第3話 勧進帳(かんじんちょう)

「では…失礼つかまつる」

 加賀国かがこく安宅あたかせき

 弁慶は勧進帳かんじんちょうを読み終える。

 真っ白な巻物を仕舞いながら、比叡山での辛い日々を思い返す。

(我には学の才がないと思い、辛い日々ではあったが、あの日々は無駄ではなかった)


「またれい。お主」

 山伏やまぶしの格好をした義経一行は、関守せきもりに呼び止められる。

「貴様、義経によう似ているのぅ~。俺は一度、義経を見たことがあるんだぁ。よう、顔を見せろ」

 義経一行は嫌な汗を流す。


「んっ、どうした?そこの者。はよう、こい」

 一部の部下が隠した武器に手を掛けようかと震えながら、手を動かす。


「またぁ、お前かあああああっ」

 バシーンッ

 強烈な音に義経一行の動きが止まり、関守たちが身構える。

 弁慶が見つめる先にはひざまずいた義経が顔を真っ赤にして抑えていた。


「何度も、何度も、お主のせいで。疑われる。恥と手間をかかせおって!!」

 弁慶は義経を何度も叩き、蹴りつける。


「おぉ、もうよい、もうよい…。はよう、行け」

「ぬぅうううう」

 他の一向に抑えられ、弁慶は叩くのをしぶしぶ止める。

 その顔はまるで鬼の形相だった。


 

 関所を後にして、しばらく歩き、関所が見えなくなった頃、弁慶は後ろを何度も確認し、追手が来ないことを確認する。

「どうした、弁慶」

 義経が立ち止まった弁慶に声を掛ける。


「誠に…申し訳ございませぬ。義経様。部下である私が、主君である貴方様を殴るなど…あってはならぬことでございます」

 涙を流しながら、跪き謝る弁慶。


「よい、弁慶。お主の学のおかげで我々は追手に気付かれることなく北へにげることができるのだろうから。兄上もおそらく我々が京から抜け出せずにいると躍起やっきになって京周辺を探しているに違いないわ。はっはっは」

 不細工な顔で笑う義経。その顔が余計に弁慶の心を苦しめる。


「いえ、我にもっと知恵があれば…自身の学のなさをこれほどまでに恨むことがありましょうか」

「よいと言うておるだろうが、弁慶」

「なりませぬ、他の者にも示しが尽きませぬ」

 譲らない弁慶。


 義経はため息をつく。

「お主の記念となる千本目の刀は…そんなにもろいのか?弁慶」

 その優しい顔に出会った時のことを思い出す。


「…いえ、まごうことなき約束された勝利の刀です」

「そうであろう。こんなことで折れることは無い。お前の使なのだから。弁慶にだって折ることはできない刀であるぞ?」

 義経は満面の笑みで笑った。

「さぁ、行こう弁慶。私の唯一無二の親友。弁慶には私が、私には弁慶がいれば負けないのだから」

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