは、あー、えっと、うーれしーいなぁ……なんて」


 なんとも居たたまれない空気の中、だんだん俯いてしまう私から、みんなそっと視線を外してくれた。ありがとう。騒がせてしまってすまない、すまない、みんな。


 高校のお昼休みに、お弁当を食べた後でお菓子を一つ。何かしら誰かしら持ち寄ったお菓子を食べて居る私と数人の女子。そんないつもの日常に、今日は天使が舞い降りた。

 クエクエと鳴く不思議な鳥? が目を引く、お馴染みのお菓子。そう、森永のチョコボールだ。


「やったじゃん。小学校の頃から、ずっと集めてたもんね」


 私の前の席で、後ろ向きに座って私の机に頬杖ついてる友人から、若干呆れたような祝福を受ける。


「うん! 金なら一枚。銀なら五枚。初めて出会ったのは幼稚園の頃よ。ふふ、気付けば私も年を取ったものね。銀を五枚集めるうちに、もう高校生になってしまったわ」


「そぉーね。よくそれだけの間、集めた銀を無くさずに探し続けられたもんだわ。私なら、そんだけ探してる間に一枚二枚は無くしちゃうね」


 紙パックの苺牛乳をチューと口にする友人に、今ならなんと言われても腹が立たない。


「ふふふ、大事にお財布にしまっとこっと。帰ったら、早速ハガキに貼って送らないと……」


 今だ見ぬ、幻の缶詰へ思いを馳せる。午後の授業中、私の頭の中はキョロちゃんで一杯だった。





「一日千秋の思いで揃う日を夢見ていました、ついに揃ったのでお送りします。……よっし、ハガキ完成。後は切手……あ! そうだ郵送料って変わったんだっけ。お母さん、ハガキ出したいんだけど切手の十円とか一円のってある?」


 リビングでハガキに天使を貼って、今までの万感の思いを込めて一言添えた私は、台所で夕食の用意をしている後ろ姿へ声をかける。


「えー? ああ、今は六十三円だったかな。昔の切手貼ったの? じゃあ、郵便局で差額分頼んだらいいわ。ついでに、ちょっと買い物頼まれてくれる?」


「えー、買い物ぉ、私も忙しいんだけど」


「何よ、郵便局行く途中にスーパーあるでしょ。ほら、卵と牛乳とシチューのルーと……」


「待って待って、メモするから!」


 結局、おつかいメモを作って、私はスーパーへ向かった。





「えーっと、後は、マッシュルームとブロッコリースプラウト……ついでに、お菓子もちょこっと入れちゃおーっと!」


 お駄賃だもんねー。そう、心の中で呟いて、買い物かごへポンポンとお菓子を入れる。

 甘いものもいいし、しょっぱいのだっていい。あ! よっちゃんいかの白があるじゃーん! 三つ買っとこう。そうそう、明日みんなで食べるのに極細ポッキーにしようかな。あああ、どんぐりガムの袋入りミックスとかあるー!

 頼まれたものと、ついでにお駄賃もいくつか買って、ほくほくとスーパーを後にした。





「ただいまー、買ってきたの冷蔵庫の前に置いといたよ。お財布は食卓ね」


「遅かったわね、ありがと。って、何このお菓子ー! 買い過ぎよ」


「勉学に励む勤勉高校生には、お弁当だけでは摂取カロリーが足りないのですよ。母上。脳が活動するには確か糖分が必要ってどっかで聞いたような。つまりはこれは成績アップの為に必要な事なのですよ。ええ」


「はいはい。太って後で泣く事にならなきゃいいけどね」


「もー! 体育で散々運動してるから大丈夫ですー! お菓子持ってくね!」


 お菓子を持って自室へ戻る私に、後ろから、もうすぐご飯よー、という声が追っかけてきた。






「……無い、無い、無いっ!」


 晩御飯も宿題も終わらせて、明日の用意をしながら、郵便局へ行くのを忘れたと思い出した私。おつかい鞄から学校鞄へハガキを入れ替えようとして、ハガキを無くしたと気付いた。ひたすらに鞄をあさる。


「嘘でしょ……銀の天使。私の天使。やっと集まったエンゼルファイブ」


 高校生にもなって、本気で涙が滲んできた。


 神様、おつかいに行ったのに、お菓子ばっかり買った私への罰ですか? それほどまでに業の深い事でしたか? 集まった途端にチョコボールから他のお菓子へ浮気したからですか? ちゃんとハイチュウも買っていました。はいちゅうううううううう!

