青い光に導かれて

@Lunatic_Artist_Team

青い光に導かれて

 雲が近寄らないほどの熱気を保った太陽が、白く不健康な身体に容赦なく降り注ぐ。

 何年ぶりかの外は暑すぎるほどの熱気と、一帯に広がる蝉の鳴き声がして、今が夏なのだと改めて認識していた。

 郁波千尋は病院の屋上で、最後になるであろう季節を堪能していると遠くの方からサイレンの音が近づいてきた。

 (また誰か熱中症で倒れたのだろうか)

 次第にそれは私のいる所の下で止まったので柵越しに下を覗くと、慌ただしい様子の白衣を着た医者が、担架に乗せられた人に声をかけていた。それを目に私は不謹慎と分かっていながらあの人は助かるのかなと考えていた。

 私の命はもう短いのだろう。だから外出許可が降りて、今こうして屋上に来れているんだろうと思う。

 それまでは一般の病室ではなく、隔離されて治療を受けて来た。それが、急に一般の病室に移され外にも出歩いて良いと言われたら、病気が良くなったか、もう治らないかのどちらかでしかないだろう。

 今回の場合は後者だと感じる。まず、担当医が嘘でも良くなりましたねと言ってこない事。そして、何より自分の命がもう長くないことは自分が嫌でも感じてしまうからだ。

 二歳の時に発症したので、実に十五年振りに肌で感じる日差しはとても暑かった。と言っても小さい時の記憶がないので、この二〇一七年の夏が私にとって最初で最後の季節。他の季節を肌で感じることのないまま終わってしまうのかと思うと、少し寂しさがある。

「はぁ〜、秋ってどんな感じなんだろう」

 日本の四季はテレビでしか見たことがなかったけれど、夕日が綺麗で紅葉の美しい季節。観ていてそれが一番実際に観てみたいと感じた。

「風も気持ち良くて、何より食べ物と景色がすごく良い季節だよ」

 千尋の独り言に答える声があった。声の方を見ると女性が屋上の扉の側からこちらを見ている。スーツをピシッと着こなし、ボブカットのヘアスタイルと整った顔からは、仕事を完璧にこなす雰囲気が纏っていた。

「やっと見つけられた」

 千尋に聞こえないほどの小さな声量で呟くと、彼女は扉から離れてゆっくりと千尋が座るベンチに向かって行った。

 徐々に近づいてくると女性の表情が良く見えるようになってきたが、その表情を見て少し驚きを感じた。綺麗な顔は悲しく、今にも彼女自身が引き裂かれてしまいそうな顔だったのだ。長いボサボサの髪に、病院服と同じくらい白い肌の千尋を哀れんでいる表情に見えた。

「あの、あなたは?」

「あぁ、ごめんね。私は田島美優です」

「あ、初めまして郁波千尋です」

 綺麗にお辞儀をして挨拶をしてくれた美優さんに反射的に挨拶を返したけれど、看護師さん以外の女性とは普段話さないため、緊張のあまり声が上擦ってしまった。

 そんな私を見て美優さんは「ふふっ」と小さく笑うと、私の隣に腰を掛け、さっき独り言をこぼしていた秋について教えてくれた。

「秋は日本の為にある季節だって私は思う。日本って和の国だから、風情とかを大切にしてる人も多くいるの。そして紅葉も日本の和の一つで、辺り一面に咲いた紅い葉と、それが反射した湖を眺めるのは本当に最高なの」

「秋になるとそんなに綺麗な景色が見られるの!?」

 見たことのない景色を話してくれる美優の言葉にいつの間にか興味を持っていた。

「そうだよ街中の喧騒も車の走る音もない静かな場所で、見る人を引き込む魅力があってね」

「すごい!見て見たいなー!あっでも……」

 もう秋まで体が持たないから、今聞いた景色を見ることは叶わないと悲しくなり視線を地面に逸らした。

「大丈夫あなたは紅葉を見る事ができるわ。今回だけじゃないこれから先何年もだから楽しく過ごしてね」

 意味深な事を言い、肩に優しく手を乗せた。途端、千尋は睡魔に襲われてその場に倒れてしまう。

「今まで辛い思いをさせてごめんね……」

 気を失う最後に見た美優の表情は悲しげで、頬を伝う一粒の涙が見えた気がした。



 目を覚ますと、そこは最近移った病室の天井だった。

「なんで私ここに……。」

「千尋さん!大丈夫!?」

 少し慌てた様子の声がして徐々に頭が冴えてきた。そうだ、見知らぬ女性に秋について教えて貰っていて、それで……。

「そうだ!あの人は!?」

「キャッ!」

 先程、声を掛けてくれた看護師の腕を掴み、一緒に居たはずの女性について尋ねた。

「人……?」

「そうです!私と屋上に一緒に居たスーツ着た女性の……」

「屋上にはあなた一人で倒れていましたよ。まったく、外出しても良いとは言いましたけど、この暑さの中屋上に長居したらダメですからね」

 最後にため息をつかれてしまう。どっちにしろ、後少しなんだからと言おうとしたが胸のうちにしまった。今ここでこんな事言ったら看護師に、「何言ってるの!」とお叱りをまた受けてしまいそうな気がしたからだ。

