第4話 きたよ、救世主がきた
ピンポーン……
来客を告げる呼び鈴が鳴った。
「こんな時間に、しかもこんな取りこみ中に一体誰なんだ?」
「悪いがクロア、見てきてくれ」
シャワールームの入口から動こうとしないカレリアがクロアを睨んだ。
◇◆◇
「あらあら、まあまあ、お取り込み中でした?」
どこかで聞いた声がした。
部屋に顔を見せたのは農家の娘、テサラである。いつもカレリア達が何でも屋の依頼として畑の手伝いに行っている農園の一人娘だ。年はゼッタと同じくらいだろう、日焼けした健康的な肌にぱっちりした丸い目が印象的な快活な子だ。
「カレリアさん、この間の畑仕事のお礼と謝礼金ですわ。ここに置いておきますね」
そう言って野菜の入ったカゴと封筒らしきものをテーブルに置いた。
「テサラさん、用事が終わったら、早く逃げてください、今、危険な生物と戦っている最中なんです」
ゼッタが真剣な表情でテサラを見た。
バウロも同じ格好でうなずいている。
「クロアさんにお聞きましたけれど。
「ええ、そうなんです。しかも通常の大きさに比べて十倍は大きい化け物です。危険ですから、外に……」
くすっとテサラが笑った。
「草原にいるような
「大油光虫?」
「ええ、とても大きいので、初めて見ればそれは驚きでしょう。ここは私にお任せ下さいな」
そう言ってテサラはシャワールームの前に立ちはだかるカレリアを見た。
「女同士ですから、入ってもいいですよね? それとも大事な下着を奴にぼろぼろにされた方が良いですか?」
にやりとテサラが微笑む。
「うぬぬぬ……止むを得ないか。わかったよ。テサラ嬢、貴女に頼もう」
「かしこましましたわ」
そう言ってテサラが中に入った。
「あっ! テサラさん、武器は? 武器を忘れてますよ!」
ゼッタが叫んだが、テサラは人差し指を左右に振って、丸腰のまま奥へ入って行った。
「ああ、入っちゃった。大丈夫でしょうか?」
「今は彼女を信じるしかないが、魔法でも行使するのだろうか?」
「でもテサラさん人族ですよ、魔法なんか使えませんよ」
心配そうな目で奥を見つめる四人。
すぐに奥のカーテンが揺れて、テサラが顔を出した。
「あっ、何か忘れものですか?」
ゼッタは、やっぱり武器を取りに戻ったか、という顔をする。
テサラはにっこりと微笑んだ。
「虫って、これですか?」
テサラが差し出したそいつに、「うぎゃあああああーーーー!」と四人が悲鳴を上げた。
奴は凶悪な面構えで大あごをギチギチと噛み鳴らしているが、テサラは平然とそいつを手づかみで捕まえて来た。
「首の後ろを掴むと簡単に捕まえられるんですよね」
流石は農家の娘! そこらへんの騎士より何倍も頼りになる。
こいつ、丸々と太ってますから、焼くと脚はカニみたいで美味しいですよ。
「お、美味しい? 食う気なのか? まさか、そいつを?」
「胴体は食いませんよ、脚だけですよ、脚だけ」
そう言ってテサラは上品にほほほほ……と笑った。
なんと逞しい。
テサラは野菜をテーブルにあけ、空になったカゴに奴を入れ、蓋を閉じた。
「思わぬ収穫に感謝ですわ」
「凄いな人族、逞しい……」
そうつぶやいて汗を拭ったカレリアの耳元にテサラが口を寄せた。
「ねえ、カレリアさん、中に飾っている、恋しい人に想いが伝わるという乙女のおまじないですけれど、誓いの花のドライフラワーの位置が左右逆ですわよ」
そう言って、ちらりとゼッタを見る。
「な、何を言ってるんだい? そ、そんなことしていないぞ」
にっこりと笑うテサラの前でカレリアが慌てふためいた。
◇◆◇
翌日の午後である。
「それで? 結局、原因はわかったのか?」
バウロがドカッと店のイスに座った。
周囲の売り棚に置かれたいくつもの売れない魔道具が揺れた。
「ええ、やっぱり今回もカレリアがやらかしていたんです」
クロアが呆れたような表情で肩をすくめた。
目の前には少し小さくなったカレリアと、ゼッタがいる。
「魔道具だそうです。バウロさん」
「魔道具だと」
「ガラクタ市で仕入れた、物を通すと大きくなるという効能書きの箱ですよ。ほら、この前カレリアがゼッタ君とデート……いえ、買い物に行ったじゃないですか」
カレリアがキッと睨んだのでクロアは言い直した。
「ああ、そう言えばそんな事を言ってたな。饅頭を入れたけど大きくならなかった、騙されたとか、言ってたあれか」
「ええ、ちょっと見た目が害虫ポイポイみたいなアレですよ。カレリアは、見た目が似ているので、餌と糊をつけて代用したらしいんです」
「それで、箱をくぐったアイツが巨大化したという訳だな!」
全てを理解したバウロが目を怒らせた。
何しろ、奴に股間をかじられたのだ。
屈辱である……バウロは、家に帰ってからズボンに穴が開いている事に気づいたのだ。
まさに赤っ恥!
あの後、何でも屋組合の事務所に回って、散々、受付でアロマーヌ嬢の前に立っていたのだ。周りのみんなの目が微妙だったのが、妙だなとは思っていたのだが……。
「箱を設置して数日でしたから、衛兵が見回っていた、この付近で目撃された害虫というのもおそらくは……」
クロアがカレリアを睨んだ。
やはり見廻組に見つかっていたら家を燃やされていたかもしれない。
「でも食糧を増やす良いアイデアだったと思わないかい?」
カレリアがぽそっと言った。
「思いませんよ!」」
クロアとゼッタが声を合わせた。
「でもほら……」
カレリアが手紙と視紙を三人に見せた。
そこには……カニ脚を美味しく食べているテサラの家族が写っている。
「な、アレ、美味しかったそうだよ」
「私は御免です」
「俺もだ」
「俺もいらないかな」
「やっぱりそうだよね、まあ、何にしても奴がいなくなってよかったよ。ははははは……」
「そうだな、はははは!」
カレリアに釣られて四人は笑い出した。
その背後の床の上を、黒い何かがのそのそと歩いて勝手口から出ていくのだった……
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