第21話
夏休みが終わる前に、神社の夏祭りがある。
夕方の二時間だけ、結城と氷はあう約束をした。むろん、秀紀たちとも会う約束をしていたが、氷と別れてから合流することにしていた。
せっかくの夏祭りだからと思い、結城は去年は着なかった甚兵衛に袖を通した。涼やかな肌触りが心地よく、氷も浴衣でやってくるだろうかと結城はうきうきしていた。待ち合わせの場所に行くと、氷は可愛らしい水色の浴衣を身にまとっていた。赤い金魚の柄が入っていて、とても夏らしく涼やかである。
「結城さん、どうでしょうか?これ」
氷は、結城にくるりとまわって浴衣を見せる。
結城は「似合っている」と思わず呟いた。お世辞ではなかった。氷の雰囲気と着物の柄があっていて、二つをより魅力的に見せていた。それにいつもとは違って髪をアップにしているから、白いうなじが出店のライトに照らされてまぶしいほどであった。
「えへへへへ。うれしいです」
氷は、にこにこしながら結城の隣につく。
祭りのせいで人が多く、普通に歩いたらはぐれてしまうなと結城が困っていると氷がそっと結城の手に触れた。
「その、はぐれたら困るから手をつなぎませんか?私、携帯をもってないし」
団扇で顔を隠しつつ、真っ赤になる氷。
その氷の姿を見て、結城は思わず「かわいい」と呟いてしまった。だが、はっとしてかぶりを振る。自分はロリコンではない。今の可愛いは小さい子だからこその無垢で、あどけないから、可愛いといったのだ。変な意味ではない、と結城は自分に必死に言い訳をした。
「ああ」
結城は、氷の小さな手を掴む。
手は熱いほどで、氷の心臓の高鳴りが伝わってきそうだった。氷の方をちらりと見ると、結城と顔を合わせられないのかうつむきながら歩いている。結城も氷のことを見れず、うつむきながら速足で歩いた。
「きゃ」
だが、氷が結城の速足についていけずに悲鳴を上げる。
躓いてしまったらしい。
「大丈夫か?」
「はい……ちょっと足を痛めたみたいで」
慣れない下駄をはいてきたせいだろう。
結城は、氷の前に屈んだ。
「えっ……」
「足、痛みが引くまで背負うから」
結城の申し出に、氷はもじもじしていた。だが、人ごみが多い中で、長く結城を跪かせているわけにはいかない。「失礼します」といって氷は結城の背中にのった。水族館でも掲げてもらったが、その時とは比べ物にならないぐらいに氷はどきどきしていた。結城も胸が高鳴って痛いほどであった。
どうして、こんなに心臓がいたくなるのか分からない。
いいや、氷のほうは分かっている。
結城のことが好きで、最初とは違いこんなに近づいていいのだろうかという遠慮のような感情が浮かんできてしまっているからだ。近くに痛いのに、離れたい。離れたいのに、離れたくない。そんなあべこべな感情のなかで氷は、胸のドキドキに身を任せていた。
一方で、結城もドキドキしていた。
小学生を背中に乗せているだけだというのに、ドキドキが止まらない。普通の小学生ならば、ドキドキなんてしないだろう。なのに、氷だからなのかドキドキする。だが、今の氷には惹かれないはずだ。
「俺はロリコンじゃねぇ」
小さく、結城は呟く。
「氷、どこか行きたいところはあるか?」
「では……神社にお参りに行きたいです。お願い事があるので」
結城は氷を背負ったままで、神社のほうへと向かう。出店に人を取られていたせいか、腎所の近くに人が少なかった。そんな厳かな雰囲気が漂うなかで、結城と氷はそれぞれ神様に願い事をする。
「氷、何を願ったんだ?」
「えと……ええっと、言ったら叶わなくなるかもしれないですよ」
「そんな器量の狭い神様じゃないだろ。俺は無病息災」
結城の言葉に、氷は頬を真っ赤にしながら呟く。
「結城さんが学校に合格できるようにです」
氷の言葉に、結城は愛おしさがあふれてきた。
もしも、氷を背負っていなかっただ抱きしめてしまいそうなほどであった。
「私、結城さんが将来やりたいこととななりたいものとか分からないけど……結城さんの頑張りが報われてほしくて……カミサマに合格をお願いしました」
叶えてください、と氷は結城の背中の上で呟く。
「自分のことをお祈りすればいいのに」
「私はいいんですよ。でも、私が受験するときは結城さんも私の受験のことをお祈りしてくださいね」
氷の言葉に、結城は笑う。
もとより、そのつもりだった。
夏祭りを回りながら、結城は氷にりんご飴を買ってやった。自分のことを祈ってくれた御礼のつもりだった。
「結城さん、これ大きすぎて一人じゃ食べられませんよ」
大きなりんご飴を持て余す、氷に「じゃあ、半分食べてやると」と結城は何の気なしにいった。そして、氷からりんご飴をもらってはっとする。
これは間接キスではないか、と。
氷も気が付いて、緊張していた。顔が赤いし、結城の出方をうかがうようにそわそわと彼の顔を覗き込んでいる。結城はできるかぎり気づかないふりをして、リンゴを齧った。こんなことならば小さなイチゴ飴を買うべきだったかもしれない、と結城は後悔した。がりごり、とりんご飴を半分ほど齧ると、結城は氷にそのりんご飴を返した。
「ほい」
「ありがとうございます」
氷は相変わらず、結城のほうをみてそわそわしていた。
どうしたのだろうかと思っていると、彼女は結城が食べた痕にちゅっと小さく口づけをした。まごうことなき、関節キスである。
その光景に、結城の体温が上がる。
見てはいけないものをみたような気になる。
氷も自分の行った大胆の行動に顔を赤く染め上げていた。
世界が俺をロリコンにしようとしている 落花生 @rakkasei
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