「外出はしても良いですけど、長時間日光に当たり続けるのはダメですからね!それから……」

 一通りの注意事項を聞きながら頭の中ではさっきの女性の事が頭から離れなかった。

 あの人は何であんなに悲しそうな表情だったんだろう。それに、「今までごめんね」ってどういうことなのか。屋上での事を考えていると、また急な睡魔が襲ってきて、そのまま吸いこまれるように眠っていった。



「ん、あぁー」

 今度は横で心配してくる看護師も居らず、作晩よりは良い目覚めだった。

 昨日の昼からトイレに行っていなかったため、起きた途端強烈な尿意を催し、トイレに駆け込んだ。

 何とか間に合い、手を洗っていると何かが変な事に気が付いた。

 手が光っていない。千尋の手は白をベースに申し分け程度の肌色をした手がきちんと見えていた。

「なんで……」

 物心ついた時から光っていた私の身体。昔に医者にも光について話したが、「光っていないよ。病気の影響で視界がチカチカしてるだけじゃないかな」と軽くあしらわれたのを憶えている。

「もう死んじゃうからなのかな」

 原因は分からないが、ここ最近の体調を鑑みると自然とそう考えてしまう。



 それから一週間して診察室に呼び出された。

余命宣告か、はたまたもう助からない人を病院には置いておけないから退院してくれと言われるのか。

「郁波さん。あなたの体調が、ここ一週間で急激に良くなっています。このまま回復していけば、あと三日ほどで退院できます」

「え?回復?」

 医者から言われた言葉が予想外過ぎて十秒ほど考え込んでしまった。

「えぇ、私も驚きました。もう長くない命だと思っていたのですが、一週間前、屋上で倒れていた時からどんどん良くなってきているんです。実際もう退院しても問題無い状態にまできています」

 急な事で頭が全く追いついていかない。

 十五年も原因不明の病に蝕まれていたのに急に治った?そんなことが本当にあるのか?

「何か御自身でしましたか?」

 何かしたかなんて問われても心当たりなんて……。


『大丈夫あなたは紅葉を見る事ができるわ』


「あっ!」

「何か心当たりありました?」

 不意に思い出した。一週間前、屋上で出会った女性が最後に言った台詞。あの時は何を言っているんだろうとしか思わなかったが、あれから体調が良くなった事、今まで見えていた光が見えなくなった事。

 偶然とは思えない。きっとあの人が何か知っているに違いない。そして、あの女性に病気の事、青白い光の事を聞かなければいけない。そんな気がする。

「あの人を探さなきゃ!三日後、退院できるんですよね!?」

「う、うん。このまま問題がなければですが……」

「ありがとうございます!」


 茜色に染まる景色。

 先程までうるさいほど聞こえていた蝉の鳴き声も静かになり、夜の訪れを静かに知らせてくれる頃。郁波千尋は十五年暮らしていた病院を退院した。



 冷たい飲み物もあっという間にぬるくなってしまいそうな暑さの中、ある一つの病院がこの日射しにも負けないほどの明るさで青白く光っていた。

「あれが、私が持っていた不運なのかな?」

 私、田島美優のせいで苦しませてしまっていた六人の人の内の一人。

かつて私は、自分が良ければ他の人はどうなっても構わないと思い、いないと思っていた神に願ってしまった。

 そのせいで関係のない人達が、およそ十五年ものの間、私達が一生の内に受けるはずだった不運を肩代わりさせてしまっている。

 幸いにも、不運を私自身に戻す方法はあった。これに気づいたのはつい最近だけれど、いや、見えなかったフリをして蓋をしてしまっていただけ。

「見つかって良かった」

 地元の病院から隣の町、他県にまで足を伸ばしてやっと見つけられた一人目。

 何ヶ月もかかった事もあり、安心感が強く湧いてきた。本当に私の不運が他人に移ったのか、もう亡くなってしまっているのではないかという焦りがあったからだ。

 近くまで来ると、青白い光は屋上で強く光っているのが見て取れた。

 どこから屋上に向かったら良いか分からず、御見舞いでもないのに、その辺うろちょろしてたら不審者扱いされそうだったので、ずっと誰も使っていないであろう錆の付いた非常階段で屋上へと歩みを進めた。

 屋上に着くと、そこには身体の周りに青白い光を纏い、悲しみの表情で空を仰いでいる高校生ぐらいの女の子がいた。

「はぁ〜、秋ってどんな感じなんだろう」

 ベンチに座っていた女の子が、手を空に向かって上げながら独り言のようにポツリと呟いていた。

「風も気持ち良くて、何より食べ物と景色がすごく良い季節だよ」

 私はこの子と仲良くなるためになんとか会話をしなくてはと思い、独り言に対して季節の良さを伝える事で答えた。

 この人で間違えない。一目見てそう確信した。

「やっと見つけられた」

 女の子の座るベンチの前に立ち、秋の良さについて私の知っている情報を伝えていると、目をキラキラさせながら聞いていた表情が不意に悲しげな表情に変わった。言葉にはしていなかったが、もう寿命が長くないのだと伝わってきた。

 (私のせいで、この子はずっと病室生活だったんだもんね。見たことない季節、見たことないもの。その気持ちは、普通に生活している人より遥かに大きな気持ちとしてあるんだろうな。でも、もう大丈夫。君はこれから色々なものを見て触れていける。)

