第2話 二人はなんにも役に立たない?
「クロアさん、大変なんです! 実は、台所に
ゼッタはすがるような目でクロアを見つめた。
「えっ、虫退治ですか? 攻撃魔法ならカレリアの方が得意に思えますけど? 私は治癒とか防御とかの支援魔法が得意なだけですよ」
不思議そうな顔をするクロアにゼッタが首を振った。
「いいえ、台所が狭すぎてカレリアさんの魔法は危なくて使えないんです」
「そうそう……そんなやたらに魔法なんか、使うものじゃないよ」
カレリアは腕組みして首を振った。
さすがは魔法は嫌いだと語る魔女だけのことはある。
「虫叩きでバチっと叩いてしまえばいいじゃありませんか」
クロアは地面に落ちている棒に気づいて拾い上げた。
「それができれば苦労はしないよ、クロア」
「そうですよ」
カレリアの言葉にゼッタもうなづいた。
「へえーーーー、意外ですね、ゼッタ君も虫は苦手なんですか? もう、仕方がないですねーーーー、たかが虫でしょう? 私が駆除してやりますよ」
そう言ってクロアが勝手口のドアに手をかけた。
「あっ、待って!」」
カレリアとゼッタが同時に声を上げたが、クロアは
「さあ、どこからでもかかってきなさい! 退治してやりますよ!」
クロアは颯爽と虫叩き棒を構え、そっと台所を覗いた。
「!」
やつは相変わらずそこにいた。
人が入って来ようがお構いなしだ。
毛の生えた脚を巧みに動かし、床にひっくり返った煮物を口に運んでいる。
つやつやとやけに光沢のある複眼がこっちを見たような気がした。
バン! と音を立てて、クロアが無言で勝手口の扉を閉めて、出て来た。
その死人のような顔……
まるで悪い物でも食ったかのように、口をすぼめている。
「だから、待ってと言ったのに! こっちに退避してくださいよ」
今度はゼッタが、勝手口から動かなくなったクロアの手を引いて、カレリアの待つ中庭へ移動した。
「カ、カレリア……」
ようやくクロアが声を発した。
「大丈夫か、クロア君、気を確かに持つんだ」
「カレリア……あれは何です? あの大きさ、化け物じゃないですか? 一体どうすれば、あんな大きさまで育てられるのです?」
「私が育てたんじゃないよ! 奴が勝手に大きくなったというか、なぜか、あいつがあそこにいたんだ」
「あの大きさ、そのへんの野良ニャンコロリより大きいですよ。うわっ、今思い出しただけで鳥肌が立つ」
「さて、クロアも現状を認識したようだし、作戦会議だな。あれ、どうする?」
「倒せるんですか? あれ」
「やはり殺虫剤を、ばああああああっと撒いてだね……」
「普通の薬では効かないでしょアレ」
「では、ゼッタ君とクロアがそっと近づいて短剣でグサリと……」
「「嫌ですよ! 気持ち悪い!」」
「では、どうすればいいんだい?」
ガクガク震えている三人は、見廻組の目のキツイ連中が引き返してくるのに気づいた。
衛兵達も庭に出ている三人に気づく。いつの間にか一人増えているのを見て、庭でバーべキューでもするつもりかと庭を覗いた。
「こんな時に外で食事か? 匂いを撒き散らすと奴らが引き寄せられるかもしれん。気を付ける事だ。もし害虫が引き寄せられてきたら、すぐに我々に通報するように、いいな!」
衛兵の一人が面倒臭そうな顔をして言った。
「害虫ですか! それなら……イテッ!」
それならここにと言う前に、クロアの脛をカレリアが蹴った。
何をするんです! という目で睨みながら、痛みに屈みこむクロア。ゼッタが、衛兵の背後で口に指を当てて、何も話すなという合図を送る。
「我々は、日が沈むまでこの付近を巡視している。いいな、何かあったらすぐ知らせるんだぞ」
「お仕事ご苦労様です!」
ゼッタが手を振る。
衛兵達を愛想よく見送ってから、カレリアが振り返った。
「クロア! すまん! これには事情があるんだ!」
◇◆◇
カレリアの説明を聞いて、クロアは脛を撫でながらイスに腰掛けた。
「見廻組の衛兵に気づかれないうちに、あれをどうにかする、ということですね」
「そうなんだよ。このあたりは人族も多い共生地区だからね、面倒は起こしたくないんだ」
カレリアが難しい顔をした。
