第15話

 氷は、むくれていた。


 結城がキスしてくれなかったからだ。


 氷は結城のことが好きで好きでたまらないと言うのに、結城はいつだってはぐらかしてばかりだ。魅力が足りないのだろうか、と氷は考えた。


 男の子が好きなタイプの女子ってどんな人だろう、と氷は考えた。


 こういうときに父親の意見は当てにならない。父親はいつだって、氷が一番だと答えるからだ。同じクラスの男子の意見も当てにならならない。結城とは歳が違いすぎる。


 こういう時は、衣装に力を借りるしかない。


 思いっきり可愛くなって、結城を篭絡してしまうのだ。


 氷は自分の部屋に行って、衣装棚を開けた。


 中には洋服がいっぱいつまっていて、今にも破裂してしまいそうになっている。そんな衣装棚から、氷はメイド服を取り出す。初めてのデートの約束を取り付けた時の服だが、同じ服で迫るのは芸がない。だが、あの一件で結城が可愛い恰好に弱いのは分かった。


「じゃあ、これかな」


 氷は箪笥から、服を取り出して着替える。


 色付きのリップを縫って、大人っぽくすればもう完璧だ。



 にっこり笑って、結城はご満悦だった。


「えへへへ、これなら」



「結城さん」


 部屋に戻って、再び現れた氷はゴシックロリータのドレスを身にまとっていた。色は白とピンクでいわゆる甘ロリと呼ばれる服装である。たっぷりとしたフリルに白い健康的な足が、なんともまぶしい。


 おしとやかなお姫様のように見えるのに、膝小僧がのぞくほどにスカートが短いせいで妙に健康的な色気を感じる服だった。


「どうしたんだよ、その服装!」


 結城が驚いていると、氷は胸をはる。


「可愛くないですか?」


 可愛くないはずがない。


 ふわふわのドレスに身を包んだ結城は、そう断言できる魅力に満ちていた。間違いなく可愛かったし、素敵だった。だが、その素敵な服装がどんな意味を持つのかは謎だった。


「可愛いけど、どうしたんだ?」


「これはアピールなんです」


 アピールとは、なんなのだ。


「結城さんが今にもキスしちゃいたくなる女の子に見せるためのアピールです。結城さん、メイド服の時には優しかったじゃないですか」


 それは寒そうだったからである。

 ドン・キホーテのペラペラの衣装で二月の寒空を歩いていたら、誰だって優しくなるだろう。


「あれは、寒そうだったからだ」


「でも、今の私は可愛いんですよね」


 氷が結城に詰め寄った。


 真剣な顔をする氷。


 そんな表情をみて、結城は言葉に詰まる。


 可愛いことは確かなのだ。


 その先には絶対に進めないだけで。


「可愛いけど……俺は、ロリコンじゃない」


「ロリコンじゃなくていいです」


 氷は、そう言った。


「小学生とか、年齢差とか、そういうものを無視してください。そういうものを無視して、私が好きかどうかを教えてください」


 氷の顔が、結城に近づく。


 二人の距離が縮むたびに、結城の心臓が痛いほどに高鳴った。うるむ氷の瞳に星を見たような錯覚に陥るほどに、彼女が美しいと感じた。


「けど、俺はロリコンじゃねぇ!」


 結城が叫んだ。


 思いっきり叫ばないと、氷に篭絡されてしまいそうだった。

「どうして、結城さんは私を選んでくれないんですか?まさか、別に好きな人でもいるんですか」


 結城は迷った。


 このままでは、氷に篭絡されてどうにかなってしまうのではないかと。


 だから、咄嗟に嘘をつかなければならないような気がしたのだ。


「ああ、そうだ。俺には好きな人がいるんだ」


 それは、とても無責任な嘘だった。


 氷は結城の目をじっと見つめる。


「嘘です。結城さんの性格から言って、好きな人がいたら最初にいいます」


 氷は、そう断言した。


 結城は二の句がつげなくなる。 


 たしかに自分の性格では、最初に言うだろうと思ったからである。


「結城さんに好きな人はいません。私を遠ざけるための嘘です」


 氷は、結城を睨む。


「私のことが嫌いなんですか。嘘で遠ざけたいほどに」


「いや。ちがう……嫌いじゃないんだ」


 どちらかと言えば、好きだ。


 だが、その感情を言ってはならない。


 だって、結城はロリコンではないのだから。

「でも、氷のことは――……」


 結城は、それ以上は言うことができなかった。


「氷のことは気に入ってるけど、好きにはならない。だって、俺はロリコンじゃないから!」


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