「大丈夫あなたは紅葉を見る事ができるわ。今回だけじゃないこれから先何年もだから楽しく過ごしてね」

 だからこれまでの分、沢山楽しんで。

 私のせいなのに楽しんでなんて口にできなかった。だから今言える言葉はこれしかない。

 どうか謝れない私を許して。



 緑色の葉をつけていた木々が、黄色や紅色に移り変わり、吹く風が冷たく秋も終盤に差し掛かった十一月中旬。

「十二月に近づくと、こんなにも寒くなるんだ」

 千尋はタートルネックタイプの白色ニットの上に灰色のコートを身に着け、夏とは違う景色を眺めながら一人歩いていた。

 およそ三ヶ月前、女の人と屋上で出会ってから体調はみるみる良くなっていき、医者に呼ばれた三日後に退院した。

 今は十五年間寝たきりで失われた体力を取り戻すために、こうして散歩をしている。飽きもせず毎日続けられるのは、見ている景色が少しずつ変化していくのが楽しくて仕方がないからだ。

 今まで見ることのできなかった外の景色、肌で感じる気温の変化、徐々に移り変わって行く風景。どれもが初めて体験するもので、楽しさと感動で心の中が充実しているのが分かる。

 吐く息は白い色を持ち、空気中に溶けて消えて行く。これがたまらなく好きで無中になっていると、いつの間にか辺りが真っ暗になっていた。

 どれくらい歩いただろうか。

 気づくとそこは見たことのない場所であった。散歩に夢中で知らないところまで行くことはしょっちゅうだったので、慌てたりはしなかった。

 家に帰るべく来た道を引き返そうとした時、ビルの灯りや車の灯りとは違う青白い光が建物を包み込んでいた。

「あれって……」

 見間違えようのないあれは、十五年間見えていた光。

 三ヶ月前から見えなくなっていた光が、どうして急にまた見える様になったのか。

 わからない。でも、なぜかそこに行かなくては行けない。そう思うと、私の足は青白く光る建物に向かっていた。



 しばらく歩くと、青白い光に包まれていたのが病院であると分かった。

 (これってもしかして、私と同じ病気の人がいるって事?)

 入り口付近に着くと、車椅子に乗っている女の子が青白い光に包まれていた。そして、その女の子の目の前にスーツを着た美優が立っていた。

「あのスーツ姿の女性ってもしかして……」

 屋上で出会った女性に凄く似ているそんな気がした。

 ここからじゃ遠くて顔がはっきりと見えなかったから少し近づいてみると、二人の顔が青白い光に当てられて暗闇でも良く見えた。車椅子に乗っている子は見たことがなかったけれど、スーツ姿の女性はやっぱり屋上で会った人と同じだとすぐに気付けた。

 (何でここにいるんだろう?)

「何で私なの!?」

 急に大きな声で叫ぶのが聞こえて、思考が一瞬止まった。

 そのまま、女の子は勢いに任せて車椅子に乗ったまま美優のお腹を殴ったが、美優は少しも痛そうな素振りを見せなかった。一度殴られたお腹に視線を落とし、悲しそうで申し訳なさそうな、千尋が屋上で最後に見た表情と全く同じ表情をしていた。

 しばらく殴られたお腹を見た後、女の子の肩に手を乗せ、あの日私に言ってくれたことと同じ言葉を言っていた。

「今まで辛い思いさせてごめんね」

 それを聞いた女の子は怒りからか顔を赤くし、更に殴りかかろうとした途端、力が無くなったかの様にその場に崩れ落ちた。

「え?」

 一体何が起こったのかわからず困惑するしかできなかった千尋とは違い、こうなる事が分かっていた様に美優は女の子が地面に落ちない様に支えていた。

 そして千尋の目には更に困惑する出来事が起きていた。

 女の子を纏う様に光っていた青白い光が、空で一つに纏まり菱形を成して美優の体内に溶ける様に吸い込まれていったのだ。

 (どうなっているの?あの人は何を?それにあの光が女の子からなくなってそれで……)

 目の前で起きている事柄に理解が追いつかず、その場で固まってしまう。

 その間にも美優は女の子を病院の入り口まで運び、千尋のいる方に歩いて向かってきていた。原密には千尋いる方ではなく、病院から離れるべく帰る道に千尋がいただけだが。

 千尋は咄嗟に近くにあった木の影に身を隠した。

 (なんで隠れちゃったのー!あの人なら、青白い光の事知ってるかも知れないから聞かなきゃいけないのに……)

 咄嗟に隠れて一人唸っている千尋には気付かず、美優はそのまま通り越そうとしていた。

 (このままでいいのかな?)

