帝都ダ・アウロゼの何でも屋騒動記 ――恋する魔女は魔法嫌い
水ノ葉月乃
1 やらかす魔女でも恋したい ー台所の悪魔ー
第1話 でたよ、でたっ!
奴はそこにいた。なぜかそこにいた。いつのまにかそこにいた。
カタカタカタカタカタ……
見つけてしまったのは魔女のカレリアだ。
使い込んだフライ返しを両手に握ったまま、台所で小刻みに震えている。
カサカサカサカサカサ……
「!」
奴が動いた。
ぶぅうううん! しかも、飛んだ。
「ぎょわああああああああああああああああ――――!!」
カレリアがフライ返しを放り投げて中庭に裸足で飛び出した。
「ど、どうしたんです! あ、いたっ!!」
何事かと庭向かいの部屋から飛び出してきたゼッタと鉢合わせになって、カレリアがゼッタの胸に頭突きを喰らわせた。
カレリアは一見美少女だが魔族、しかも銀髪がトレードマークの魔女である。
胸も大きいし、スタイルも良いが、平均的な魔族に比べると少し背が低い。
今日はいつもの魔女服ではなく部屋着姿なのが珍しい。
魔族の象徴でもある短い軟角は普段は人目に付かないようにリボンや髪飾りで隠しているが、それがゼッタの胸に突き刺さる。柔らかいとはいえ角は角である。
「いっ、痛ったーーーー!! カレリアさん、角、角が痛いです」
「ゼ、ゼッタ君! 出たよ! 出たんだ!」
涙目で見上げたカレリアは、年上なのに余りにも可愛い。
いつも一緒にいるゼッタですらドギマギしてしまう。
「あーーまた、出たんですか? カレリアさんの大嫌いな
「あっ、待つんだ!」
カレリアが呼び止めるのも聞かずに、腕まくりしたゼッタがカレリアの台所の勝手口を開け、いつも壁に掛けられている平たい棒を手にして中に入った。
「さあ、出てこい! 勇者ゼッタがお前の息の根を止めてやる!」
ゼッタは、棒切れを颯爽と構え、そっと台所を覗いた。
「!」
やつはそこにいた。
カレリアが床にひっくり返した皿からこぼれた煮汁を舐めていた。
光沢のある複眼がこっちを見たような気がした。
バン! と音を立てて、ゼッタが無言で勝手口の扉を閉めた。
「……」
その顔は尋常でない。
まるで何か悟った聖人のようだ。
完全に戦意が消え失せている。
「な? だから、待てと言ったのに。一旦こっちに退避するんだよ」
カレリアは、勝手口から動かなくなったゼッタの手を引いて、足早に中庭へ移動した。
「カ、カレリアさん……」
ようやくゼッタが声を発した。
「大丈夫か、ゼッタ君、気を確かに持つんだ」
「カレリアさん……あれは何です? あの大きさ、化け物じゃないですか? 一体この小さな家のどこであんな奴を飼っていたんです?」
奴の名は油光虫、どこからともなく現れて這いまわる台所の嫌われ者である。ぬらぬらと油を塗ったように黒光りする羽と肉を噛みちぎる顎を持つ八本足の害虫だ。通常はどんなに大きくてもせいぜい親指程度なのだが……
「あの大きさ、その辺のペットよりも大きいですよ。しかも気色悪さも大きさに比例してますよ、あれ。うあーーーー気持ち悪い」
「なぜ、あんなのが家にいるのかよりも、まずは奴をどうやって駆除するかだよ」
「どうやって倒すんです?」
「殺虫剤を、ばああああああっと撒いて……」
「効くかな? あれに」
「では、ゼッタ君が剣を振るってだね……」
「台所は狭いですよ、とても剣なんか振るえませんよ」
「では、どうするんだい」
ガクガク震えていた二人は、ピカピカの鎧を来た衛兵達がやってくるのに気づいた。
いつも帝都を巡回している普通の衛兵ではない。腕に目立つ黒い腕章をしており、腰に下げている武器も刀身が反った珍しい片刃の剣、つまり刀である。
衛兵になれるのは大抵は魔族で人間に対して冷血なことが多いが、殺気をまとった男達に、道行く魔族の人々ですら思わず道を開けている。
衛兵達は、庭に出ている二人に目を止めた。
「ちょっと聞きたいことがある。見ての通り我々は帝都見廻組の者だ。この数日、この辺りで迷惑な害虫が発生しているという通報があった。何か異常はないか?」
「それなら、ここ……」
ここにいます、と言おうとしたゼッタの口を慌ててカレリアが後ろから塞ぐ。
「にゃ、にゃにをしゅるんです? かりゃりゅあしゃん」
指が少しずれたので指が口に入った。
「えへへへへ……」
ゼッタの口を横に引っ張りながらカレリアが愛想笑いを振りまく。
こいつらふざけているのか? という顔をして衛兵が眉をひそめた。
「待つんだよ、ゼッタ君……」
カレリアは耳元でささやいた。
衛兵はまだ話し終えていないのだ。しかも、ただの衛兵じゃない、帝都見廻組と言えば、半年前に帝都の治安を守るためとして結成されたばかりの衛兵のエリート集団で、過激な取り締まりで噂になっている危ない連中だ。
若い彼氏の口に後ろから指を突っ込んで、耳元で何かささやく彼女……
一体どんな変態プレイ中なのだ? と後ろに控えている若い衛兵の目が細くなる。
「我々は、害虫の発生源、その大元を調査している。もし繁殖している場所が見つかったら連絡をくれたまえ」
衛兵は腕組みして言った。
「見つけたら、駆除してくれるのかい?」
カレリアは、衛兵のどんな表情の変化も見逃すまいと見つめた。
「もちろんだ。どこの空き家か小屋か、それとも家かは知らんが、容赦はしない! 害虫と呼ばれる者は人間だろうと虫だろうと、我々の手で徹底的に駆除し、その巣となる場所は、完璧に、完全に、灰になるまで燃やし尽くしてくれるわ!! はっはっはっは……」
その衛兵、魔族とはいえ、まるで本物の悪魔のように、凶悪に笑いだした。
ひええええええーーーー!
やはり見廻組は、噂通りの連中だ! カレリアは青くなった。
いくらボロ屋とは言え、家を燃やされては堪らない。
だが、ここは帝都、魔族の命令は絶対だ。
カレリアの家が発生源だと言われれば、問答無用で火をつけられて燃やされ、明日から宿無し確定だ。
「よいか、害虫を見つけたら、必ず我々に連絡をするんだぞ」
衛兵達は何度も念を押して立ち去った。
「ど、どうするんですか? カレリアさんの家が燃やされてしまいますよ!」
「そ、そんな事はさせない。それに、あいつは一匹だ。ここが発生元じゃないよ。きっと、どこか隙間から入りこんだに違いないよ」
「この家、おんボロ屋敷ですからね」
ゼッタは、開店閉業中にしか見えないカレリアの魔道具屋を見上げた。
「どうしたんです? お二人で庭に出て店を見上げて? 新しい看板でも出すつもりですか?」
頼りになる仲間のクロアが、手に土産を持って現れた。その匂いからすると商店街で売っているコロッケだろうか。
「おお、良いところに来たね、クロア!」
カレリアが満面の笑みを浮かべた。
「うわあ、怪しいですね、カレリアが、私をそんな笑顔で迎えるとは! さては何か企んでいますね? このコロッケにそこまでの力は無いでしょうしね」
クロアは、もうすっかりカレリアの魂胆を見抜いているらしかった。
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