第3話 奴との遭遇

 「では、突入しますよ!」


 ごくりとゼッタの喉が鳴る。その手は勝手口のドアを掴んでいる。


 その後ろでクロアがうなづき、さらに後ろで頑張れ! ゼッタ君! とカレリアが両手を握り締めた。


 戦士バウロの姿は……どこにも見えない。


 ぎぎぎぎ…………と化け物でも出てきそうな軋み音を立ててドアが開いた。


 「頼みますよ」

 ゼッタが振り返ると、クロアがうなずいてドアの前で杖を振るった。


 周囲に防殻シールドが張り巡らされたのを確認して、ゼッタが台所を覗く。


 そこにやつが……いない?


 床にこぼれた煮物をぺろりと食べ尽くしたらしい。あの恐ろしい虫の姿が無い。


 ゼッタは虫叩き棒を両手で握り締め、台所に入った。


 床にはいない、壁にもいない。

 どこだ? 奴はどこに行った? ゼッタは慎重に台所からリビングの方を覗いた。

 正面に立ち鏡がある。

 何気なく鏡を見たゼッタの背筋が凍りついた。


 そいつはそこにいた。なぜかそこにいた。いつのまにかそこにいた。


 カタカタカタカタカタ……

 ゼッタの足が震えた。


 カサ、カサカサ……

 ゼッタの頭上で音がした。


 「うぎゃあああああああーーーーーー!!」

 ゼッタは半狂乱になって自分の頭を叩いた。


 目から火花が飛んで、そいつはゼッタの頭の上から、ぶううううんと飛んだ。


 「大丈夫か! ゼッタ君!」

 「凄い声がしたぞ!」

 「ゼッタ君!」


 流石にあの声を聞いてはカレリア達も腹をくくるしかない。三人が台所に飛び込んできた。三人一緒なら怖くないかもしれない、という心理が三人を勇気づける。


 リビングの入口でゼッタが目を回している。


 「やられたのかい! ゼッタ君! ああ、なんてことだ、この私のために!」

 カレリアがゼッタを優しく抱き起こして膝に頭を乗せた。


 「大丈夫、怪我はしていませんね」

 治癒魔法をかけながらクロアが言った。


 「やつは、どこだ! どこにいる!」


 庭から拾ってきた棒きれを手にバウロがその前に仁王立ちした。チームを守ろうとするその逞しさにクロアすらも流石だと目を見張る。


 ぶうううん!

 そこに突然、暗闇から羽音が響いた。

 バウロの顔面めがけてそいつがぶつかってきた。


 「うっぎゃあああああーーーー!」

 半狂乱になったバウロがめちゃくちゃに棒を振りまわす。


 「うわっ!」

 「や、止めるんだ!」

 周りの棚や壁に置かれた置物が破壊されて床に飛び散った。


 その騒動でゼッタも気がついた。


 「はあはあはあ…………奴はどこだ?」

 ようやく手を止めたバウロが荒い息を吐く。


 「いないよ」

 「どこに行ったのでしょうかね?」


 「皆さん、応援に来てくれたんですね」

 ゼッタも立ち上がり、四人は互いを背にして慎重に部屋中を見回す。カーテンを閉めているので暗いし、散らかっているので、いつどこから奴が飛び出すか分からない怖さがある。


 「あの大きさで隠れるとは、さすがだな」

 バウロが額の汗を拭う。


 「どこにも、いませんね」


 不思議そうに周りを見渡していたゼッタだが、何か違和感を覚えてバウロの方をもう一度振り返った。その表情が固まる。


 「どうしたゼッタ?」

 ゼッタの視線を不審に思ったバウロが足元を見下ろした。


 股間がでかい! もっこりだ! あまりにでかすぎる!


 目が合って、そいつはニヤリと笑った気がした。

 艶々と黒光りする羽を閉じて、そいつはバウロの股間に止まって休んでいた。


 「うぎゃあああああああーーーー!」


 「そこか!」

 バウロ絶叫に、クロアが杖を振るった。


 カサカサカサ……


 クロアの一撃がバウロの股間を直撃して……バウロが沈む。

 そいつはバウロの股間から離れ、奥のカーテンで区切られた一角に逃げ込んでいった。


 「あそこです! あのカーテンの向こうです! 追い詰めましたよ!」


 すばやくその後を追って、カーテンを開いたゼッタが急に硬直した。


 「あのーー」

 その入口で真っ赤な顔をしたゼッタがゆっくりと振り返った。


 「ば、ばかっ! そこにはシャワールームが! パンティやブラが干したままなんだ」 

 真っ赤な顔になったカレリアが叫んだ。


 シャワールームの前に、ゼッタには刺激の強すぎる下着が何枚も万国旗のように下がっている。


 「で、でも奴はこの奥、さらに奥の部屋に逃げたみたいですよ」

 ゼッタの目が泳いでいる。


 奥に進むには、ぶら下がっているいくつもの下着を掻きわけて進まねばならない。


 「ばかっ! その奥はね、下着なんかをしまっているウォークインクローゼットなんだ! 乙女の秘密の場所だ! 入っちゃだめなんだ」


 弾かれるように飛び出してきたカレリアは、両手を開いてゼッタの前に立ちはだかった。


 「カレリア、ここは恥を忍んでだな」

 「バウロの馬鹿っ!」


 「ですが、奴が頭にパンティを被って出てきたらどうする気です?」

 「クロアの阿呆っ!」


 「あああ、どうすればいいんだ! まさにダンジョンのラスボス部屋の前って感じだよ! 入るべきか、入らざるべきか、もう、そんな感じじゃないか!」

 カレリアが頭を抱えた。


 カレリアさんのクローゼットの中って、ラスボス部屋に匹敵するほど恐ろしい場所なのか、ゼッタは思わず息をのんだ。

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