 今聞かなければこの先ずっと知らないまま終わってしまう、そんな気がして今度は咄嗟に手を伸ばしていた。

「キャッ!!」

 千尋の伸ばした手は、病院を離れようとしていた美優の二の腕をしっかりと捕らえていた。凛々しい姿の美優からは想像できなかった可愛らしい声に、掴んだ千尋さえも少し驚いてしまった。

「あの、一体なんでしょ……」

 美優は振り向きながら少し怯えた様な声で用件を尋ねようとしたが、その言葉を自ら途中でやめてしまった。

 完全に振り向いた美優の顔には、驚きの後に病院の屋上で最後に見せた悲しそうで申し訳なさそうな表情をしていた。

「またその顔だ」

「何か言いました?」

「あ、いえなんでも……」

 無意識の内に出てしまっていた。言葉を慌てて否定したが、ここで何でもないと言ってしまったら帰られてしまうのではないかと思い、こちらも言葉を途中で区切ってしまう。何か言わなきゃ。そう考えるほど、脳内には何も言葉が浮かんできてはくれなかった。

「あの、私青白い光見えてました」

 どれくらい経ったか、あるいは全然経ってなかったのか。

 ようやく絞り出した言葉が、傍から聞いたら何言ってるんだこの人と思われてしまう様な言葉を選んでしまった。

 (何やってるんだ私!いきなりそんな事言ったって伝わるわけないのに!)

「まだ、見えてるの?」

 自分を自分で叱り付けていると美優は驚いた様な声音で、おそらく私達にしか分からない返答を返してくれた。

「見えてます」

「自分から?」

「いえ、この病院から出ていたのが」

「そう」

 一見冷たそうな言葉に聞こえたが、美優は安堵の表情を浮かべていた。

 でも、それだけじゃなかった。安堵の中にどこかこちらに対して申し訳ない様なそんな表情にも見えた。

「じゃあ、私はもう行くね」

 もう確認したい事が済んだのか、千尋から呼び止めたにも関わらず、話を遮って帰りを急ごうとする美優を慌てて止めに入る。

「待ってください!あの光は何ですか!?なにか知っているんですよね?」

 踵を返そうとしていた美優に問い詰める様にして、ずっと聞きたかった事をぶつけた。

 振り向いた美優は千尋の正面を向いてしばらく考える素振りを見せた。

 (これは、伝えたほうがいい事ではあるけど、伝える事によって恨みを持たれてしまうのではないかと考えると話すのが怖い。私のせいで巻き込んでしまったのにこんな風に思うのは変だってのは分かっているけど、でもこれは話さないといけない。だってこの子は私のせいで十五年間も……)

 覚悟を決めた表情をした美優は千尋に向き合い、何があってこの光が見えるのか十五年の病気がなぜ治ったのか全部話す事を伝える。

「ただ、全部聞いても私を殺める事はまだしないで欲しいの。まだやる事が残っているから」

「殺すなんてそんな事するわけ」

 真剣な表情で今の時代そんな聞くことのない言葉を聞き、慌てた様子を見せる千尋に一度優しく微笑むとベンチに座る様促してくれる。

 長い話になるのか、「何か飲む?」と美優にホットココアを買ってもらい、寒空の下で冷え切った手を温める様に両手でココアを包み込む様に握っていると、同じくホットコーヒーを買った美優が千尋の隣に腰掛け、コーヒーを一口含んだ後、夜空を眺めながら青白い光の事について話してくれた。

「順を追って話すから長くなっちゃうけど、まず十五年前の高校一年生の夏。私はクラスの一部の人達に虐められていたの」

 いじめなんて、ほとんどの学校で行われていると思う。例えば、靴を隠される。給食のスプーンを落とされて、散々踏まれた後スープはお椀に戻され、かき回される。鞄を水浸しにされる。

 私もいじめられいて、今挙げた例は毎日の様に受けてきた。でもこれらはまだ我慢ができた。私一人が我慢していれば良いだけだったから耐える事ができた。

 だけどあいつらは、私の家族、よりによって祖母をすらターゲットにしたんだ。

 元々私の家は母子家庭で、母は夜遅くまで仕事をしていて、夕飯とかは全部祖母が作ってくれていた。

 祖母と過ごす時間も母より長かった影響もあり、おばあちゃん子だった。

いじめられて帰ってきても、いつも何も言わず温かいご飯を作ってくれて、水浸しになった鞄も教科書も、私に隠れる様にこっそり乾かしてくれていて、すごく嬉しかった。

 いじめを受けている人は誰かに知って助けて欲しいって気持ちが強いと思うんだけど、私は逆に知って欲しくなかった。母が知って学校にこの事話したら?そしたら、いじめはより悪化する。そう思うと変わらなくていい。このまま高校生活が過ぎ去るのを待っていたい。我慢するのは慣れていたから。

 でも、ある日の放課後、毎日必ず私の鞄で遊んでいた連中がこの日だけは何もせずおとなしく帰って行った。

 その時はいじめるのにも飽きてきたのかな程度にしか思ってなく、大して気にする事もなく学校を出る。

 家の近くまで来るとスーパーの袋を持って信号待ちをしている祖母を見かけ、手伝うためにと近づこうとすると、私をいじめていた連中が祖母の後ろに立っていて、何か嫌な予感がした。