確かに現魔王が即位してから人族に対する締め付けが強化された。人族のゼッタの面倒を見ている魔女の家が問題を起こせば、見廻組に目をつけられ、格好の見せしめに利用されるかもしれない。単純に虫が恐ろしいという事態ではない問題が潜んでいるのだ。
うーむと三人が腕組みしていると……
「何を三人で難しい顔をしているのだ?」
このところ日課にしている筋トレ帰りだろうか、同じ何でも屋チームの仲間、ムキムキの筋肉が自慢の戦士バウロが顔を出した。
「ああ、バウロですか……ふう、貴方では、当てになりませんね」
その顔を見るなり、クロアはため息をついた。
「急に、な、なんだって言うんだ? 俺が役に立たずみたいな言い方だな!」
クロアとカレリア、自分を見る二人の残念そうな顔に、ちょっとカチンときたバウロが庭にズカズカと入ってきた。
「バウロさん、カレリアさんの家の台所にでかい油光虫が出たんです。あんまりでかくて、みんな退治できずに困っていたんです。でも、バウロさんなら、退治できるかもしれないですね、はい、これを」
ゼッタが期待を込めて虫叩き棒をバウロに手渡した。
筋肉隆々の男バウロだ。恐れるものなど何も無いと豪語する強者である。彼の一撃ならあの程度の虫、爆散するかもしれない。
まあ、爆散した後の事を思うと、それはそれで後片付けが怖いのだが……
「な、何だと! む、虫だと!」
何気なく虫叩き棒を握ったバウロの手が止まった。
「ええ、油光虫です。大きさがこのくらいの」
ゼッタは少し控えめに大きさを手で表現する。
「わ……」
バウロの視線が急に遠くの街を見た。
「わ?」
わ、とは何だろう? そこに何かあるのだろうか? と思わずゼッタも釣られて視線を追う。
「……わ、悪い、今日はお腹の調子が悪くてな、すまんな、うっ、肩が痛い」
「お腹じゃなかったんですか?」
「うっ、そうだった。腹が下ると腕が痛んでな」
そう言って腰を叩く。
なんだか支離滅裂である。
「バウロは昔から虫が苦手だからなあ」
最初から期待していないカレリアがぼそりとつぶやいた。
「ば、馬鹿め! 虫など……見てしまうから気持ち悪いのだ! 見ないでプチっとつぶせば良いのだ、こうやってな!」
バウロは目を手で覆って、片足を上げた。
ダメだ……ゼッタですら、そのへっぴり腰にため息が出る。
「その男、何をしている?」
いつの間に戻ってきたのか、衛兵達が不審な顔をしてバウロを見ていた。
たしかに、何も知らずに見たら、この光景……上半身裸で筋肉隆々の男が、目を隠したまま片足を上げてぷるぷるしている姿など見るに堪えないだろう。
「いや、これはですね、そう! 新しい筋トレなんですよ!」
クロアが苦しい言い訳を思いつく。
「なぜ、目を隠す?」
「そ、それはですね、平衡感覚を養うんですよ、目を開けて行うより難しいんですよこれ」
「ほう、だがあまり人目に付く外で行う運動では無いな、変態と思われて我々の所に通報が来ても困る。最近、そういう変態を見たとか、鼠のような姿の奴がうろついていたとか、妙な通報が多くて困っておるのだ」
いかにも衛兵らしい考えである。
「はい、わかりました。お仕事ご苦労様です」
クロアが愛想よく衛兵を見送った。
「はあーーーーーー」と四人は思わずため息をついた。
「どうする?」
「どうします?」
「俺は無理だぞ、うっ、足が痛む」
「カレリアさんのためです! ここは、意を決して俺が行きますよ!」
勇者のようにゼッタが立ち上がった。
「ゼッタ君! 無理だよ、無茶はよすんだ! 私のために君が傷ついたりしたら、どうするんだい?」
「カレリアさん……」
ゼッタを見上げるカレリアがあまりにも美少女だ。
年上なのにその顔、可愛すぎる、ずるいくらいだ……思わずゼッタの顔が赤くなった。
「わかりました。ゼッタ君、私が魔法で君の周囲に
クロアが杖を握った。
「ありがとうクロアさん、頼みます!」
「おお、それならゼッタ君も安心だ。よし、その作戦でいこう!」
カレリアが流石クロアだ、と目を輝かせて微笑んだ。
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