 ショックのあまり、脳内で叫んでしまう。ひとしきり懺悔? が終わって、がくりと力なく肩を落とした。


「私の……私の……幻の缶詰」


 夢は夢だから良いのだろうか。幻は幻のままという事だろうか。


 茫然自失の私は、死んだような目をして風呂に入り、早々に寝た。





「おっはよー! なーんか今日は暗いねぇ」


 前の席に座る友人の言葉も、今日は右から左へ抜けていく。言葉少なに事情を話す私。その日の昼休みには、私の机にみんながくれたお菓子で山が出来た。





 そんなお菓子好きな彼女の様子を、少し離れた席から見ている男子が一人。


 彼女の事情は知っている。昨日の昼休みに銀のエンゼルを掲げて喜びの声を上げていたからだ。よっぽど嬉しかったんだなと思いつつ、クラスで目立たない方の男子は特に彼女と関わる事なく過ごしていた。

 その日の塾の帰りの道で、彼は一枚のハガキを拾った。


 真新しく、ほんの少し前に落としたばかりですといわんばかり。そのハガキを拾って見れば、並々ならぬ想いを込めた文章と共に、丁寧に張られた銀の天使たちが微笑んでいた。

 なんとはなしに見て、文章の中にクラスの女子の名前を見つけた。彼女だ。住所もすぐ近く。ほぼほぼ確定で彼女だろう。今日、勝利の雄叫びみたいなのを上げてたし。彼は迷った。


 どうしよう。明日、学校で渡す? にしても、もしも、万が一、同名で近所の別人だったら?

 いやいや、流石にここまで揃って別人なんて事ないだろう。いや、それならあんだけ喜んでいたあいつがコレを落とすなんていうのもありえなくないか?


 沈思黙考。その場に立ち止まる事、数分。スマホを見れば、郵便局が閉まるギリギリ五分前。


 走れば三分で行ける。彼は走った。


 ハガキを持って郵便局の窓口へ駈け込んで、差額分を払う。


 郵便局を出ると同時に、受付が閉まった。


 良かった。これでいい。


 昼休みに見た、子どもみたいな笑顔の彼女を思い出す。

 話した事はない。クラスの女子のわいわいしたグループに居るから、目立たない自分とは全然関わる事は無い。でも、なんだか笑顔が可愛くて、気付けばたまに目が追ってしまっている彼女。


 彼女でも、そうじゃなくても、十数円で人助けが出来たなら、まあいいか。


 暗くなってきた帰り道を歩きながら、良い事をしたなと独りごちる。塾帰りの勉強疲れが、なんだか少し軽くなった気がした。





「ねえねえ! 聞いて! なんと、幻の缶詰が届いたの!」


 そんな些細な事件から二週間ほど経った教室で、朝のHRが終わるなり彼女の声が聞こえてきた。仲良い前の席の女子に、興奮気味で喋っている。


 あのね! 落としたハガキ、切手が足りなかった筈なのに、わざわざ誰かが足して出してくれたみたいなの! お菓子の妖精さん? いや、やっぱり天使は実在したのかもしれない。等々。


 聞いてると笑いが込み上げてきて、下を向いて誤魔化す。慌ててノートを出して、彼は予習のふりをした。



「まぁ、よかったじゃん。あんだけずーっと集めてたのに、あっさり落として無くすとかおバカだなと思ってたけどさ。ま、舞い上がってる時ほど失敗するもんだし、しゃーないからチョコボール集めに協力してあげてたウチへの感謝も忘れないでよね」


「勿論! ありがとうございますぅうう」


 ハッキリ聞こえてくる彼女たちの会話に、自然と彼の口角も緩んでいった。


 そういえば、このところ一週間ほど、彼女の机にはお菓子と言えばチョコボールの箱が集まっていた。女子でお菓子食べるってなると、必ず誰かしらがチョコボールを毎日持ってきてたみたいだもんな。

 なんだか、僕までチョコボールが食べたくなってきた。今日、塾の帰りに買って帰ろう。



「でね! 幻の缶詰の中身は、その時々で貰えるものが変わるみたいなんだけど……っじゃーん! 今回は、このキョロちゃんぬいぐるみも入ってたんだ」


 そう嬉しそうな声につられて視線を向ける。彼女の手の中には、手のひらサイズのぬいぐるみ。どこか間抜けで愛らしい顔のキョロちゃん。


「へー、見せて見せて」


 女子達の手に渡り、あっちへこっちへ。


「あっ」


 一人が落としてしまい、僕の足元へ。拾い上げると、慌てて彼女が寄ってきた。


「ごめん! 拾ってくれてありがとう」


 手を合わせるあいつに、渡す。


「ああ。良かったね。一日千秋の思いだったんだろ」


「え?」


 驚いて、目を瞬く彼女を友人が呼んだ。次は移動教室だ。


「あっ、うん、今行く!」


 そう言って駆けだそうとして、息を飲む音がした。一度背を向けた僕へ振り返ると、恥ずかしそうに小声で囁いた。


「あの……キミだよね? ありがとっ」


 それだけ言うと、踵を返して友人と慌てて教室移動していく。


 僕も急がないと、後五分位で授業が始まる。教科書なんかを手にして廊下へ出る。


 少し照れて赤くなった彼女を思い返して、なんだか僕も顔が熱くなった。



 次の移動教室で同じ班だと気付くまで、後五分。

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