「おばあちゃん逃げて!」

 咄嗟に叫んだけど、歳のせいで耳が遠くなっていた祖母に私の声は届かなかった。

 私が叫んだのとほぼ同じタイミングで、いじめっ子連中が祖母の背中を思いっきり押した。

 急に後ろから押され、足に踏ん張る力を入れてなく押されるがままに身体が前へ出されると、タイミング悪く走っていた車に轢かれた。

 いや、あいつらはタイミングを見計らっていた。車が来るタイミングで祖母が轢かれるように押し出したんだ。

 咄嗟の出来事に頭の中が真白になった。条件反射のように、気づいたら祖母に駆け寄っていた。

「おばあちゃん大丈夫?」

 私はそれしか声をかける事ができずにいた。

 しばらくすると、誰かが呼んでくれたのか、救急車のサイレンの音が聞こえてきて病院に運ばれて行った。

 あの時放心状態だったのでどうなったかは後で聞かされたが、いじめっ子達は逮捕され、おばあちゃんは一命は取り留めたが意識が戻らない状態になってしまった。

 だけど、これだけじゃ済まなかった。

 逮捕された男の父親が母が務める会社の重役の人で、母は会社内で虐めを受け始めた。

 まず、大幅に減給され、パワハラも受けるようになった。

 祖母の治療費や家賃などもあり、減らされた給料じゃ生活なんてできず、バイトを始めようにも毎日終電ギリギリまでのサービス残業もさせられ、このままでは肉体を壊してしまう、そんなきつい扱いを受け始めた。

 だけど、まだ慰謝料がある。裁判をして慰謝料を貰えば、祖母の治療費に使う事ができる。

 そんな期待があったが、それもすぐに崩れ去った。

「裁判を取り下げろ。そうしないとお前をクビにする」

 あまりにも残酷な提案をされたのだ。

 そんな提案受け入れなければ良かっただけなのだが、母は学校も高卒、年齢も五十代でこの状況で娘と祖母の面倒もみないといけない。今ここで仕事をクビにされてしまっては、次の探してが見つからない可能性の方が高い、だったらここは裁判を取り下げて今の会社で雇って貰うしかない。それしか考えられないほど母は追い詰められていた。

 最終的に重役が提示してきた条件を飲み、事件は事故として処理され、母は祖母の治療費と自分達の生活費を工面しないといけなくなり、今までの倍近く、生活が苦しくなっていった。

 だけど、私がバイトを始めた事もあり生活は何とかできていた。

 でもそこに、更に不運が重なった。

 ある日、母が過労で仕事中に倒れてしまった。

 もう生活もままならない。このまま餓死するしかないのかな?

 一人ぼっちになってしまった家で、真っ暗な道しかない人生を考えているとふつふつと怒りが込み上げてきた。

「どうしてこうなった。私達は何も悪くないのに、全部全部あいつらが悪い。あいつらだけが……いや違うな、私が虐められてるのを無視していたクラスの連中、母の置かれている状況を見て見ぬふりをした会社の連中。そうだ、この世界の皆んなが悪い。私達だけがこんなに不幸なのはおかしい。みんな不幸になればいいんだ。私達が受けた不幸。これから更に受ける不幸みんな私達以外の人が受ければいいんだ。『神様どうかお願いします。私達を不幸から救ってください。他の人はどうなってもいいので』」

 こんな意味のない願い事なんかしても何も変わらないとそう思っていた。

 だけどその瞬間、私の周りを青白い光が包み込んだ。

 

 

 携帯電話の着信音で目が覚めた。

 青白い光に包まれた感覚の後、どうやら眠ってしまったみたい。

「はい」

「田島美優ちゃんですか!?」

私の眠たそうな声とは逆に慌てたような声で話しかけてきたのは、病院の看護師だった。

「おばあちゃんが目を覚ましたので、至急病院に来てください!」

 祖母が意識を戻したと聞いて嬉しさで満たされ、急いで準備して祖母のいる病院へと向かった。

 部屋を出る瞬間見た事もない手紙が机の上に置かれていたが、その時これに気づくことはなかった。

 病院に着くと、祖母はベットに横たわり本を読んでいた。

「あら、美優ちゃん来てくれたの?にしても病院は退屈ね。お金払わないとテレビも見せてくれないのよ」

「おばあちゃん・・・」

「心配かけたわね。」

 私の涙を堪える姿を見て祖母は優しそうに微笑むと、こっちにおいでと優しく語りかけてくれる。

 吸い込まれるように胸元に行くと優しく頭を撫でてくれた。それが心地よく、そして安心感から猛烈な睡魔に襲われそのまま眠ってしまった。



「ふあぁあ」

「やっと起きたのね。」

「まったく、いつまで寝てるのよ」

 優しく語りかける声と少し呆れたような声がほぼ同時に聞こえてきて、優しい方は祖母だとすぐに分かったが、もう一方は誰だろうと振り向くと仕事終わりの母がいた。

「お母さん、なんでいるの?」

「なんでじゃないわよ。おばあちゃんが目を覚ましたって聞いて、仕事終わりに慌てて飛んできたんだから」

「そっか、でもこんなに早く終わるなんて珍しくない?」

「実は、裁判取り消せって言った上司が今日でクビになってね。それで仕事も定時で帰れるようになったし、今までの不当な減給分とサービス残業してたお金も貰えるようになったのよ」

「じゃあ!」

 これで裁判も起こせて、あいつらにも正当な罰を与える事ができる!

「これで今までと何も変わらない日々になるよ。沢山心配かけてごめんね?」

「うん。良かった。」

 祖母の事、母の仕事の事。全部が前と変わらない状況になった安堵から、子供みたいに泣きじゃくる私を再度祖母と母が優しく抱きしめてくれた。

  

  

「これで全部上手く収まった。そう思い十五年間過ごしてきた。でもこれで終わらなかった。代償が必要だったなんて全く気づかなかった」

 残った缶コーヒーを一気に飲み干し千尋に、「大丈夫?」と尋ねた。ここまで長い話をしてしまって疲れていないか、帰る時間は平気か、その辺りを心配してくれた問いに、「続きを聞かせてください」と答える。

「分かった。続きを話すの、町外れの病院に向う流れでもいい?」

 病院?何でここの病院じゃだめなんだろうか?

「あと一人なの。それも後で説明するけど、多分町外れの病院にいるから」

「分かりました。一度、親に確認取ってからでも良いですか?」

「えぇ」

 少し美優から離れてスマートフォンを取り出し、母に電話をかけた。最初は怒ったような声で反対したけど、一時間に一回連絡を取る事を条件に許しを出してもらった。過保護すぎやしないかとも思ったが、今まで病院生活だったから体調を気遣ってくれていると思うと安心した。

「許可出ましたので行きましょう」

「ありがとう」

 ベンチに未だ座っていた美優は立ち上がると、空いた缶をごみ箱に捨て、付いてきてと促してくれる。



 病院までは最寄りまで電車で行って、そこからは歩いて十五分くらいと結構遠い所にあるみたいだった。

 電車代がないことに気づいた千尋は一度取りに帰ると申し出たが、ここは私が出すから大丈夫と美優が払ってくれた。

 電車に乗っている時は流石に人目もある為か続きについては話さず世間話をして過ごした。

 電車に揺られる事、五十分。ようやく降りた場所は畑が広がっていて、凄く静かな場所だった。

 こっちと促され、駅のホームに向かうと改札が一つだけポツンとあり、駅員さんもいない。いわゆる無人駅だった。

「ごめん、急がないと終電がなくなっちゃうから」

 初めて見る無人駅に興味を示していると美優に急ごうと言われ、もう少し見ていたかったのを我慢して後を早足で追いかける。

「今から一ヶ月半前、都内に転勤する事になったから引っ越そうと荷物整理していた時にね」

 街灯も人通りもない暗い田舎道なので、決して大きい声を出しているわけではないのに、少し前を行く美優の声は大きく聞こえた。

「学習机の中に詰め込まれた学生時代のプリントや、やり取りした手紙を見つけ、

懐かしさについ読んでいると、宛名も書いてない一枚の手紙が混じっていたの」

 手紙は焦げ茶色の紙で、触れれば崩れてしまいそうな脆さがあったが、元々そういう紙なのか、触れても崩れ落ちるようなことはなく、ましてや肌触りが凄く良く感じた。

 中を開くと筆ペンで文字が書かれていた。

 その文字は達筆すぎて、読むのに苦労したがこう書かれていた。


 田島美優。あなたの、『私達を不幸から救ってください』この願いを私が叶えてあげる。

 だから、これからはもうあなたと母、祖母には不幸は一切起こらない。虐められる事も、交通事故に遭う事も些細なミスも一切起こらなくなる。

 だけど、無償で人を救う事なんできない。

 だから、あなたが、『他の人はどうなってもいいので』と言ってくれて助かったよ。

 救いと試練。これが成立しないと救うことができないから。先ほどのが救いでこれから言うのが試練。

 これを読んでどうするかは自由だ。行動次第であなたの人生が変わることはないから安心して。

 では試練だが、あなた達家族が一生のうち受ける筈だった不運を関係のない六人に与える。


「祖母が良くなってから本当に悪い事は起こらなくて、むしろ良い事が沢山起きていたからこれは嘘じゃないんだとすぐに理解した」

「それって、美優さん達の不運を私達が今まで受けてきたの?」

「うん」

 千尋から出た声は本人が思っていたより冷たく、美優の心臓を突き刺してくる物だった。

 話を聞き、真先に浮かんだのはどうして私達でなくちゃ行けなかったのか。何でいじめてた人たちではなく、私達だったのか。分からなくて、美優も知らないと分かっていても問い詰めてしまう。

「なんで私達だったのですか?その虐めてた人達じゃダメだったのですか?」

「ごめん」

 謝ることしかできないのが情けなく、泣きそうになるのを堪える事しかできない。

「私たちあなたに何かしちゃいましたか?」

「ううん」

「ただ普通に産まれてきて小学校、中学校普通に卒業して友達も沢山いて、そんな他の人は過ごせている当たり前があなたのせいで過ごせなくなっちゃったんですよ?確かに、あなたもいじめられていたから楽しい学校生活ではなかったかもしれません。でも私達は体験したくないですけど、それを知る機会すら与えられなかったんですよ?失った十五年間はどうしたらいいんですか?戻ってこないんですよ?」

 美優にとっては辛く行きたくすらなかった学校も、千尋にとっては行ってみたかった。色々な事を知りたかった。それを千尋に言われることがこんなにも苦しくて、辛いことだなんて思いもしなかった。

 ここで泣いたら駄目だ。本当に泣きたいのは、本当に辛いのは私ではなく長い間苦しんできた人達だから。

 頭ではそう分かっていても溢れ出る涙を止められなかった。

 「なんで美優さんが泣いているんですか!?」

 泣いている私を見て千尋は声を荒げたがその声は震えていた。

 そんな千尋を見ていると、初めて千尋や他の私の被害者である子達を見ている気分になった。

 私のせいでこんな目に合わせてしまった申し訳なさと、彼女らが経験したであろう事を思うと辛くなってくる悲しさ。その思い出胸が強く締めつけられる。

「またその顔だ……。どうしてそんな顔するんですか!?私に初めて会った時もそうでしたし、さっき他の子の前でもその悲しそうな顔していました!そんなふうに思い詰めるなら、どうして今更私達の前に現れたんですか!?私はもう死ぬ。短い人生だったけど、そんな物だって受け入れてそれで……」

 千尋は泣きじゃくりながら自分の思いを必死に伝えてくれていた。

 そんな姿を見ていても立ってもいられなくなり、美優の小さくか細い身体を優しく抱きしめていた。

「そんな事したって私は許せないです!」

「許して欲しいなんて思ってないから」

「だったらどうして……」

 (今更助けようとするの?)

 その言葉は美優が強く抱きしめたから言葉になる事はなかった。

「ごめんね。許して欲しいんじゃなくて、自分が許せなくて救ってあげたいと思って。これが終わったら私はもう貴方達の前から消える。それで貴方達が救われるとは思わないけど、でもいちゃいけない気がするから」

「そんなの勝手過ぎます!全部終わったらいなくなるなんて無責任じゃないですか?不運を取り除いたらさよなら無責任ですよ。この先私達はどうすればいいんですか?学力も何もない状態で生き抜くなんて、ほとんど無理ですよ」

 確かに千尋達は幼児の時から寝たきりで、勉強もまともにできていない。でも、年齢は十七歳だから早ければあと一年で働く。大学に行くにしても数年は勉強に費やさないと入れはしない。

 そんな状態で放っておくのは確かに無責任なんだと思う。

 (でもどうしたらいいの?だって私は……)

 千尋は美優に抱き付いたまま顔を上げ、真っ赤に腫れた目でじっと見つめた後真剣な表情になった。

「だから皆んなが自立するまで面倒を見てください。それで全部が許せるわけではないですが、そこから始めないと私も、美優さんも本当に救われた事にはならない気がするんです」

 千尋の言葉を受け、一瞬迷うような表情を見せたが、何かを覚悟した表情で千尋の提案に「わかった」とたった一言だけ。



「美優さんて今なんのお仕事されているんですか?」

「今はLATって所で働かせてもらっているわ」

「えぇ!?めっちゃ大手じゃないですか?」

「まぁ運良く入れただけなんだけど」

 自分の中の物を吐き出したからか、千尋はすっきりしたような顔になり、テンションも上がっているように感じた。

「役職は付いているんですか?」

「まぁ一応、課長はやらせてもらってるけど」

「大手企業の課長なんて運だけじゃ絶対に慣れないですよ!」

「たまたま担当していた仕事が成功して、ここまでこれたって感じかな?」

 千尋のあどけない表情を見ていたら、私も笑顔になっていた。

 これまで負い目を感じていたのが、かなり年下の千尋が気付かせてくれた事によって自分の中に引っかかっていたシコリが取れたような気がした。

 不運を取り除く事が最善だと思っていて、その後の事は何も考えてあげられなかった。

 でも、それじゃ不充分だと千尋が教えてくれた。

 この先、この子達が生きていくための道を示してあげる事までが役目であり、神が出した試練に対する私の答え。

 話が盛り上がっていると、ふと視界にもう見慣れた青白い光が映り込んだ。

「光だ……」

 千尋は青白い光を懐かしむような瞳で見ていた。

 自分を苦しめた物なのに嫌じゃないのかと思ったけれど、千尋の表情を見たらそんな言葉は口から出なかった。

「これでやっと、皆救われるんですね」

 最初に会った時の悲しみの表情ではなく、優しい微笑みの表情だった。

「うん。この人で六人目。最後の人。かなり待たせてしまったから早く行こう?」

 最後の一人を見つける事ができ、早く助けてあげようとする気持ちから、私の足は自然と早足になる。

 光の出ていた病院の入り口付近で足を止めると、少し遅れて千尋が息を切らしながら待って下さいと言っていた。

「ちょっと早過ぎですって、私走ったことなんてないんですから」

「ごめん、つい……」

「いいですけど、ちょっと待ってください」

 両手を膝に乗せ、ゼェゼェと息を吐いた後、ゆっくり深呼吸をして、「よし!」となぜか気合を入れる千尋。「行きますか!」と病院内に向かおうとしている千尋に、ちょっと待ってと声をかけた。

「病院内には私一人で行くよ?誰かに見つかっちゃたら大変だし、それに混乱を抑えたいしね」

 もう千尋の時みたいに隠してやり通すのはやめにしたいから。全部話す必要があるから。だから混乱をなるべく避けるために一人で行って全て話したいそう思った。

「分かりました」

「ありがとう」

 一度青白く光病院を見上げ、「よし」と自分の中で気合を入れて最後の一人が待つ病院に歩いて行った。



 病院に歩いて行った美優の背中が見えなくなった後、駐車場のタイヤ止めブロックに座り光を眺めていた。

 私、この先どうしよう。美優さんには面倒見て下さいって言ったけど、それはせめて高校卒業まで支援して欲しいと思ってるわけで、その先大学に行くか就職するかは自分で決めないといけないことだもんね。

 でも先の事なんてまだ上手く考えられないな。

 病院でしか生きていけなかった今までとは違って、これからは沢山、色々な事ができるんだもん。

 今は色々な事を経験したい気持ちが強い。

 今までは読書しか楽しみがなかったけど、沢山の場所に行って沢山の事経験して、そしてその中から自分の好きなこと将来なりたい事をゆっくり探してみよう。

「取り敢えずは紅葉が見てみたい!」

 秋はもう終わりに差しかかってきているのに、まだ秋っぽい事何も出来てない気がする。

 退院してから体力回復を兼ねて散歩しかしてない。旅行なんてまだ駄目だと両親にも反対されていたから、テレビでみた綺麗な紅葉も、紅葉を見ながら食べるお芋もまだ体験してない。

 (でも、紅葉ってまだ間に合うのかな?)

 そろそろ微妙な気がしてきた。散歩道の途中にあるイチョウの葉も徐々に落ちて来ちゃってるし。

 (美優さんに聞いたらわかるかな?てか一緒に紅葉見に旅行に行ってみたい。)

 美優さんの事まだ全部許せないけど、もっと知りたい。友達になりたいと思う気持ちがある。まだ全然知らないから許せない部分があるんだと思う。だから色んな事話し合って色々経験して許していきたい。

「どこか紅葉が綺麗な所ないかなー」

「この辺に凄い綺麗な紅葉スポットがあるよ」

 私の独り言に答える声がしてビクッと体が少し跳ね上がった。

「美優さんか、驚かさないでくださいよ。不審者かお化けが来たのかと思っちゃいましたよ」

「あなたをさらいに来た宇宙人かもよ?」

「なんでそこで宇宙人が出てくるんですかー」

 美優のジョークに笑っていると病院の光が消えている事が分かった。

「終わったんですね」

「うん、全部終わったよ」


  

 最後の一人の不運を全部が元あった場所ではないけど、全部、田島美優、私の中に返す事ができた。

 これで大事な部分は終わり。後は……。

「この後まだ少し大丈夫?」

「はい、もう少しであれば大丈夫ですけど」

 先ほどのジョークとは雰囲気が違い、真剣な眼差しで見つめる美優に千尋が動揺しているのが伝わってくる。

「ありがとう。そんなに時間はとらないと思う」

「いいえ、ここで話しますか?」

「ううん、ちょうどいいし紅葉の場所連れて行ってあげる」

「いいんですか!?」

「うん、是非見て欲しい」

「ありがとうございます!」

 紅葉のワードを聞いた途端、笑顔になって食い気味に来る千尋に今度は私が動揺してしまった。

  


「着いたよ、ここが見せたかった場所」

「うわー!凄い綺麗!」

 美優が案内してくれたのは私が思っていたよりも遠い場所にあり、街灯もない山の中ひたすら歩くとその場所に出た。

 そこには湖が広がっていて、その湖を囲うように綺麗な紅葉を付けた木々が立ち並んでいて、月の光を受けて湖に反射していた。

 その風景はどこかこの世のものじゃないような美しさがあり、思わず息をのんだ。

「こんな綺麗な所があったんですね!」

「うん、ここ知ってる人地元の人しか居ないからね」

「そうなんですねー、って美優さんここが地元なんですか!?」

「そうだよ、言ってなかったけ?」

「初めて聞きましたよ!って美優さん?光が……」

 水面に近づき、月を見上げていた美優からは青白い光が出ていた。その光は私が纏っていた光よりも強く、月明かりにも負けないくらい光っていた。

「もう時間ないみたい、こうなる事はわかってた。だから最後にここに来たくてね」

「最後……。やっぱり、いなくなっちゃうんですか?」

「気付いてたの?」

「はい。私達の面倒見てくださいって言った時、戸惑うような表情してましたもん。最初は嫌なのかなって思ったんですけど、それは違うなって思いました」

 私達六人は、美優さんの不運によって治らない病に侵されて、死ぬまで後わずかだった。その死ぬ間際の不運を六人分背負って無事でいられるはずがない。後一人回収したら、もしかしたら美優さんは……って考えたら、なぜかしっくり来てしまっていた。

「ごめんね。私は居ないけど、あなた達の学校に通うためには協力するから」

 美優がバックの中から一冊の手帳を取り出し差し出してきた。

「これは?」

「私が家族に宛てた遺書みたいな物ね。この後、手帳に書いてある住所に行って。そこに母がいる。母にはあなた達の件に協力するように書いたから安心して」

「ありがとうございます」

「ううん、元々は私のせいであなた達を巻き込んじゃったんだし、お礼なんて言わないで。その変わりと言っちゃ何だけど、この手帳あなたにずっと持っていて欲しい。ずっと誰かを傷つけてばっかの人生で生きていちゃいけないんだって思ったけど、あなたに『面倒見てください』って言われたのが、なんか凄い嬉しくてね。私もこの先、生きて、誰かの役に立つ事ができるんだと思ったら嬉しくてね。だから、こちらこそありがとう。そして巻き込んでしまってごめんなさい。これから強く生きてね?」

「はい」

 私の返事を聞いた美優さんは優しく微笑むと、青白い光となって当たりを照らした。

 紅葉を、月の白い光と美優さんの青白い光が重なってより綺麗に見えた。

「こんなに綺麗な紅葉。どこを探しても見れないじゃないですか」

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